第19話 サラクの町に到着
時計が無いので断言はできないが、太陽の位置から見て今は昼過ぎ位か。
辿り着いたサラクという町は思ったよりも規模が大きい。
ラノベの影響かな、異世界で初めての村や町は辺鄙なところにある小規模な集落のイメージだった。
山を下りたばかりの時はかろうじて道と呼べる程度だったのに、街道に出たらしっかり舗装されていて驚いたし、町はきちんと区画整理されているようで大通りの両脇に趣向を似せた三階建ての建物がずらりと並んでいる。
田畑の間に民家がポツポツあった田舎のおじいちゃんの町よりずっと都会で、栄えている地方都市といった感じだ。
「先ず、着替えが欲しいと言ったな。金はあるのか?」
「ある程度は有ります、大丈夫です。……って、私よりエドさんですよ!お金を取られたんですよね?大丈夫ですか?私が貸しましょうか?」
そうだ、すっかり忘れていたけど、エドさんは襲われてお金を奪われたんだった。
けど、軍の上部にいた経歴を持つ、冒険者Bランクのいかついエドさんを襲って強奪出来るってどんな人なんだろ。多勢に無勢だったとかかな。
私はどこ基準だかわからないけど一か月分の生活費と言う名目のそこそこ大金を持っている。
お金を貸す時は返ってこないと思って貸せという金言に従い、大丈夫な分だけ渡すつもりだ。
エドさんはちゃんと返してくれる人だと思っているけど。
「お前はまた……。俺はギルドに行けば金を下ろせる。こうみえても結構稼ぎはいいんだ、こう見えても。お前さんに心配されるほど落ちぶれてねぇよ」
また、こう見えてもを強調しているけど、どう見えてると思っているんだ、本当に。
見た目との乖離によるトラブルが過去にあってトラウマ持ってたりとか?
「先にギルドに寄っていいか?金を下ろすのと報告もある。その後、道具屋に行ってお前は鞄を購え。で、次に宿を取ろう。で、必要な買い物の前に魔道具屋だ。金に余裕があるなら自衛の為に護身系統の魔道具を身につけたほうがいい」
いや、要らない。結界魔法を持っているから。言わないけど。
それに、この町は治安がよさそうだ。子供だけで通りを歩いているし、若いお嬢さんの一人歩きの姿もある。行きかう人々の服装も清潔そうで、花壇や並木、ベンチなどもあり町はきちんと管理されているように見える。
「いやいや、もう、町に着いたんだしエドさんはエドさんで、私は私で動きましょうよ。ここまで連れてきて下さってありがとうございました。ご縁があったらまたお目に…」
最後まで言えなかった。デコピンが来たからだ。
「痛い……。人前じゃアレかけられないのに」
エドさんのデコピン、メチャクチャ痛い。怪我してなくたってヒールをかけたくなる位だ。
「それは学んだか、よしよし」
今度は頭を撫でられる。学んだかっていうけど、さすがにあそこまで言われたら怖くて魔法は使えません。文句はあるけどナデナデは気持ちいい。
「だが、危機管理はなっちゃいねぇな。お前、買い物に行ってどこから金を出す気だ?まさか、その何も入っていないように見えるポケットからじゃねぇだろうな。偽装を覚えろ、偽装を」
「おお、なるほど、それで鞄」
納得納得。インベントリは秘匿すべし!
エドさんはマジックポケットだと思っているけども。
「ご忠告、謹聴しました!もう、大丈夫。ありがとうございました!」
敬礼した後に踵を返そうとすると、今度は襟首をつかまれた。苦しい。解放してください。
私には秘密がいっぱいあって、なのにそれを隠すだけの頭の良さも会話スキルも無い。この世界の常識――主に魔法に関して――を学ぶまでは人交わりは避けないといけないような気がする。
エドさんがいい人なのは分かっているけど、これ以上ボロを出す前に穏便にお別れしたい。
もう、かなりボロボロな自覚はあるけれど。
「ま・だ・だ」
にっこり笑って威圧するのやめてほしい。周りの人がチラチラとこちらに視線をよこすので”何でもないですよー、お騒がせしてすみません”の気持ちを込めて笑顔で会釈をする。
この人、デカくてマッチョで強面で口うるさくて小言が多くてデコピン連発するけど、いい人なんですよー。
世話好きなオバチャンみたいな人なんです。あー、オバチャンと言うよりオカンかもですよー。
23歳オカン属性強面マッチョ元軍属冒険者(年齢詐称疑惑有り)……ぷぷっ。
「見知らぬ相手に愛想振りまくな、攫われてぇのか」
アイアンクローがキターっ。エドさんの技がデコピンから進化した!
