第20話 犯罪者疑惑
ほうほう、ここが冒険者ギルド。
ウェスタンドアじゃないのは残念。お約束だと思ったのに。
開け放たれた観音開きの大きなドアから入ってみると、高校の教室くらいの部屋の奥にカウンターがあり、職員さんらしき人達が忙しそうに立ち働いている。右の壁には大きなコルクボードがあり、虫ピンで貼られた紙がたくさんあった。あれが依頼ボードってやつかな。ちょっと見てみたい。
エドさんに後頭部を掴まれたままカウンターへと進んでいく。
いや、私はカウンターに用はないのだけどエドさんが離してくれないのだ。
か弱い少女の後頭部を掴んだまま奥へと足を進めるエドさんは、もちろん目立つ。故に悪目立ちの彼にあちこちから声がかかった。
「エドさん、どうしたんすかぁ、美少女誘拐?拉致?犯罪はダメっすよ」
「女っ気ないと思ってたら、幼女趣味だったかー。お前に岡惚れしている女の涙で今夜は雨だな」
「エド、お前の子供か?美人さんだな。幾つの時の子だよ」
「なんであの子は肩に蛇のっけてるんだ?エドの趣味か?」
エドさんってば散々な言われようである。そしてさらっと褒め言葉を織り交ぜてくる男たちはやっぱりイタリア男の気質を持っているように思う。面と向かって褒められたら羞恥を感じるだろうけど、エドさんを弄っているだけだと分かっているから大丈夫。
肩に蛇を載せさせる趣味と言うのはよくわからないけどね。
それにしても、少女はまだしも幼女はないよ。で、エドさんの子供?私が?
「やっぱり年齢詐称……」
呟くと私の頭を掴んでいる手に力が入った。
「痛い痛い、エドさん、ロープ!ロープ!!」
――ロープ……エドにそんな趣味が
――あのちっちゃいお嬢ちゃんにそんな無体を
――揶揄ってたけど、マジでやばいんじゃん
――あの子の保護が必要かも
笑っちゃ駄目だ。きっとエドさんの手に余計に力が入る。笑っちゃダメな時って、どうしてこんなに笑いの衝動が強くなるんだろう。駄目だ駄目だと思うほどに堪えている腹筋の耐久力が弱まっていく。
殺伐としているイメージだった冒険者ギルドの生暖かい空気に私の緊張が解けている。実の所、腹筋も溶けそうだ。
エドさん、加虐趣味&ロリコン疑惑。
マジヤバいとか言われてるしっ。青筋立ってるよ、エドさん。
さて、被害者(仮)としては泣き濡れるべきだろうか。
いやいや、それをしたら後が怖い。ここはわれ関せず、外野の声は聞こえない姿勢で行くべきか。
「ロープはコイツの趣味だっ。俺じゃねぇっ」
「ひどっ。私、そんな趣味持ってないしっ」
ピンポイントでロープに関する弁明。ロリコン疑惑だって拙いよ?あ、それとも本当に……
疑惑が顔に出ていたか、後頭部を掴まれたままでデコピンが降ってきた。イタイ。私のおでこも痛いけれど、エドさんも痛いよ、評判的に。ほら、ザワザワしてるじゃないか。
視線が集まっていて怖い。集団の中では常にぬらりひょんだった私にとって、この視線は辛いものがある。
エドさんと一緒にいる限りぬらりひょんは発動しそうにない。
目立っているエドさんが私を構うんだもん。
この世界の人たちは全体的に身長も体型も日本人を凌駕しているが、エドさんはその中でもさらに大きい。しかし、目立つのは体の大きさだけが所以ではない。
2メートル強と言う身長とムキムキマッチョの体格、整っているのに威圧感を覚えさせるような強面だけでも目立つが、冒険者たちが集まるギルドだけあって、エドさんに匹敵する体躯の持ち主もいないではないのだ。なんだろうね、存在自体が他人の目を引くようなオーラ?とか出しているんだろうか。
「エドさん、ギルドの人とお話があるんですよね?私、隅っこで待ってますから、どうぞ行ってきてください」
ちょっと、依頼ボード(推定)を見てみたい。魔獣退治とか護衛とか薬草採取とかあるのかなー。私も錬金薬師になったらこういうところに依頼するのかもしれないし、後学のために見てみたい。
エドさんは少し考えた後に、何度も何度も一人で勝手に出て行かない事を言い渡し、近くにいたエドさんよりは小柄な、でも私から見たら大きい細マッチョの美人さんな男性に「こいつを見ておいてくれ」と頼んでカウンターの方へ向かっていった。
