第22話 ごはんが美味しい
「では、そういうことで、またご縁がありましたら……」
私はエドさんとサジさんに挨拶をして、また襟首を掴まれては堪らないので両手で首を押さえたまま立ち去ろうとしたのだけれど。
「ご縁、ね。いい言葉だわ。せっかくのご縁だもの。一緒にご飯を食べましょう。お魚が好きなのよね?魚料理が美味しいお店に連れて行ってあげる」
おお、魚。食べたいっ。
「その前に買い物と宿決めだな。俺の定宿に空きがあればいいんだが。温泉が付いている割に宿賃が安い」
お風呂!温泉!
「行きましょう!買い物して宿を決めてお魚食べましょう!」
チョロイと言う声が聞こえたが気にしない。お魚と温泉、楽しみだから。
ギルドを出てサジさんお勧めの店で鞄を買った。もちろん、あらかじめインベントリから出したお金をエプロンドレスのポケットに入れておいた。
肩から斜め掛けできる革製の鞄は銀貨2枚。新品ではなく中古だが作りがしっかりしていてデザインも可愛らしい。布製の巾着も買った。こちらは小銀貨5枚。これはお財布にするつもり。
エムダさんは結構な額をくれたので、巾着に小出し用のお金を入れて鞄にしまい、元々のお財布に残りを入れてインベントリに収納しようと思う。落としたら怖いから大金はインベントリへ。
エドさんの定宿には幸いにも空きがあったため、とりあえず一週間の連泊を頼む。一週間の連泊代金を前払いすると、一日当たりの代金が割引になる。お得を逃がさない私。
一週間もあればこの町の様子も分かり、この先の予定も立てられるだろう。この町に取りあえず腰を落ち着けて錬金薬師を生業として暮らしていくか、他の町に流れるかの見極めだ。
宿の部屋の中で一人になった私は、インベントリを開けて財布と身分証を取り出した。
小出し分は幾らがいいだろうかと考えて、小金貨1枚と銀貨5枚と小銭を幾らか巾着に移して残りをインベントリに戻した。
身分証を出したのは、オネエさんとオジさんに見せるためだ。どうしても私が成人していることを認めてくれないので証拠とするのだ。
魚ウマっ。振り塩の加減がちょうどよく、大根おろしとの相性抜群だ。
サジさんお勧めの食堂で焼き魚定食に舌鼓を打っている私です。
体感的には最後に日本でご飯を食べてから一日と経っていないのだけど、異世界で焼き魚定食!と言うシチュエーションからか少々興奮してます。
醤油もあるんだよ、びっくりだ。異世界常識は必要なものを検索する形で頭に入って来るから、不意にこういう楽しい驚きもあってうれしい。
第四界から第二界への移住は初めてとの事だったから、ひょっとして転生者さんがいたのかな?などとラノベっぽく考える。それとも、同じような食文化の発展の仕方だったのだろうか。
日本食無双、ますます難しくなってるよ、大丈夫かな、同級生。まぁ、日本食無双目指しても、料理ならともかく醤油を作るのは大変だったんじゃないかなぁ。味噌もある。お味噌汁ついてるし。それとも、料理スキルって調味料まで作れちゃうほど凄いのかな?
