第16話 警戒心は大事
エドさんのアドバイス通りに言いたくない事は黙ったままで、話せる事実だけを話した。
何故かエドさんが私を保護して家に送ってくれる気満々になってしまったからだ。
故郷はもうないこと。(この世界には)
同郷の14人とは離れ離れで、この世で知己はその14人だけだということ。
幸い魔法の素養があるので錬金薬師としてやっていこうと思っていること。
暮らしていた場所以外を全く知らないので、どうやって向かえば良いのか分からない事。
嘘はついていない、筈だ。
「――治癒魔法が使えるのに錬金薬師になるのか。囲い込みを回避したい…とすると、見ず知らずの他人に簡単にヒールをかけるお粗末さが分からん」
お粗末とはまた酷いことを。
エドさんは何度目か分からない長いため息をついた後、首を横に振った。
「何の伝手もないんだよな?それで錬金薬師になるというのは無理があると思うが、ホリィは薬師としての腕はどうなんだ?どの程度の経験がある?」
「これから勉強します」
「は?錬金薬師の勉強をこれから?なんでまた経験のない状態でそんな職に就こうだなんて思った」
「大丈夫です。何とかなります」
ギフトの事とやたらと高いステータスの事は言えない。が、ギフトと言う名のチート持ちですから、胸を張って断言する。
根拠を示せない私に”こいつ大丈夫か”とでも言いたいような表情をするエドさん。大丈夫だよ、多分。
「さっきのヒールだって初めてだけど成功して……あっ」
マズい。理由は言えないけど大丈夫だとアピールしようとしただけなのに、ぽろっと本当のことを言ってしまった。これだから会話慣れしていない人間は困るんだよ。
少し考えて話す癖をつけようよ、自分。
会話スキルとかないかな……。もしあるのなら是非コピーさせていただきたい。
「はじめ…て?それなのに、あんなに自信をもって障壁を解けとか言ったのか?ほんっと、大丈夫なのか、ホリィ!」
自分のうかつさに目眩がして、大丈夫だと胸を張って言えない状況です。
対人スキルと会話スキル、どうやったらゲットできますか。
あ、エドさんも目眩がしたようで両手で顔を覆ってます。
「保護者はどうしたんだ!こんな常識のない子供を一人にするなんてあり得ないだろ。血縁の者はいないと言っていたが、同郷の者の中にお前を保護してくれていた人はどうした」
「一緒に出てきたみんなは同じ年だったので保護者とかはいないです」
エムダさんに保護されたのは一時だし。転移したのは高校一年生が15人だ。
「子供15人で旅してきたのか……。よくもまぁ無事で過ごせたもんだ」
第二界に着いて1日も経ってないからね。
「どうすっかなぁ……」
「どうしました?」
「いや、さぁ、お前さんとこのまま別れる訳にはいかんだろ、やっぱり。ただ、俺には錬金薬師の伝手はないから、伝手のあるやつ探さなきゃと思うんだが、ありそうな奴は王都にいるんだ。ホリィは馬に乗れるか?王都まで馬で半月ってところなんだが。ああ、先ず馬を調達しないと」
「はい?」
なんでそうなる。
「いえいえ、このまま別れますよ、何を言ってるんですか。馬には乗れないし、王都にもいきません。取りあえず近くの村か町をですね…」
「じゃ、馬車か。王都方面行きの馬車で護衛依頼が出てれば俺も稼げて一石二鳥だな。まぁ、都合のいい依頼がなけりゃ俺も客として乗っていってもいいか」
何で?何でそうなるの?エドさん、話を聞いてる?
「とりあえず町に出るか。お前さん、足は達者か?この山を下りるのに1時間、そっから町まで1時間ってとこだ」
「まってまってまって。エドさん、何を言ってるの?私は村か町までの行き方を教えてほしいだけなんですって。それがどうして王都へ一緒に行く話になるんです?私は王都に行きたいだなんて一言も言ってないのに。おかしいでしょ、どう考えても」
「何がおかしい?世間知らずの子供が森の中で一人きりなんだ。保護するだろ、大人として」
「いや、何から何まで全部おかしい。私は世間知らずのところがあるかもしれないけど子供じゃないです。エドさんのさっきまでの警戒心はどこ行ったんですか。迷子ですか、捜して連れ戻してくださいよ。ギブ&テイクの釣り合いが取れなくて私が困ります。町の方向を教えてください、それを聞いたらお暇します」
怖いよ、エドさん。
流石の私も警戒するよ。
私は自分の事を大人だとは思っちゃいないけど、ここの常識によればもう成人しているから!
「ギブ&テイクと言うなら、俺の方が貰い過ぎだしなぁ。お前さんはヒールの価値、分かってねぇだろ」
「ヒールの価値」
「ヒールってのはな、そんなに簡単に受けられる治療じゃねぇんだ。怪我をした場合、止血剤と傷薬と時間薬で治す。薬なら庶民でも手に入るし、自作している奴だっていないわけじゃない。で、裕福な層やそこそこ稼げるようになった冒険者は魔法薬を使う。冒険者は、治すための時間とその時間に稼げる筈の金額とを比べて、魔法薬を使って早く治した方が結果的に儲けられると考えられるレベルの奴が使う。高いからな」
魔法薬ってアレだよね。私がなろうとしている錬金薬師が作る薬。
一般的な薬は薬師が作成する。
「でもってヒールだ。先ず、魔法治癒士はこのランカス王国に20人といねぇ。ほとんどが国の魔術団に所属してる。残りは聖教会が囲い込んで聖女・聖人として祀り上げてる。世間知らずのお嬢ちゃん、良く聞けよ?そもそも市井に治癒魔法を使える人間がいるのがおかしいんだ」
「……はい?」
え?え?え?
ヒールってRPGじゃ基本だよ?
ハイヒールとかエリアヒールとかじゃなくて、基本のヒールだよ?
これ、ヤバい。【安全第一】【いのちだいじに】のモブ生活が頓挫する。
王国魔術団に所属するか教会に囲い込まれるかの二択なんて嫌すぎる。
級友の誰かが「治癒魔法が使えれば食いっぱぐれがない」ようなことを言っていたけど、そんなレベルじゃなかった。あっちは大丈夫なんだろうか。
「あ、あの、でも、さ、さっきエドさんは何度かヒールを経験したようなこと言ってましたよね」
さっきのは大袈裟に言いましたー。珍しいけど、まぁ治癒魔法はいなくもないよって言ってくれぇ。
「俺はこう見えても昔は国の中枢に近いところにいたんだよ。けっこう偉かったの、こう見えて」
大事な事だから二回言いました?
こう見えてって、自分でどう見えていると思っているんだろう。
座っているからよくわからないけれど、身長はかなり高い。ひょっとして2メートル位あるんじゃなかろうか。肩幅は広く、腕は太く、胸板は厚い。かなりのマッチョだ。
汚れているけれど金色の髪は鬣のようで、まるでライオンみたいだ。
獅子の獣人さんかも――いや、第二界に獣人さんはいないと聞いたな。
護衛依頼云々と聞いたときに冒険者さんだと分かったけれど、この風采は軍人さんっぽい気もする。国の中枢に近いところにいたと言うのだから、肩書がつくような軍人さんだったんじゃないかなぁ。
「ホリィがヒールをかけると言った時は、子供が何言ってんだと思ったよ。キルタの罠にしちゃ稚拙だが、勘ぐればそれもわざとかと思えるし」
ひぃぃぃぃ。
”ヒールをかける”だけでもう警戒対象だったんだ。
第二界常識が仕事してないよ……。




