第109話 堀一家との別れ
エドさんたちに連れられて行ったのは、この町で一番高級な宿だった。私は、堀一家と話す時は家族だけにしてほしいと彼らに願った。また、ヒートアップされては話にならないからね。
本当は茉莉花にも外してほしい所だ。
妹が加わると脱線しまくりそうだし、また「ズルいズルい」言われても面倒くさいし。まぁ、外すわけにはいかないとは分かっている。
「お久しぶりです。さっきは興奮していて失言もあったかと思います。ごめんなさい」
案内された部屋で、両親と兄と妹に向かって頭を下げる。
「元気そうで何よりだ」
「え、ええ、そうね。良かったわ」
ぎこちないながらも、両親が声を掛けてくれた。
「ありがとう。さっきの私の言ったことを説明させてほしいんだけど、いいかな?」
「それより!その顔と王子様の事を!」
茉莉花が口を挟んできた。うん、君が気になるのはそこだよね。知ってた。ん?王様の件はいいのかな?
「美少女になりたいと願ったわけじゃないよ?この世界で埋没したいと思って、平均的な顔をお願いしたんだけど……」
佐伯君に聞いた「平均=美形」を伝えると、茉莉花は目に見えてがっかりした。
「そういうお願いの仕方だったら、お父さんの反対無く美人になれたのかぁ」
そうだね。前提として、平均値こそが美しいと感じられる見た目だと知っていなきゃ出来なかったんだから仕方ない。私はそれを知っていたら平均なんて頼まなかったよ。
「私は薬師をしてるの。で、たまたま王子様の治療に役立つお薬を作ったから、感謝されてる。求婚は王子様の気の迷いだよ。実際問題、庶民が王族と結婚なんてありえないでしょう?」
「そうかなぁ……」
「で、さっきの話なんだけど」
私はエムダさんから聞いた話を家族に語った。
もともとがこの世界の人間だったらしいこと、次元嵐と言う災害で魂が地球に流されたこと、性質的に地球に馴染めなかった事。
「だから、エドさんが言っていたことは言い掛かりです。むしろ、私が紛れ込んだせいでご迷惑をおかけしました。15歳まで育ててくれてありがとうございました」
「そう……か、だとしても、ゆうきがうちの子だったのは間違いないんだ。私たちの態度は親として褒められたものではなかったと、今ならわかる。日本にいた頃は、それがどうにも分からなかった」
「うん、こっちに来たあと、クラスメイトとも普通に会話が出来るようになったの。向こうでは無理だったけど、こっちなら私の性質は異質じゃないから。紛れ込んでしまった事に関して、申し訳ないとは思うけど私が悪かったわけじゃない。私の周りの人たちが、私を居ないものとしていたことも、その人たちが悪い訳じゃない。本当に、ただ運が悪かったんだと思う」
「ごめんね、ゆうき。それでも辛かったでしょう?」
「それがそうでもなかったの。私も私自身を異物だと思っていたんじゃないかな、多分」
首をかしげて言うと、口をへの字にしていた兄が泣きそうになっていた。
「それでも、俺たちはあんまりだったと思う」
うーん、エドさんやサジさんもそうだけど、堀の家族も、私が「問題なかった」と言っても聞いちゃくれない。義憤とか罪悪感とか持たれても私が困る。面倒くさいしどうでもいい事なのに、辛そうな顔をされるのは嫌だ。身も蓋も無い言い方をすると、私の気持ちはどうでも良くて、自分の気持ちを押し付けてくる行為は迷惑だ。
酷い言い方だと思うけど、これが本心。情緒に問題があるのかな、私。ここは、そんな負担をかけて申し訳ないと思うところじゃないかな。
「えー、しょうがないじゃーん。お姉ちゃんは悪くなかった。でも、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも悪くなかった。なんで謝んの?」
天使!
空気を読まない困ったちゃんだと思っててゴメン、妹よ!私が欲しかったのはその言葉だ!
