第23話 パンツが無い!
食事のあとはお買い物。
さすがに男性と一緒に下着やら着替えやらは買えないので、二人とはいったんここでお別れする。オネエさんならいいのかも、とチラリと頭をよぎったが、ジェンダーの問題はデリケートだから口には出さない。
もう宿を取ったからかエドさんも私を解放してくれた。そりゃね、一週間分の宿代を払ったからにはもちろん宿に戻るよ。温泉に入りたいし。
「魔道具屋は明日、付き合ってやるから」
「いえ、結構です」
エドさんはどうしても私に護身用の魔道具を付けさせたいらしい。
どうせお高いんでしょー。収入ゼロなんだし、結界魔法もってるし要らないよ。結界魔法を持っていることを言えば諦めてくれるだろうか。
安全第一の観点から考えればそりゃあった方がいいに決まっているけど、稼げるようになるまでは大きな出費は避けたいのだ。エムダさんから貰ったお金が減る一方のうちは【いのちだいじに】と同時に【お金だいじに】しなくては。
自己防衛の為に魔法の練習をしておいた方がいいかなぁと考えながら、とりあえずの着替えを購入する。いま着ている服と同じようなデザインのものを2着で銀貨7枚。古着だけど高い。既製服が無いのかな。それはまぁ仕方ないとして、問題は下着だ。下着が売ってない。
異世界常識を確認すると、パンツをはく習慣がないとの事。コルセットはあるらしいが、庶民は着けていないようだ。
これは困った。
あ、今は日本にいたときに使っていたものと同じようなものを身に着けてるよ!ノーパンじゃないです。エムダさんありがとう!
……作る?作れる?伸縮性のある布地とゴムがあればパンツは何とかなるかな。ブラはどうしよう。避けたいと思っていたけど異世界通販か――いや、郷に入れば郷に従えでノー下着ライフを試みるか?
悩みながら宿に向かっていると不意に声をかけられた。
「あ、さっきエドと一緒にいたお嬢ちゃん。会えてよかった」
声をかけてきたのは四十歳前後の女の人。冒険者さんなのかな、長袖のシャツに皮の胸当て、パンツスタイルでひざ下までのブーツ。たれ目でほんわかした雰囲気の人だ。ギルドで私の事を見かけて見知っていたのかな。エドさんとサジさんのせいで目立ってたもんね。
女の人は私の耳元で囁くように話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、エドに何か脅されているの?様子を見ていて心配になって……。私でよければ相談に乗るわ。あんな大男にあなたのような小さい子が付きまとわれているなんていけない事だもの。怖かったでしょう?もう大丈夫よ、お姉さんが力になるからね」
自分でお姉さんっていうのはちょっと図々しくないか?
エドさんは外見はいかついけど中身はオカンだから怖くないよー。
ギルドで私を構い倒していた姿は奇異に映ったとは思うけど、ロリコン疑惑は晴れていないけれど、すぐにデコピンするわアイアンクローかますわだけど、それでもいい人だと思いますよー。
「とりあえず、私のホームにいらっしゃい。頼りになる人が沢山いるのよ?みんな優しい人たちだから、あなたの事をきっと守ってくれる」
怪しいよね?どう考えても怪しい。
初めて会った名も名乗らない人に”大丈夫だから”と言われて付いていくとでも思ったのだろうか。エドさんに警戒心云々と言われていたけど、それが無くたってこんなあからさまに怪しい誘い文句で付いていかないよ。とりあえず、無言で首を振る。こんなに人通りの多いところで無体はすまい。
「エドが怖いの?それとももうあの大男がその小さい体を慣らしちゃったのかしら?ねぇ、お嬢ちゃん、慣らされちゃったの?」
おいおい、不穏な発言ですよ、オバさ……自称お姉さん。成人しているとはいえ、うら若き乙女に言うセリフじゃないよね、それ。
エドさん、ロリコン疑惑があちこちで発生しているんじゃないの。本当に大丈夫なのかな、あのひとの評判は。その疑惑でエドさんやサジさんを揶揄って遊んでいた私が心配するのはどうかと思うけど。
首を横に振る私に、ホッと息を吐いた女性が私の手を取ろうとするので反射的に手を引く。
なんとなく触られたくないと思ってしまった。
「ホリィ、買い物は済んだか?遅いから迷っているかと思って迎えに来たぞ」
通りを歩いてきたエドさんに声をかけられた。その声を聞いてホッとした私はエドさんに足を向ける。
エドさんとこの女性だったらエドさんの方に信頼の軍配は上がる。この人、気持ち悪いし。
「大丈夫ですよー。今、このオバ……」
オバサンは失礼だな。けど、お姉さんとも言い難い。
「こちらの方に話しかけられて、少しお喋りしてました。――じゃ、失礼しますね」
前半はエドさんに、後半はオバサンに。オバサンは、唇を噛んだあとにっこりと笑った。
「いつでも頼ってくれて構わないからね?またね」
そのまま立ち去るかと思いきや、エドさんを睨んでいる様子が振り返った私の目に映る。
なんだか変な人だった。私たちの行動がそれほど危なく見えたのか、エドさんが元々そういう趣味だと認知されているのか、あの人が思い込みの激しい人なのか。
「ホリィ、今の女に何か言われたか?」
何かって、エドさんは危ない人だから保護してあげる、みたいなことを言われたけど、本人にそれを言っていいものか。傷つかない?揶揄っていた私と違って、ちょっと本気が入っていたようだから聞かされたエドさんのメンタルが心配だ。
うーん、と考えているとエドさんの手が私の頭を掴んで自分の方に顔を向けさせた。こうやって気軽に触れるのが拙いんじゃないかなぁ。私が撫でられて喜んだことなど他の人は知らないんだし、”子供を構う優しいお兄さん”と見るにはエドさんが強面おじさんな外見だから”少女に手を出そうとしている変質者”に見えてしまいそうだ。
いや、私は分かってるよ?出会って数時間で何を言っているのかと思われるかもしれないけれど、さっきの女性の胡散臭い親切の押し売りと違って、エドさんは見ず知らずの私の事を損得無しで親身に考えてくれた人だ。
「……十分に気を付けてくれ。一人きりにはならず、外に出るときは俺かサジに声をかけろ。サジも同じ宿だから」
茶化すには真剣過ぎる顔で言われ、私はただ頷いた。
「悪い。お前に迷惑をかけるのは本意じゃねぇんだが、今から離れても遅いだろうし……どうすっかな」
「今の人、何か問題が?」
「気にすんな。あっちは俺がなんとかするから、お前は自分の身の安全の確保を考えとけ」
気にさせる言い回しをしておいて”気にすんな”は無いよね。サジさんに会えたら聞いてみるというのでもいいんだけど、後回しにしておいて”あの時に確認しておけば”と思うのは嫌だ。エドさんの言い方がフラグ立てたっぽいから余計にそう思う。
「エドさん……私、エドさんの事をいい人だと思ってます。たとえ趣味嗜好がどうあろうとも、世間知らずな私の面倒を見てくれてアドバイスしてくれたり心配してくれたり、撫でられて嬉しいと言ったら不憫がってくれたし。本当に優しい人だと思うんです」
私も真剣な顔をして言う。
「だから、もし、もしもエドさんの嗜好が子供にしか向かないとしても理性で抑えてくれていると信じたいんです! まさか、前科があったりしないですよね? 信じてもいいんですよね!?」
デコピンすっ飛ばしてアイアンクロー来た。