って、痛い痛い痛い。
周囲の目も痛い。エドさん、ヤバいよ。少女虐待現場を見られてるよ。おまわりさん、この人です――じゃなくて。
町の人ー!エドさんはすぐに手が出るけどいい人ですよー。おまわりさんは呼ばなくても大丈夫ですからねー。
あ、「○○しなければいい人」というのは「○○するからダメな人」という言葉もあるよね、そういえば。
エドさん、周囲を見て!見られてる見られてる!
「ロープ、ロープぅ」
「なんだ、ロープって、縛られて攫われたいのか、妙な趣味持ってんだな、怖いよ、お前」
手を離して一歩後ずさるエドさん。
「怖いのはエドさんっ。誰がそんな趣味かっ。ロープってのは技の解除を求める合図です。あー、痛かった。エドさんムキムキマッチョで力強いんだから、か弱い少女に手加減してください」
「なんだ、そのルール。初めて聞いた。妙な風習もあるもんだ。一言の合図で技解除って、鍛錬にならんだろ。
「鍛錬要らないのでっ」
「ま、それはいい」
「よくないっ。か弱い少女のところスルーされると悲しいしっ、恥ずかしいしっ」
「そうそう、自衛の手段を見つけないとなー、か弱い少女」
くそぅ、藪蛇だった。
あまりにもエドさんが世話焼き過ぎで有難いとか申し訳ないとかこっちは思うじゃないか。ヒールの価値と言っていたけど、あれはほとんど私の押し売りだ。第一遭遇第二界人だったので、過剰に反応してしまったと今は思う。
脱ぬらりひょんの思いもどこかにあり、少々気負いすぎた。
この世界に慣れるまでは半ぬらりひょんくらいで目立たずひっそりと町に溶け込む努力をしよう、うん、そうしよう。
「……というわけで、一人でやっていきます。これ以上エドさんに迷惑かけられないです」
「どういう訳だか分からんが、迷惑かけたなんて思わなくていい。子供は大人の庇護下にあるべきだ」
「15歳だって言いましたよね!?」
「自称15歳な。本当だとしても成人したてのガキだろ。しかも世間知らずで、警戒心が無くて。トラブルの種を山ほど抱え込んでいて、それの自覚も無くて」
散々だ……否定しにくいところがまた酷い。
「言っただろ?お前を放置して後で死体発見の報を聞くのは寝覚めが悪い。俺だってなにもお前の面倒を一生見ようなんざ思っちゃいねぇ。一人で大丈夫なところまでは面倒見てやるから甘えとけ」
「10歳で冒険者や職人の見習いになる子だっているって聞きました。それを考えたら私は15歳で……って、本当に15歳ですよ、なんですか、その疑わしい目は!」
「冒険者見習いだってソロでやってる訳じゃねぇ。どこかのパーティに入っているし、職人見習いはそれこそ師匠の下で学んでいくんだろうよ。大概は家族の支援付きで」
「エドさんに利点が無い。ついさっきまで見知らぬ人間だった私にそこまで手間かけないでください。返す物が無くて心苦しいです。何とかなりますから、本当に」
なんで、この人はこんなに頑なに私の面倒を見ようとするの。
ギブ&テイクは何処にいっちゃったんだ!
恩を受けても返せる宛てがないよ。
「利点か。そうだなぁ……ホリィ、お前は錬金薬師になるんだろ?そん時に優遇してくれや」
錬金薬師になって作った魔法薬で本当にいいんだろうか。借りが大きすぎると心情的にしんどい。
エドさんは議論は終わりとばかりに私の後頭部を鷲掴みにして道を進む。
「先ずギルドだ」
ギルドならおそらく人がたくさんいるだろう。エドさんが他の人とお話をしている間に私の特技:ぬらりひょんで立ち去れる……かな?
もう、脱ぬらりひょんしたいのか、上手く使いたいのか分からなくなってきたよ。