信用されてない。当たり前だね。
でも、お金を下ろすだけじゃなく話があるようなことを言っていたから、私がいちゃ邪魔だろう、やはり。
「黒髪の美しいお嬢さん、エドが戻るまでお相手させていただいても?」
おお、ジェントルだ。冒険者って荒くれ者のイメージだったのに……あ、いや、荒くれ者っぽい人もそこかしこにいるな。お風呂入ってますかと聞きたくなる髭もじゃな人もいれば、装備が汚れていても平気っぽい人、傷だらけの大男。
美人さんは明るい金髪を首の後ろで一つにまとめて背中に流している。男の人に美人さんは失礼かな?とも思うけれど、男臭さを感じさせない整った容姿は”美人さん”がピッタリだと思う。
で、さっきの”美しい”は黒髪とお嬢さんとどちらにかかってますかね?言い回しの上手さがタラシっぽい。なのに忌避感を覚えない。
「ありがとうございます。ですが、大人しくしているので大丈夫ですよ?」
「エドが心配してますからね。私ではご不満かもしれませんが、彼を安心させてやって下さい」
そう言ってカウンターの方を指さされ、見るとエドさんがチラチラとこちらを窺っていた。
「私はサジと言います。お嬢さん、エドに寄生するなら私が間に入りますのでそのおつもりでお願いしますね。よくいるんですよ、そういう輩。エドはお人よしで抜けているところがあるので、利用しやすそうに見えるんでしょうね。周囲は気苦労が絶えません。それとも、寄生よりもっとたちの悪い方ですか?誰かに言われて彼に近づいた?」
にっこり笑って言う事かな、それ。なぜ喧嘩売ってくるのか分からないけれど不快だ。
「そうお思いならエドさんに私を解放するよう言ってください。私は一人で大丈夫だと何度言っても聞いてくれないのはエドさんの方ですから」
負けずに私も笑顔で売られた喧嘩を買い取る。慣れない事に緊張して心臓がバクバクしていることは隠せていると思いたい。
これから一人でやっていくんだ。対人スキル云々と言い訳してばかりじゃいられない。
サジさんが目を見開いて私を見て口の右端を上げる。か弱い少女が喧嘩を買ったのがおかしいか。
「エドには何度も言っているんですが、彼は子供に弱いんですよね。何度も痛い目に遭っているのに懲りもしない」
「やっぱり幼女趣味!私は幼女じゃないけど、まだギリ少女に分類されるお年頃。やばい、やっぱり逃げないと……。警戒心を持てとしつこい位に言ってくるから却って安全な人だと思っちゃってた。色々助けてもらっていて申し訳ないけど、警戒、大事!」
エドさん、いい人だと思うよ。私に親切にしてくれたことに感謝しているし、親切心に下心があったとは思わない。本当に感謝はしている。でも、そんな特殊な性癖持ちだったら、15歳なのに成人しているように見てもらえない私は、本当はロリータじゃないけど逃げ一択しかない。
性癖自体は仕方のないことかもしれないけれど、君子危うきに近寄らず。
警戒心、大事!
安全第一!いのちだいじに!
「あ、いえ、別にそういう趣味なわけでは……聞いてます?彼は子供は庇護する対象として認識していましてね、幼いからといって無垢だとは限らないと言う事実を認めようとしない。上手いこと取り入って甘い汁を吸おうとする狡猾な子供がいたり、かと思うと子供を使って彼を嵌めようと低劣な手を使うような人間もいて、彼はまた性懲りなくもなく何度も引っかかって。あなたは幼くて見目もよいからエドを利用するか騙そうとするかと――って聞いてませんね?」
「サジさん、ご忠告ありがとうございます」
喧嘩を売られていると思ったら親切な助言だった。
カウンターでエドさんは職員さんと話し込んでいる。サジさんはきっと、私が逃げやすいようにエドさんを安心させたんだ。いい人だった。
「忠告って、お嬢さんは何を――」
「変態に捕まりたくなければエドさんがカウンターにいるうちに逃げろってことですよね。ありがとうございます。依頼ボード見たいとか思ってる場合じゃなかった。では、これで失礼します!」
回れ右!