あ、もしも魔法で作ったとしたら一般に広めるのは難しいか。魔法を使えるのは全体の一割程度だというこの世界だ。いくらでも職業を選べそうなのに醤油づくりに精を出す魔法使いもいなさそう。と、いうことはやっぱり元々似たところのある食文化なのかもしれない。
そこまで考えて異世界常識をチェックすると、なんと醤油と味噌は果実の汁だった。こんなに塩分の高い汁を蓄える実のなる木……異世界って不思議だ。甘い実も苦い実も酸っぱい実もあるんだから、しょっぱい実があってもいいのかな?いいのかなぁと言ったって実際あるんだから深く考えない事にしよう。
携行食でも思ったけれど、食文化が近いのはやっぱりありがたいね。
食事が口に合わなくて異世界通販に手を出す羽目にならずによかった。
安全第一・いのちだいじにだから、取得しないで済むスキルはお蔵入りのままがいいが、もしも食事に耐えられなかったら背に腹は代えられぬと日本食輸入していたと思う。勿論それで商売をするわけではなく自分の分だけだけど、露見の心配をしながらスキルを使うのはきっとしんどい。
「本当に15歳なんだな」
「12くらいに見えるわね。小っちゃいし細っこいし」
エドさんとサジさんが私の身分証を見て呆れたように言う。しかしだね、私はこれでも160㎝あるんだよ。あっちでは決して小さいと言われるような身長じゃない。あ、今の体だとどうなんだろ?違和感を覚えないから大きさは変わらないと思うんだけど。
それに、日本人の感覚だと、こっちの人たちが大きいんだよ。180㎝くらいあるサジさんがやや小さめの身長で、2mはあるエドさんだってずば抜けて大きい訳ではないようだ。同級生男子たちは苦労するんじゃないだろうか。南無。
ギルドで見かけた女性冒険者さん達もおしなべて背が高く、発達したお体を持っている人が多かったし、この食堂で働いているお姉さんたちも皆さん170cmは有りそうだ。
当然ながら私たち移住者がイレギュラーな存在だと言うことは承知しているので、子供に見られても気にしないようにするつもりだけど、錬金薬師に限らずお仕事するうえで不都合とか在るかな?
エドさんにそれを尋ねると
「まぁ、無くはないだろうな。しかし、ホリィが本当に魔法薬を作れるなら問題ないだろう。買う方は誰が作ったかより薬の効能を気にするから」
「錬金薬師?凄いのね、ホリィちゃんって」
「いや、知識のみで経験ナシの頭でっかちだ」
デザートのイチゴを黒曜蛇に食べさせながらうんうんと頷く。エムダさんから貰ったスキルだからね、やれる筈だけど、作れるだけでは商売にならないからなぁ。商人スキルとかあれば良かった?持っている人からコピる?
いやいや、見ず知らずの人に鑑定かけてスキルコピーとかやっちゃいかんよね、やっぱり。
私がされたら嫌だもん。
「知識があるだけで凄いわよ」
「俺はそっち方面に知り合いがいないからなぁ。王都に連れて行こうと思ってる。リズなら伝手があるだろ」
「そうね、リズさまなら間違いないわ」
いやいや、今のところ王都には行く予定ないよ。一人で何とかするからサラクで解放してほしいです。
「ところで、その子はホリィちゃんの従魔なの?黒曜蛇を従えても特に役立つわけじゃないでしょうに」
「従魔じゃないです。私、テイムスキルは持っていないので。この子は森で会ったんですけど、愚痴聞かせてたら懐いてくれちゃって、離れがたくて連れてきちゃいました。薬師と蛇は相性いいですし」
習得していないだけでテイマーになろうと思えばなれる事はもちろん言わない。
「懐いて…って、魔獣は懐いたりしないわよ、なんなのこの子」
エドさんにも言われたな、そういえば。
「変わった子ですよねー、でも、可愛いからそれで良し!」
黒曜蛇に今度はりんごをあげて撫でる。可愛いなぁ、もう。
「変わってるのはアンタの方よっ。ホント、何この子」
なにせ第四界からの移住者ですから。変わったところがあっても仕方ない。
「閉鎖的な村から来たので、多少は常識が無いところもあるかもですけど、それはこれから学ぶので大丈夫です!」
胸を張って安心してもらえるように元気に言ったのに
「安心できる要素が無い」
エドさんに真っ二つにされ、サジさんに思い切り頷かれてしまった。
大丈夫!私には穴だらけの!”異世界常識”があるからね。――あれ?大丈夫じゃないのか、これ。




