第18話 下山
叱られて説教されて、何故か町まで同行することになった。
エドさんがどうしても譲らなかったのだ。
黒曜蛇は置いて行けと言われたのだけど、どうしても離れてくれなかったので今は私の肩にいる。やっぱり、森で初めて会った子なんじゃないかと思ってる。1時間もストーカーしてきた理由は分からないけれど。
魔獣とはいえ黒曜蛇はかなり弱いのだそうだ。剣を持つものでなくとも、農業や鍛冶職など魔獣に対峙することが無い職だとしても、体を使う成年男子なら簡単に退治できると。
美しい皮を目当てにされて害されるほうを心配しろと言われた。
私の傍から離さないように気を付けよう。
そして、道中も説教付き。
さっき会ったばかりの見ず知らずの人に何故説教されているんだろうかと思いつつ一緒に町を目指す。
エドさんが言うには私に常識が無いのが悪いらしい。
「仕方ないじゃないですか。郷里から出たの初めてなんですから。常識ならこれから学びます」
「学ぶ前にとんでもないトラブル起こす未来しか見えん。ほんっと、ホリィを一人にした同郷の奴にも説教かましてぇ。お前が村で起こしたトラブルの話を聞いてみてぇ」
なんでトラブル起こした前提なんだ。
ひっそりこっそり生きていたのに。
「……あー、それはどうかなぁ。みんな郷里以外での常識なんて知らないし」
「お前みたいのがあと14人も野に放たれているかと思うと更に暗い気持ちになるわっ」
いや、対人スキルが無いのは私くらいだと思う。
一人で旅立った佐伯君はギフトもりもりだけど、賢く人当たり良く要領もよさそうだ。あとのメンバーは二人から五人で旅立ったからお互いにフォローしあえるんじゃないかな。
ギフトの事は除いてエドさんにそう説明すると、しかめ面をされた。
「なんでお前は一人なんだよ」
なんでって、ボッチだから。ぬらりひょんだから。黒衣だから。
次元嵐や界渡りの事を説明できないので、ナートゥーラの力とやらが強すぎて元の世界に馴染めなかったことは話せない。
「馴染めなかったからですかねぇ」
端的にそれだけ言うと、エドさんが私の頭を撫でてくれた。
お前は常識はないけど善良だとか、心配になるくらいお人よしでいい奴だとか、トラブル起こしそうだけど真っ当だとか慰めてくれる。でも、前半は要らないよ。善良でいい奴で真っ当で、でいいじゃないか。
話せない事情により元の世界で馴染めなかった理由は分かっているので慰めてもらえなくても大丈夫なんだけど……でも、これ気持ちいいなぁ。
「撫でてもらうの初めてかも。なんだか擽ったくてムズムズするけど心地いいもんですね」
嬉しくて笑う私の頭にさっきよりもずっと重みがかかる。最前はそっと撫でられていたのに、今度は撫でられているというよりも摩擦で頭髪を薄くする目的でもあるんじゃなかろうかと言うほどに力が強く、ちょっと痛い。
「不憫だな、お前。なんだよ、頭くらい幾らでも撫でてやるよっ」
善良でお人よしって、私じゃなくてエドさんなんじゃないだろうか。
大丈夫かな、この人。警戒しろ警戒しろという割に、本人はかなり警戒心薄いぞ。
最初の威嚇はどこに行った。あれか、懐に入れると無条件で信頼しちゃうタイプか。
「その勢いでガシガシされると禿げそうなので結構です」
撫でられている手から逃れると、エドさんが膨れる。子供か。マッチョな30超えのくせに。
道を下りながらお互いに他愛のない話をする。
エドさんはやっぱり軍属だったそうだ。そこそこ高い地位に就いたが、貴族との柵やら内部の派閥争いやらに嫌気がさし軍を辞して冒険者になったのが3年前。3年間でランクがBまで上がったと言うのだから結構な実力者だね。
その職しか知らない生粋の冒険者畑の人も多いが軍上がりも少なくないそうで、逆に冒険者上がりで軍に所属する人もいると言う。
これは自由を求めるか安定を求めるかの違いだそうだ。危険といえばどちらも命にかかわる仕事だが、自分の腕一本で人生を切り開く自由だが先の見えない冒険者と、規律に縛られ自由はないが将来恩給も出る軍のどちらを選ぶかは人それぞれとの事。
私はギフトや界渡りの事を隠しつつ話をしたので精神的に少し疲れた。
村に危機が迫った時に私たちの命を救ってくれた女性がいたこと。一緒にいた32名のうち残ったのは15名だったこと。それぞれが命を救ってくれた恩人に指標を貰って旅立ったこと。
私に錬金薬師の道を示してくれたのもその女性だったと言うこと。
「でねー、15年生きてきてエドさんが3人目なんだよ、私とちゃんとお話ししてくれた人。しかもその3人が同日!凄くない?これからの私の人生はいいことばっかりな気がしてきた!」
一人目は佐伯君、二人目はエムダさん。
「おまっ……どんだけ冷遇されて生きて来たんだ。馬鹿だけどいい子なのに」
あれ。
いや、憐憫を誘うつもりじゃなくてね。対人スキルが無いから馬鹿を言っても勘弁してねってつもりでね。
「……しかし、同日?今日ってことだよな」
ああ、また、失言してしまった。何で、こう考えなしなんだ、私。
「いいよ、言えない事は言わなくていいって言ったろ。それよりお前、もっと大事な事がある!」
私の顔色を見て引いてくれたエドさん。こういう気配りは勉強しよう。対人スキルが無いって、そんなの相手には関係ない、私の都合だ。それを私が”仕方ない”と甘えてはいけない。
「お前…そのなりで15ってマジに!?」
「なんでそこに引っかかるんですかっ。15歳ですよ、問題ありますかっ」
「あるだろ。12~3かと思ったら、本当に15かよ。俺と8つ違いかよ、10は離れていると思ったのに」
「エドさん、23歳!?それこそ本当に!?嘘だ、絶対30過ぎだと思ったのに!」
「30過ぎっておま……しっつれいなヤツだな」
23歳ってこんなおじさんじゃないよ、あっちでは。
しかも、冒険者になって3年って、二十歳で既に軍の上の方にいたの?凄くない?
お互いに相手が年齢詐称だと言い合っているうちに山のふもとの道に出た。
「さあ、町に向かうか。足は大丈夫そうだな」
貰った新しい体は丈夫らしい。1時間の山下りでもなんの問題も無かった。
町まで1時間、日本でなら徒歩1時間は4km換算だが、山を降りて来た時のスピードからいってもっと距離はあるだろう。申し訳程度に整備された道をエドさんが示す方向に歩き出す。
ちょっとドキドキする。佐伯君と話したのもエムダさんと話したのも、そしてエドさんと話したのも1対1での事だ。町に着き、集団の中に入ったら私はまた”要らない子””いない子”になってしまわないだろうか。
その可能性は第四界の狭間でも考えたじゃないか。それでもいいからと第二界に来たんじゃないか。
初めて会った第二界人のエドさんが説教したり怒ったり慰めてくれたりと初めての事ばかりするから、第二界への期待値が上がると共にエドさんの態度の変化への恐怖が湧いてくる。
ここは私の元いた世界。日本とは違う。ここではぬらりひょんじゃない、普通の一人の人間の筈。
そう思ってもドキドキが止まらない。




