第111話 【いのちだいじに】異世界生活
「エドさんが私のことを思って言ってくれたのは分かってる。けど、自分の事を棚に上げて何を言ってんだろうとも思った」
「だよな……本当にスマン」
「謝罪はもういいよ。で、思ったのは、私がエドさんに依存していたから関係が歪になっちゃったのかなって事で」
うん、きっかけは私だ。第一オルダ人遭遇でエドさんに行きあたったのは大当たりなんだけど、その後が宜しくなかった。しかし、言わせてもらえば何度も離れようとはしたんだ。だけどその都度エドさんの反対にあって、居心地の良さもあって2年もの間ずっと一緒だった。
「歪か」
「だよー。オカンと呼んでおいて今更だけど、家族って言いだしたのは私だけど、エドさんの私への対応は結構ヤバイ」
サジさんがうんうんと頷いている。エドさんも思う所があるのか神妙な顔をしている。
「昔からなのよ、エドは”保護したい男”なの。それでも、ホリィちゃんに対するほどの執着は今まで見なかったけどね」
「まぁ……言われりゃそうかもしんねぇけど」
「そ。だからここらで仕切り直そ?散々お世話になっておいて恩知らずだとは思うけど」
私がそう言うとエドさんは首を横に振った。
「恩って言ったら俺の方が受けてるさ。親も兄もお前のおかげで助かった。とんでもねー薬も魔道具も貰ってるしな」
「いやいや、何も知らなかった私がこの世界でやっていける自信が付いたのはエドさんとサジさんのおかげです」
しばらくの沈黙の後、エドさんは絞り出すような声音で言った。
「ホリィは、決めたんだな」
「うん。一人立ちするよ。二年間ありがとう」
「こちらこそ、だ。ありがとう、ホリィ」
「今生の別れって訳じゃ無いでしょ。しんみりしすぎ」
サジさんが茶化すように言った。そうだね、二度と会えないという訳でもあるまい。
「だな」
エドさんも笑う。
そこから、月に一度は顔出せというエドさんとの攻防があったり、今までやらかしたことを改めて掘り下げられて羞恥の極みを味わわされたりと、和やかに夜は更けていった。こういうふうにして穏やかに王都を出られたら良かった。けど、あの時のエドさんはそりゃもう頭がおかしかったからなぁ。逃げだした後の今だからこそ、こうして一人立ちの話が出来たのかもしれない。
私がもっとしっかりした人間だったら、ここまで拗れずに人間関係をうまくやれたんじゃないかという罪悪感も沸くが、過去には戻れない。自戒して前を向きたいと思う。
◇◇◇
「えー、お姉ちゃんズル……じゃなくて、羨ましいっ!」
翌朝、宿を出て(高級宿の宿泊代は、堀一家の分も含めてエドさんが出してくれた。太っ腹だ)街道まで進んでから、びゅーんと出発するためにタマコが竜化したのを見てジャスミンが言う。
うんうん、ズルいは封印ね。言われる側の気持ちを考えよう。
「格好いいでしょ?」
「いいなーいいなー、私も従魔が欲しいっ」
「この子は従魔じゃなくて契約魔獣だけどね」
羨ましがるのは分かる。タマコは可愛いし格好いいしお利口さんだし空も飛べちゃうしね。兄は何も言わないけれど、羨望の視線を感じる。でしょー、うちの子可愛くてすごいでしょー。
あまりタマコばかり褒めるとヨルが妬くので程ほどにしなくては。
私の出発を見送りに来てくれた堀一家とエドさん一行は、お互いに蟠り無くとはいかないようで少し距離がある。昨日が昨日だったから仕方ないし、この先は縁が切れるだろうから気にしない。
「レーグルさん、サライさん、見送りに来てくれてありがとうございます。あと、サライさん、昨日は私のことを黙っていてくれてありがとうです」
「聖女様が自分から存在を暴露しちゃいましたけどね」
笑われた!いや、確かにその通りでございます。
「レーグルさん、サライさんとお幸せに」
「ええ、ありがとうございます。ホリィさん、私たちはいつでもあなたの味方です。力が必要になりましたら是非にお声がけください」
出会い方は最悪だったし、その後も私を崇めるレーグルさんが苦手ではあったけど、悪い人じゃないんだよなぁ。でも、頼ることが無いように気を付けようと思う。
「昨日、もうお別れを言っちゃったから締まらない感じだけど、見送りに来てくれてありがとう」
堀一家に声を掛ける。
「ああ、体に気を付けて」
「ご飯はちゃんと食べて、しっかり休むときは休んでね」
わお、両親が親っぽい。
「女の一人旅だから、悪い男には気を付けろよ?」
「タマコちゃんがいたら、イケメンも悪い人も近づいてこないんじゃない?」
