第26話 誘拐 1
目が覚めたらそこには見知らぬ天井が……嘘です、言ってみたかっただけです。
目が覚めたらも何も気を失ったりしていない。常時発動型の状態異常阻害スキルがちゃんと麻酔薬による変調を防いでくれたのだ。レジスト偉い!誰だっけ、これをリクエストした同級生は。佐伯君だったかな?
ありがとう、佐伯君。ありがとう、エムダさん。
運ばれてきた部屋は宿屋の一室の様な生活感のない、しかし最低限の家具がそろっている六畳くらいの質素な部屋だった。
麻酔薬とおぼしきものを嗅がされた時に、一瞬だけレジストを解除して本当に失神すべきかと思ったけれど、やっぱり怖かったのでその振りだけにしておいた。上手く出来たかは自信がない。だって、立っている状態で体の力を抜くって怖いもん。
幸いと言っていいのか分からないけど、私に布を押し付けた女性は同時に私の体を抱え込んできたので支えてくれると信じて頑張った。
倒れこむ私に対して黒曜蛇ちゃんは危険を察知したのか、私の肩から体を伝って床に降りて身を隠してしまった。そうだよね、怖いよね、こんなシチュエーション。
後でまた会えますように!コイツの傍は危ないから一抜けたとか思われてませんように!
運ばれるときに目をつむっていたからここが何処かは分からない。だがしかし、私には自動マップがあるのだ!
私を運んできた女性が部屋を出て行き暫くたった後、索敵で部屋の外にも人がいない事を確認して私はベッドに起き上がり自動マップを展開する。
宿からそう遠くはないな。薬を嗅がされてから30分弱くらいだから当たり前か。
エドさん、来てくれるかなぁ。あ、そういえばお酒飲んでたよ。どのくらい飲める人なのか知らないけれど、酔っぱらったら私がいない事にも気づかないのではないだろうか。
酔っぱらってなくても、夕飯は済み後は入浴して寝るのみという時間帯だ。気が付いてくれるのは明日の朝かもしれない。
正直、ただここから抜け出して宿に戻るだけなら簡単だ。隠密使って気配を消してアジトを出ればいい。万が一に見つかったとしても空間魔法がある。
宿の部屋で試してみただけだからどれくらいの距離を移動できるか分からないけれど、私と目的地の間の空間を消滅させることで瞬間移動みたいなことが出来る。……チートだよ。もりもりだよ。
でも、ここでキルタをどうにかしないと私のモブ市民生活が脅かされるから、早いところ何とかしたいんだ。
”町を出る”でもいいんだけれど、第一遭遇第二界生物の黒曜蛇ちゃんや第一遭遇第二界人のエドさんに思い入れが出来てしまったし、初めての町であるサラクにもご縁があると思いたい。
誰かが部屋に近づいてきたことが索敵で感知されたので、また、ベッドに横になる。
ノックも無しに――当たり前か――ドアが開き、二人分の足音がベッドに近づいてきた。
「起こしなさい」
若くもなく年寄りでもない男の声だ。
「はい」
あ、この声は町で声をかけてきた自称お姉さん。キルタで間違いがないってことか。いや、キルタ以外に心当たりは無かったけれども。一応ね。
ガラスの擦れる音がして、何かが顔の近くに寄せられた。
「くさっ」
思わず声が出てしまった。気付け薬なのだろうか、とてつもない刺激臭だ。これを嗅がされると分かっていたら、麻酔薬の効きが悪かったと思われても起きていた方がよかった。凄く臭い。
レジストは状態異常阻害だもんね。臭いにおいで気分が悪くなることを防いでくれても匂い自体からは守ってくれないよね。臭いよーっ。
「お嬢ちゃん、大丈夫?」
自称お姉さんが臭い液体の入った瓶のふたをしながら問いかけてきた。
刺激臭を嗅がせた側の癖に心配そうに言うな!優しさを発揮する場所が違う!
「初めまして、ホリィさん。私はサンダリと申します。私を慕ってくれる者たちからは教主とも呼ばれております。この度は我らが根城へようこそお越しくださいました。一同、歓迎いたします」
胡散臭い笑顔の男性は私の父と祖父の間位の年かな。推定50歳で中肉中背。美形でもなく不細工でもない、これといって特徴のない顔だ。白い服は派手ではないけれど高級そうで、光を照り返す素材だ。白髪は元からなのか加齢で白くなったのか。
「お越しも何も不本意に連れてこられたんですが」
実際は相手のやり口に乗った形だと言うことはおくびにも出さずに言う。
「あなたを保護するために強硬手段を取ったことは我々にとっても遺憾ですが、緊急事態故に致し方なかったことと信じます」
「いやいや、問答無用の時点で保護じゃなくて誘拐・人攫いですよ。私はあなた方に拉致されました。拐かされました」
数種類の言い方をしてみたが、言ってることは同じ。私の意思を無視してお前らがここに連れ込んだんだぞ、と述べている。
「あなたにお話を通す余裕が無かったのです。しかし、もう大丈夫です。私たちが付いていますからね」
「本人の意に反しておいて大丈夫も何もないでしょう。然るべき所へ訴えます。薬を嗅がされた上で連れ去られたと」
この町にも警備隊はいる筈だ。
「ああ……。あなたはあの男に騙されているのですよ。あの男は幼い子供を偏好する、性的嗜好に問題がある男です。あなたのように幼く可愛らしい娘さんを誑かす、とても危険な男です。私たちがあなたからあの男の痕跡を綺麗に取り去って差し上げます。心配無用です」
とことん会話が噛み合わない。
あの男とはもちろんエドさんの事だろう。第一遭遇第二界人としての思い入れが無くたって、エドさんがお人よしで馬鹿をみていることを聞かされてなくたって、エドさんよりこの目の前の胡散臭い男を信じるわけがない。
大体、この人は私に謝ってないからね?
薬を嗅がせたこと、連れ去ったことを認めたうえで自分が悪くないと思っている。そんな男に”心配無用”と言われて安心するおバカがどこにいるってーの。
ここでエドさんをかばう発言をしたって更に”騙されている”だの”誑かされている”だのと言うのだろう。そんな意味のない無駄な会話は止してこの男を鑑定してみよう。
勝手に他人を鑑定することは、少なくとも良い事ではないと思う。エドさんやサジさんはもちろん、通りすがりの人にだってしたことは無い。しちゃいけない事の様な気がするからしなかった。プライバシーの侵害という概念がこの世界にあるのかどうか分からないけども。
その上で、こいつは悪い奴だからいいや、とも思う。我ながら勝手だ。
【鑑定!】
― レーグル (偽名:サンダリ) ―
人間
年齢 : 48
性別 : 男
職業 : 宗教家
Lv : 23
HP : 700/720
MP : 450/480
スキル
【洗脳(Lv4)】
特記
洗脳者 誘拐犯 殺人犯
称号
教主
洗脳スキル持ちだ!
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