第14話 誤解が解けて何より
「治癒魔法を飛ばす……?何を言ってるんだか。ヒールは飛ばすようなもんじゃねぇし、お前さんのような子供に扱える訳もねぇ」
あ、ヒールでOKだ。でもって、飛ばすものではないのか、そうか。このあたり今までの知識――ゲームやラノベや漫画のだけど――と第二界常識とがごちゃ混ぜになってしまってとっさの判断がしにくいな。
慣れるまでは慎重にしなくては。
向こうでぬらりひょんだった私は会話と言うものに慣れていないから、思ったことがそのまま口に出てしまいそうでマズイ。
「私はたまたま飛ばせるもので……って、怪しい人間に言われても困りますよね。すぐに立ち去ります。重ね重ねごめんなさい」
悪意ではなかったけれど警戒させてしまったようなので、私はとりあえず頭を下げた。
頭を下げた後、背を向けることをせずにじりじりと後ろに下がる。
怒ってるようで怖いから背を向けてダッシュしたい気持ちを抑えて少しずつ。
あの人は怪我をしているんだし、攻撃されるかもとか思ってる訳じゃない。
ただ、初めて向けられた敵意が怖かった。
ああ、そうか。
他人に認識されると悪意や敵意を向けられることもあるのか。
家族とすらコミュニケーションを取れていなかった「要らない子」というより「いない子」だった私はそんなことも知らなかった。
ぬらりひょんには世間の常識が無かったわ。
摺り足で後ずさっていると、足首に不意に何かが触れたのを感じた。
「うぎゃっ」
驚きすぎて緊張しきっていた体が飛び上がってしまった。
足元に目をやるとまたしても黒曜蛇が巻き付いている。
「またお前かっ」
さっきの子と同一人物……蛇物なのか同種の別個体なのかはわからないけれど、つい「また」と言ってしまった。同じ子だとしたら、私の後を一時間ずっと付けてきたことになるから別の子だろう。うん、ストーカーする蛇なんて怖すぎるし。付けてきていることに気付かなかったとしたら私が間抜けっぽいし。
「危ないでしょ、私が踏んじゃったらどうするの、そんなにちっこいのに」
しゃがんで手を差し出すと黒曜蛇は素直に手首に巻き付くようにして手のひらに乗った。
あー、もう、可愛いなぁ。同じ子でも別の子でもいいけど、黒曜蛇って私のことを好いてくれる魔獣なんだろうか。だとしたら嬉しすぎる。
いっそのこと連れて行きたいけれど、この子の事情も分からず人間世界での黒曜蛇の扱いも分からない状況では無理があるよなぁ。
「っと、騒がしくしてスミマセン。すぐに立ち去りますので」
男にもう一度頭を下げて立ち去ろうとした時
「あー、いや、こっちこそ威嚇してスマン」
男の方が謝ってきた。
「お前さんがキルタの一味じゃない事は分かった。理由にもならんが、嵌められて怪我をして気が立ってたんだ。申し訳ない。」
男がペコリと頭を下げた。
男が言うにはキルタと言うのは個人名ではなく裏家業をしている大規模な団体さんの名前らしい。
キルタはカルト宗教色が濃い団体で、白蛇を神として崇め黒蛇を邪神として忌み嫌っていると言う。裏家業の団体さんなのに、邪神として忌み嫌うとか意味わからないけれど、キルタの所属メンバーは自分たちを正義に位置付けているそうだ。
カルト集団っていうのはそういうものなのだろうか。
で、黒曜蛇=黒蛇を愛でている私はキルタの一味ではない、と。
黒曜蛇ちゃん、ありがとう。
「だが、お嬢ちゃんは警戒心が無さすぎる。いくら俺が怪我をしているとはいえ、周囲に人っ子一人いない状態で見ず知らずの男に近寄っちゃ駄目だろう」
「あー、はい、そうですね、すみません」
「怒っている訳じゃない、気を付けろと言ってるんだ」
「いやー、でも、怪我している人を見て放っておくわけにも……」
てんこ盛りギフトが無かったら手当の術もなく「何もできなくてごめんなさい」とか思いながら通り過ぎたと思うけどねっ。
ホント、恨むよ、エムダさん。
習得しておいて怒れる筋合いじゃないけども。
「誤解が解けた…んですよね?ヒールをかけたいので障壁を解除していただけます?」
「だからっ。警戒心をだな…」
「はい、今後は気を付けます。なので障壁を」
「お嬢ちゃん……。相手が弱っているからと怪我を治してやって、その後に襲われる心配をしないのか。どこの箱入りお嬢様だよ、おい」
男が心底疲れたように言う。
怪我がしんどいのもあるだろうけど、私が心労をかけたようで申し訳ない。
なのでヒールを、是非。
でも、箱入りお嬢様は森の中を一人で歩き回ったりしないと思うよ、多分。
「俺は怪我をしているが回復力には自信がある。この障壁の魔道具はかなりの高レベルだから襲われる心配もない。ここでしばらく休んで傷がある程度ふさがった後なら襲ってきたやつを返り討ちするだけの力もある。いいか?世間知らずのお嬢ちゃんが赤の他人の治療をする必要はないんだ」
ゆっくりと噛んで含めるように言われた。
見ず知らずの赤の他人というのは私から見た男だけでなく、男から見た私もそうなのだ。
このままでも問題ないというなら危険を冒して障壁を解除する気になれなくても仕方ない。
「このままでも回復されるんですね?」
「ああ、問題ない。この程度なら一日もすれば動けるようになる」
障壁の中で一日過ごすのか。大変そうだけど本人がそれでいいと言うならこれ以上はおせっかいだろうし、こちらの気持ちの押し付けだ。
第一遭遇第二界人だからって拘りすぎるのは迷惑だよね。
「はい、わかりました。お大事に。――あ、お水と食料は大丈夫ですか?お金を奪われたって言ってましたけど」
「……お嬢ちゃん、分かってないだろう」
「分かってます。大丈夫です。障壁を解いてほしいなんて言ってません。もし必要ならここに置いておくので私がいなくなってから持って行ってください。あ、毒物混入とか気になりますか。私が目の前で毒見とかしたほうがいいですかね?好き嫌いとかありますか?と言っても携帯食とお水しか持っていないので、リクエストされても応えられるかどうか分かりませんが」
男がゆっくりと首を振る。
「アンタ、本当に大丈夫か?」
「携帯食には余裕があります、大丈夫です」
人里に出るまでどのくらいかかるか分からないから余裕があるかどうかなんて本当はわからないけれど、エムダさんは私たちに生きて欲しいのだから五日分の食料を与えて、村だか町だかに出るまで一週間だなんていう無体はしていない筈だ。
「違う、そうじゃない。赤の他人に――しかも誤解とはいえ威嚇してきた相手に見返りもなく食料を出そうっていうその態度が、だな」
「あ、見返り!見返りくれますか?見返り貰えば大丈夫ですか?だったら、ここから一番近い村か町を教えてください。正直、この後どっちに向かえばいいのか分からなくて困ってたんです」
なるほど、ギブ&テイクなら安心だね。
堀ゆうきはギブ&テイクを覚えた!
賢さが1上がった!
鑑定で見ても賢さの数値はないけれど、そんな気分だ。




