第107話 赤の他人です
「黒髪に黒い瞳ですか……」
父がエドさんに問いかける。オルダに黒髪は珍しくないが、黒い瞳はあまり見ない。元日本人という言葉が浮かんだのかもしれない。
「えー、それって――」
「ジャスミンは黙ってて」
妹が口を開くも、兄がそれを止めた。柳君たちから聞いた話では妹は口が軽いようなので、兄の行動は正解だろうと思う。
「えー、だって、第一弾の人かもしれないじゃん。第二弾ではその位の女の人はいなかったし」
あ、妹の口は止まってなかった。肩を落とした兄が不憫だ。ドンマイ。
「心当たりが?」
「い、いえ、まさかそんな、犯罪者に心当たりなど」
母が慌てて否定する。国王陛下の命で捜索されている=犯罪者か。日本人ならそういう発想でもおかしくないけど、実際の私はただの家出人です。家出人を国家が捜索するなんて……想像できないよね。
「犯罪者?もしかしてお姉ちゃんが……」
おーいっ。私がこっちに来ているかどうかも分からない状態なのに、黒髪黒目の17歳が犯罪者だとしたら私かいっ。
「ほう、もうひとり娘御がいるのか、やはり黒髪で黒い瞳を持っているのであろう?年は如何ほどか」
「い、いえ、娘はこの子一人でございます。私たちは四人家族です。この子が”お姉ちゃん”と呼びましたのは、血縁も無い相手でございまして私共の子どもではございませんし、全く関わりのないと言っていい者にございます」
父がそう言う気持ちは分かる。犯罪者かも!?となったら身内の名乗りは無理だよね。日本でだって犯罪者の身内としられたら、本人に咎も瑕疵も無くとも、誹謗中傷や嫌がらせの嵐でまともな日常生活が出来なくなるなんて、よく聞く話だ。こっちはSNSが無いから町や国を移動すればそこまでの被害は無いだろうけど、それは冒険者だから可能なのであり、地域に根差して暮らしている人にとっては厳しいだろう。
「確と左様か」
「はい、間違いございません。縁も所縁もない他人にございます」
「チッ」
エドさん、騎士様が舌打ちは宜しくないよ。
「ハイ、私がお姉ちゃんって言ったのは、年上の女の人って言う意味で姉妹という事じゃないです。赤の他人です」
さっきから兄が妹に耳打ちしていたのは、犯罪者が身内にいたらどうなるのかを聞かせていたのかな?茉莉花がきっぱりと言った。横で兄も母も頷いている。
エドさんは眉間に皺をよせた。堀一家の言ったことで腹を立てた?仕方ないよ、ただでさえ異物だった娘が犯罪者だとなったら、全力で縁を切りたくもなるよ。
「私の探している娘は、私たちが祝った16歳の誕辰まで誰にも生まれた日を寿がれなかったと聞く。幼いころに二つ上の兄の誕辰の祝いを見て自分も祝ってほしいと願ったが、まだ小さいからと言われ諦めた。なのに、その翌年に四つ下の妹の初誕辰は盛大な祝い方だったそうだ。祝われたのは頑是ない赤子であったのにな。その娘とそなたらは全く関わりのない者なのだな?」
妹の一歳の誕生日は、私が家族との関わりを諦めた日だ。5歳児だった私の諦念。
確かに、エドさんたちが祝ってくれた16歳の誕生日にそんな話をしたことがある。初めて祝われて嬉しいと伝えたつもりが、彼らの”不憫病”を誘発させてしまったのだった。コミュニケーション能力が今よりもさらに低く、不憫病を発動させないテクが無かった頃だ。――今もそのテクがあるかと言えば微妙なんだけど。
父と母は気まずそうにエドさんから目を逸らしたが、他人であることを肯定して頷いた。
あーあ、エドさん、これで私がオルダにいるってバレちゃったじゃんか。そうは思うが、先ほどの発言が私を思っての事で、両親にひとこと言ってやりたいという気持ちから出ているのが分かるから、責めるに責められない。私を赤の他人だと言った両親の事が、そんなに腹に据えかねたか。私も、似たようなことを言った覚えがあるのに。
「それと、誤解させたようだが我々の探し人は咎人などではない。治療の術が無かった国王陛下の病を完治させた、わが国の恩人だ。加えて王子殿下の想い人でもある。我らは三顧の礼を尽くして国にお戻りいただきたいと希う為に探し求めている」
「え?犯罪者じゃない?」
「国王陛下の恩人……」
「王子様の想い人」
「わー、すごーい。ねーねー、お父さん、お母さん、ホントにお姉ちゃんだったら、王子様と結婚するんだし私たちの事も歓迎してくれて、もう働かなくても一生遊んで暮らせるんじゃない?わーい、やったー!私も王子様にプロポーズされたらどうしようー」
ドレスとか宝石とかわくわくするーとはしゃぐ脳内お花畑な妹。おいおい。
……そのお姉ちゃんは家出中だし、グエンダル様と結婚しないし、ついさっき赤の他人だって言われたばっかりなんですけど。
ああ、エドさん、サジさん、顔が怖いよ。レーグルさん、無表情にしているけどこめかみがピクピクと動いているのが見える。サライさん、拳を握りこまないでぇ。
妹は13歳なんです。こちらでは、早い子は10歳から働いているのは知っているけど、あちらではあと一年で厨二という病に掛かろうかというお年頃なんです。それにかかった人は大概は成長後に布団の中で己の過去を抹殺したいと思うような黒歴史を刻むものなんです。
――って言っても分からないよなぁ。それに、妹の言っていることを心の中で擁護しては見たものの、結構酷いし。でもさ、どうでもいいからそんなに怒らないでぇ。
ぬらりひょん装備とは言え、さすがにここで席を立つわけにもいかず、私はじっと気配を消すようにして堀一家とエドさんたちの話を聞いているだけしかなかった。