第13話 人影のない丘の上で辻ヒールは無理がある
「黒曜蛇ちゃん、懐いてくれたお礼と愚痴を垂れ流したお詫びをしたいんだけど、ドライフルーツって食べられる?」
インベントリからドライフルーツのレーズンとりんごをだして差し出してみるが、舌先で匂いを嗅いだだけで食べてくれない。
「ごめん。黒曜蛇ちゃんが食べそうなもの、他に持ってないんだよ。本当にごめん。それとありがとう」
指で黒曜蛇の頭を撫でてから立ち上がる。
「じゃあね、黒曜蛇ちゃん。元気でね」
初めて懐いてくれた生き物に手を振って歩き出す。当てもなく。
ここは木々が鬱蒼とし過ぎていて周囲の見渡しがきかない。出来ればもう少し開けた場所で上りやすそうな木があるといいんだけど。
枝もなくただ真っすぐに天を目指す木々を見て思う。
自動マップがあるから、同じところをぐるぐると回る心配はない。
ギフト万歳。ええ、もう開き直るとも。
欲を言えば、自動マップじゃなくてGPSとルート検索付きの地図だったらもっと楽だったかな。
GPS無いだろうけど。
ああ……なんて図々しい私。
ギフトは要らないんじゃなかったのぉ? なんてエムダさんの声が聞こえる気がするよ。
自動マップを確認しながら歩き回ること小一時間。まばらになった木立の向こうに、なだらかな丘が見えた。
丘の中央には一本の大木。斜めに幹が伸びており枝も多い、なかなか登りやすそうに見える。
実は木登りは得意だ。
田舎の祖父の家を家族で訪ねたときも兄と妹は両親と祖父母と団欒したり従兄弟や近所の子供たちと遊んだりしていたが、私はほかで遊ぶように言われて裏山を居場所としていたのだ。
今思えば幼い子供が一人で裏山に入るのは危なかったのではないだろうか。無事だったけれども。
種を芽吹かせることは出来なくとも、ナートゥーラの力とやらで木を枯らすこともなかったのは良かった。
私のせいではないと思うが、第二界の力が強かったせいで周囲に知らず知らずのうちによろしくない影響を与えていたのではないかと思うから。
あ、木の根元に寝てる人がいる。
丘の中腹を越えたあたりで思わず足を止めた。
「うわ、せっかく登りやすそうな木を見つけたのになー。仕方ない、別のところを探そう」
いずれはこの世界の人と交流を持てるか試してみたいとは思っているが、さすがに周囲に人気のない場所で屈強そうに見える大人の男の人にいきなり話しかけられない。
踵を返そうとした時に男の周りの地面に沁みている血の跡が目に入ってしまった。
なんてこったい。怪我してるじゃないか。
どうする? どうしたらいい?
ここが雑踏の中なら知らん顔して辻ヒールという技も使えるけどもあいにく周囲には人っ子一人いない。そもそも、第一第二界人発見状態なのだ。その初めて見る第二界人が血にまみれているとはどういうことだ。
スキルの【幸運】は伊達か、伊達なのか。
そもそもギフトの治癒魔法を習得したばかりで実践したこともない私が辻ヒーラーになれるかどうかも不明だけど。あれ? 治癒魔法ってヒールでいいんだろうか? いいんだよね?
ほら、魔法はイメージが大事! な筈だからいけるよ、多分。
イメージが大事……それならここからヒール飛ばせる?
あー、もうっ。だからギフトもりもりは嫌だって言ったんだよ。
出来ない事はしない一択。出来ることはするかしないかを選ばなきゃならない。
そう言っていたのに、怪我人を見つけたとき”どうしたら治せるか”と考えてしまった。
出来ることをすると、選択する以前に”治さなきゃ”と思ってしまったのだ。
この辺りは日本人の感覚かな。
第二界常識では、『情けは人の為ならず』より『君子危うきに近寄らず』を是としている。私は君子じゃないけど、こんなところで血を流している人が善人とは限らないと思わない事も無いけど。
怪我人がいて救う手段があるなら見過ごすことは良くない、と今まで生きてきた世界の価値観が頭をもたげる。
あ、呻き声あげてる。怪我酷い? 猶予無い?
えーい、女は度胸。いっぱつヒールを飛ばしてみようじゃないか。
悪い人じゃありませんように。ヒールが利きますように。
「ヒール」
イメージは水鉄砲。飛び出すものとイメージした時に先ず浮かんだから。
銃の形にした右手の人差し指からシャボン玉のような何かが飛び出した。それは真っすぐに木の根元にいる男の方へ飛んでいき、到達するかと思いきや手前1メートルほどで弾けた。
飛距離足りない?
私は少し前に進み、またヒールを飛ばす。しかし、またもや手前1メートルで弾ける。
出てくるのがシャボン玉だから悪いのかな。なんで水鉄砲をイメージしてシャボン玉が出てくるのか分からないけど。
徐々に距離を詰めつつ何度かヒールを飛ばすも結果は同様。気が付けば男から5メートルのところまで来ていた。
気が付けば……いやいや正直に言おう。
止め時が分からなかった。初めてのヒールが上手く行かずにムキになってた。引き際を見失ってた。
なので男が顔を上げて
「誰だ……」
とバッチリ私の顔を見てしまったのは自業自得というものだろう。
近くで見ると更にいかつい。年齢は日本人の感覚的には30過ぎくらいだろうか。
くすんだ金髪は泥にまみれ血に汚れているし、服もあちこち破けて赤黒くなっているけれど思ったほど重症という感じではない。
ただ、だるそうに体を起こし座り込んだ男の顔色は悪い。出血のせいだろうか。
「さっきから障壁にポンポンとなにか当てていたのは――お前か。子供が…一人でこんな所まで来てちゃいかん。家に帰りなさい」
「障壁!」
なるほど、私の飛ばしたヒールは障壁に阻まれて弾けていたのか! 透明じゃなく色を付けてくれてたら何度もヒールを飛ばしたりしなかったのに。
驚いた私に対して、男は何を思ったか睨みつけてきた。
「……誰だ、お前。キルタの仲間か。俺を嵌めて金を奪っただけじゃあ足りねぇのか。残念だがこの障壁はお前らにゃ壊せんぞ。それはもう思い知ったと思ったがな。さっきから当ててたのも何の役にも立ってねぇ」
なんか誤解されてる。
「あの、勝手に魔法飛ばしてごめんなさい。キルタさん? とかの仲間じゃないです。あなたが怪我をされているようなので、向こうから治癒魔法を飛ばしたんです。障壁があることが分からなくて、何度も飛ばしちゃいました。不審な行動をとってごめんなさい」