「茉莉花……じゃなかったジャスミン。いいこと言った!私もそう思うの!この手の話をすると、みんな申し訳なさそうだったり怒ったりするの。私はそれが嫌で嫌で仕方なかったの。みんなが茉莉花みたいに思ってくれたらいいのに」
「茉莉花違う!ジャスミン!」
「あ、そうだった、ごめんねジャスミン。それと、私の気持ちを代弁してくれてありがとう」
「代弁とかじゃないし、思ったことを言っただけだし」
妹は本当に思ったことを言っただけなんだろう。でも、それが私の気持ちに添っていたことが嬉しい。ただ、情緒に問題がありそうな私に同調するという事は、茉莉花も問題ありという事で今後が不安だ。
茉莉花と私の言葉を聞いて、両親と兄は謝るのをやめてくれた。内心どう思っているかは想像がつくけれど、口に出さないようにしてくれただけでも有難い。
私は明日にでもこの町を離れるという事を告げ、堀一家に自作のポーションや薬を贈った。
もちろんアムリタのようなヤバい薬じゃなく、ヒール・ウォーターやキュア・ウォーターだ。あとは風邪薬や傷薬などの一般的な薬。お金やガチャで手に入れた換金性の高い品物も考えたけど、それを渡すことが彼らの為になる気がしなかったのでやめた。茉莉花の反感も買いそうだし。
「【いのちだいじに】【安全第一】?」
「そう、この世界での私のモットーはその二つで、あとは市井で目立たずに食いっぱぐれのない職に就いて埋没して生きる事だったの」
「ぜんぜん成功してない感じだけど?」
堀一家とこれまでの事を話しているときに私のモットーを話したら兄に呆れられた。私のモットーを話すと、大概は呆れられるので慣れている。自分でも、何でこうなっちゃったのかなーと思うが、ほぼ私の迂闊さから招いた事態なので仕方ない。
「あ、あとで従魔とパートナー契約した魔獣も紹介するね。どっちも凄く可愛いよ」
「うわっ、お姉ちゃんズルい。従魔とかもいるの!?」
おお、またズルいが出たか。
「茉……ジャスミン、その”ズルい”って言うのはやめた方がいいよ?」
「なんで?ズルいじゃん」
「私が、何のズルしたの?ズルって言うのは不正をして利益を得る事でしょ?私がなにか悪いことした?」
「そうじゃないけどさぁ、だってお姉ちゃんばっかり……」
「そういう気持ちは”羨ましい”って言うんだよ。ズルいって言葉は言われた方は気分良くないよ」
「お姉ちゃんも気分悪かった?」
「そうだね、何も悪い事をしていないのに”ズルい”って言われるのは責められている気がして嫌な気分になる」
「そっかぁ……分かった。言わないように気を付ける」
両親と兄がうんうんと頷いているけど、本来はあなたたちが諭すところだよ?空気読まないちゃんだと思ったけど、ちゃんと話せば聞いてくれる茉莉花の株が私の中で上がった。
このやり取りを見た両親と兄が、今後は茉莉花を諫めてくれるといいな。自ら分かることが出来ればそれに越したことは無いけど、それが出来なくても教えてくれる誰かがいれば成長できると思う。
私にそれを教えてくれたのはエドさんだ。
「また会う事があるかどうか分からないけど、元気で」
私は堀一家に別れを告げる。
普通じゃどこにいるとも分からない同郷人と会えると思えないけれど、私はこの二年で結構な遭遇率を実感しているので、もしかしたらこの世界のどこかでまた会う事があるかもしれない。
「ああ、お前も体には気を付けて」
「無理しないでね」
「【いのちだいじに】な?」
「王子様と結婚するときは招んでねー」
いや、しないし。
お互い、この先は一緒にいようとは言わなかった。私たちはそれでいい。それがいいと思う。第四界の狭間で管理人さんに話を聞いたときは、多生の縁を切りたいと思えるくらいに離れたかった家族。生まれ変わっても関わり合いになりたくないと思っていた人たち。その気持ちはオルダでみんなに受け入れて貰えるようになって変わった。一緒に生きていくことは無いけれど、それでも。
この世界で幸せに生きていくことが出来ますようにとだけ、私は祈る。
あの世界で私を育ててくれてありがとう。さようなら。