いやいや、タマコはいつもは猫なので。そして、私は防御力には自信ありだ。
「ありがと。二人も元気でね」
二人とも従魔が気になる様子。いつか契約できるといいね。
「ホリィ……」
「もう謝罪はナシで。面倒くさいから。あと、付いてくるのもナシで」
エドさんに怒鳴って以来、口調がかなり適当になってしまった。2年間暮らしていても、それほど崩れなかったのに、勢いって怖い。
エドさんは苦笑して頷いた。
「あんまり能力を他人に見せるなよ?簡単に人を信じるのも駄目だ。あと――」
「あー、ハイハイ。大丈夫。エドさんが言いたいことは分かってます。大丈夫、私はもう二年前の私じゃないよ?」
うん、多分、大丈夫なんじゃないかな?大丈夫だといいな。大丈夫だと思いたいけど、有事の際の覚悟はしておこう。もう、私の壁になってくれる人はいないんだから自分で何とかするしかないのだ。でも、大丈夫だといいなぁ……。そういう思いを面に出しちゃいかん。自信満々に言い切らねば。
「お前の”大丈夫”はあんま当てになんねー」
「実は私もそう思う」
「ヤダ、ホリィちゃんったら」
思わずこぼれた私の本音を聞いてサジさんが笑う。
「リズ様に、黙って出たことを謝っておいてもらえます?いつか直接謝罪に向かいたいと思うけど。お仕事も受けた分はこなしたけど、リズ様にはリズ様の予定があっただろうに反古になっちゃったし」
「おう。仕事に関しては都度の契約だったからな、反古にはならねーと思うけど言っとく」
目をかけてもらって、お仕事も優遇してもらってた。表に出ることを嫌がった私の代わりに対外的な事は全てリズ様が引き受けてくれ、薬師に興味を持った人たちからの盾になってくれた。跡を濁して飛ぶ私に含むところがあっても仕方ない。けど、リズ様はいつか再会した時にも恨み言は言わない気がする。勝手すぎる想像だけど。
「エドさんもサジさんも元気でね」
「ホリィちゃんもね」
「たまには顔を出せよ?」
私に家庭を与えてくれた人たち。人との関わりが無かった私の世界を広げてくれた二人。何かしでかすたびに怒ったり心配したりしてくれた。誰かが私を気にかけてくれるという心地よさを教えてくれた。私の気持ちに添うように一緒に喜んだり、悲しんだり、怒ったりしてくれた。
うん、求婚騒動では煩わしい思いもしたし配慮の無さに憤ったりもしたけれど、やっぱり私はエドさんとサジさんが好きだ。
「ありがとう、じゃ、行くね」
ヨルを抱いてタマコの背に乗る。タマコの上から手を振ると皆が手を振り返してくれた。体を沈めてから飛び立ったタマコを見た堀一家とレーグルさんたちからどよめきの声が上がったのが聞こえたが、それも一瞬。流石ドラゴンタマコ。あっという間に彼らが遠くなっていく。
振り返ると、もう、誰が誰やら見分けがつかない位になっていた。
「タマコ、凄いねー」
『ヨルも大きくなったら乗せるのよー、乗って欲しいのよー』
「うんうん、楽しみにしているけど慌てなくてもいいんだからね」
ブラックサラマンダーというのは飛べるのかな?そして、私が乗れるくらいに大きくなるのかな?
オルダに来て初めて会った生き物のヨル。最初は小さな蛇だったのに、抱き重りするくらいに大きなトカゲになった。異世界は不思議だ。
お酒の匂いに誘われて付いてきたアイトワラスのタマコ。ドラゴンになるのもびっくりだけど、鶏にもなれるというのだから驚きだ。やっぱり異世界は訳が分からない。
でも、ここが私の生きていく世界。
15歳でやってきて、まだたった二年だけど色んなことがあった。第四界の管理者さんにもエムダさんにも感謝!私、こっちに来てよかった。
これからも色々あるんだろうけど、安全第一でやっていこう。
【いのちだいじに】異世界生活、楽しんでいこう。
最終話です。
初投稿の拙いお話を読んで下さった皆様、ありがとうございました。
ロム歴はそこそこ長いですが自分で書いてみたのは初めてで、整合性が取れていなかったり誤字脱字が多かったりしました。皆様のご指摘や報告が本当に助けになりました。
思いもかけずブクマも評価も信じられないほどに頂き、PVの数字が日々伸びていくのは驚きでしたが同時に冥利に尽きる思いでした。感想も励みになりました。
100話当たりで完結の予定が伸び全111話となりましたが、これもちょうどいい数字で少しうれしかったりします。
最期まで毎日連続更新が出来たのも、読んで下さる皆さまがいて下さったおかげです。
本当にありがとうございました。