第27話 誘拐 2
誘拐された被害者はストックホルム症候群に侵されてしまったのかと思いきや……。
エドさん、頑張って子供たちを助けようとしたんだろうけど、これじゃ厳しいね。
洗脳がスキルによるものだとは思わなかった。
ストックホルム症候群なら、長期間の拘束が無ければ私は大丈夫だと思っていたけどスキルの強さによってはヤバい?いや、情で心が変わるのではなく魔法なら私はなんとか出来るかな?
「保護は必要ありません。宿に戻るのでそこをどいてください」
「分かってもらえませんか……悲しい事です。あなたの魂が穢れていくのを黙って見過ごすわけにはいかないのです。子供は大人に守られるもの、私たちはあなたを守りたいだけなのです」
洗脳して?誘拐犯のほかに殺人犯の特記が付いてるけど?
「言葉を尽くしても私たちを信じて頂けないのでしたら、仕方ありません。私の力であなたを正しき道へと呼び戻して差し上げます」
「教主様のお力を感じればあなたもきっと心やすらかになるわ。教主様は何もかも分かってくださる、とても素晴らしい方なの。あなたが私たちの仲間になるのがとても嬉しい。私たちは家族になるのよ」
家族……ねぇ。ナートゥーラの力とやらのせいで、私はあちらの家族にいい思い出が無いもんで。むしろそれを切りたくて此方にやってきたもんで。ちっとも心が動かないよ。
「サナビ、洗礼の準備を」
「はい、教主様」
自称お姉さん――サナビが部屋を出て、私とサンダリの二人きりになった。
洗礼と来たよ。やっぱりキルタはエドさんの言う「宗教色のある犯罪組織」ではなく、サジさんの言う「犯罪を犯す宗教団体」のようだ。
いや、どっちでも駄目だけども。
「洗礼を受ける気は有りません」
「あなたの澱を祓うのです。洗礼を受けた後は世界が違って見えますよ。今までの自分を消し去りたくなるほどに美しい世界があなたに開かれるのです」
やっぱり会話にならない。けど、後々の事を考えたらちゃんと否定すること、それを相手が聞いていることが大事。私が望んだとか適当な事を言われないために。
今までの自分を消し去る――ねぇ。ある意味、それはもう済んだミッションなんだよねー。
「私の力を受け入れなさい。さればあなたの罪も疵瑕も消え失せましょう」
私の罪ってなんでしょね?
【洗脳】ってどうやって発動するんだろう。洗礼の場でだろうから、とりあえずそこに行かないとダメなんだろうなぁ。準備はしたけど、ちゃんと対策が上手く行きますように。最悪の場合でもレジストでどうにかなると思いたい。
「教主様、準備が整いました」
「ありがとう。では、行きましょうかホリィ」
おい、”さん”が抜けたぞ。そんなにフレンドリーな関係になるような会話をした覚えはないし。
サンダリに手を取られ、立ち上がる。ここで抵抗しても意味はない。彼らは私の事を無力な子供だと思っているのだから、手向かって警戒させる必要はない。
部屋を出て廊下を歩くと突き当りの階段を降りるように促された。地下に向かうようだ。
サナビは階段を降りず私たちを見送った。
「あなた方はどうしてそこまでエドさんに悪意を持つんです?あの人が何かしました?」
話を聞いている限り、エドさんは攫われた子供たちを取り戻すことが第一のようだ。キルタにとってそれは防がなくてはならない事なんだろうけど、一緒にいただけの私をさらうだなんて、一冒険者に対して執拗すぎるように感じる。
「ホリィ、それは誤解です。我々があの男をではなくあの男が我々に悪意を持っているのです。神に親しい我々を迫害しようと信者に接触し、連れ去り、支配しようと企んでいるのです。中央での身分や階級など神の前では何の意味もないと言うのに、あの男はそれを振りかざし我らの迷い子たちの家族の信頼を不当に得て、筋違いにもこの静謐なる場から子供たちを攫っていくのです」
階段を降りる私の頭に手を置いてサンダリは優しく言う。
置かれた手が気持ち悪い。
「子供たちはそれでも私たちの所に帰ってきます。血と肉で繋がった仮初めの家族よりも魂で結びついた家族である私たちの元へ」
それ、洗脳しているからだよね。
エドさんは地道に攫われた子供を家族の元に戻しているが、当の子供は洗脳状態の為にキルタに戻ってきてしまう。本人の意思で戻ってくるのだから誘拐や監禁などの罪には問えない。エドさん、ご苦労様です。
それと、サンダリは”中央での身分や地位”と言った。
地位は軍でのものだろう。今は冒険者であるエドさんの身分とは一体なんだろう。実はいいとこ坊なのか、あのムキムキマッチョの肉体派で獅子の様な見かけの人が実はお貴族様だったり……?
うん、似合わない。この世界の貴族の格好は知らない。けど、もしもたっぷりと刺繍の入った華やかで明るい色合いのロココ調だとしたら、エドさんはシンプルで体にぴったりとした実用的な服とマントという冒険者の格好がいい。きっと軍服も似合うだろう。軍服でイメージしたのがドイツのアレなんで、此方のものとは違うかもしれないが。
「さあ、こちらにどうぞ」
洗礼を行うのであろう地下の部屋は飾りのない白い部屋だった。彫像も絵画もない。偶像崇拝はしていない?それとも、サンダリが生ける偶像だったりするのだろうか。
「私の目を見て、ホリィ。あなたの新しい人生はここから始まります」
洗脳と言う魔法の始まりの合図だろうか。
サンダリの黒かった瞳が赤みを帯びて私の目を覗きこんで、そして………洗脳は成功した。成功してしまった。
私の予想外の方向で。
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