第104話 ストレス爆発
第三王子殿下は、それから三日と開けずに花束を持って家に訪れるようになってしまった。エドさんはもちろん大歓迎だ。彼は私のオカンではなくグエンダル様の弟となってしまった。いや、もともと弟なんだけどさ。
来るたびに繰り返す求婚の言葉を、こちらも毎度毎度お断りしているのにめげないグエンダル様のメンタルの強さは素晴らしいね。
大体10歳も上だよ?日本だったら女子高生に言い寄る27歳なんて、手を出して無くたって捕まるぞ。
暫くして帰ってきたサジさんにグエンダル様の事を訴えたが、こちらも味方にはなってくれなかった。
「ホリィちゃんもそういうお年頃なのねぇ。王子様とのロマンスなんて素敵ね」
以前にも思ったが、サジさんは結構恋愛脳のようだ。
「でも、ホリィちゃんの気持ち次第だからね?嫌だったらお断りでいいのよ」
断ってます。何度も何度も何度も何度も。
「”他人の色恋嘴挟む 野暮は藻屑となりやがれ”ってね」
嬉しそうに言うが、それはアレか、人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死んじまえ、みたいな感じか。つまり、誰もグエンダル様の恋路の邪魔はしないということか。
サンストーンで聖女をやっている安藤さん、ごめん。王弟殿下から求婚されたと聞いて、ロマンスだー、素敵ーとか思っちゃってたよ。あ、今のサジさんと同じか。
安藤さんもこんな苦労をしているんだろうか。それとも上手にあしらっているんだろうか。どちらにしても傍にいる伊藤さんは安藤さんの味方に違いないだろう。
『ホリィが困ってるなら噛む?』
「ありがとねー、ヨル。でも、王子様だからなぁ、噛んじゃ拙いと思うよ、多分」
噛んでほしいけど。
ぐったりしている私にタマコがすりすりと寄り添ってくれる。
八方塞がりでやさぐれている私の味方は、ヨルとタマコだけだ。
◇◇◇
「エドさん、グエンダル様がこの家に来ないようにできませんか?或いは私が会わなくて済むようにしてください」
「え?何で?」
「エドさんに会いに来るならいいんですよ。ですけど、来るたびに花束付きの求婚は、もう、ほんっとうに面倒くさい。ストレスが溜まって叫び出しそうです」
エドさんは、私の叫び出したいほどのストレスを考えて欲しい。お兄ちゃんが大好きなら大好きでいいから。
会わないように部屋に籠っても、エドさんが迎えに来て引っ張り出される。外出は止められる。結局のところ、顔を出してさっさと断るのが一番早いと、10回にも及ぶ訪問で学んだけれど、メンタルが削られている。
「兄上のどこがそんなに駄目なんだ?」
「断っても断っても求婚してくるところ。好きでもない人の求婚なんて、一回断ったら終わりでしょう、常識で考えて」
いや、好きな人からの求婚でも一回で終わりか。受けるんだろうから。
「俺が兄上の色恋沙汰に口を出せるわけないだろーが。陛下だってお前が相手なら反対はしねーだろうし。それにしても、何でホリィは兄上のことを好きにならないんだろうなぁ……。あんなに素晴らしい方なのに」
そりゃ、国としては合法的に超有能薬師を手に入れられるんなら反対はしないでしょうね。王太子殿下だったら話は別だけど、いずれは臣籍降下する第三王子だもん。いや、それでもただの平民だったらお貴族様の嫁なんて無理か。
「そんなに兄上が好きなら、エドさんがグエンダル様と結婚すればいいじゃないですか!」
そうだ、それがいい。オカンも自分自身の幸せを考えるべきだ。
「馬鹿言ってんじゃねーよ」
「そっちこそ」
口を尖らせていう私の頭を撫でたエドさんは、それでも私が望む言葉をくれなかった。
「兄上にはもう少し手加減するように言っておく。ホリィはまだ子供だからな、兄上の良さを分かるのに時間がかかるだろうってな」
手加減って……駄目だこりゃ。
「サジさんはどう思うんです?」
「え?エドとグエンダル様の結婚?」
「おい、お前まで馬鹿を言ってんじゃねー」
「冗談よ。ホリィちゃんとグエンダル様の事でしょう?悪くはないと思うわ。けど、最初から言っているようにホリィちゃんの気持ち次第」
エドさんのようにグエンダル様推しじゃないだけ、まだ有難い。
「でも、グエンダル様のお気持ちもあるから、出入り禁止は可哀想じゃないかしら?」
「こんなに疲れている私は可哀想じゃないとでも?」
「そうじゃないわよ。でも、ホリィちゃんの気持ちを私が変えられないように、グエンダル様のお気持ちもどうにもできないもの」
そりゃそうなんですけどね。やっぱり、私の味方はヨルとタマコだけだ。
「もうヤダ……」
「モテる女は辛いわね」
グエンダル様の味方では無いものの恋愛脳のサジさんも、私が辛いと訴えても分かってくれない。押せ押せで旦那様をゲットしたリズ様も分かってくれないだろう。この世界の恋愛って押したもん勝ちとかいう風潮でもあるの?
二人とも好みじゃないタイプの女性に執着されて疲労困憊してみればいいんだ。
陛下ならグエンダル様を何とかできるんだろうか。アムリタやそのほかのお薬で恩を売っているし、私が困っていると言えば無碍にはされないだろう。しかし直訴したくとも、私には伝手は無い。会えばお話を聞いてもらえると思うけど、会いに行く術がない。
今までリズ様に丸投げしてきた弊害がここにきて現れるとは。
自分で何とかするしかないんだよなぁ……。
翌日やってきて、またしても求婚をしてきたグエンダル様に、私ははっきり言った。
今までのように「無理です」「出来ません」「しません」「あり得ません」だって、どう考えても直球だけど、そりゃもう簡明直截に言った。
「求婚をされるのは迷惑です!私がグエンダル様と結婚することは未来永劫無いです。これ以上付きまとわないでください!」
そうだよ、付きまといだよ、これ。
おまわりさん、ストーカーを捕まえてください。
「ホリィ!」
「ホリィちゃん、言い過ぎ」
エドさんとサジさんの私を咎める声がするけど知るもんか。ここひと月、ずっと我慢してたんだ。不敬だというなら捕えてもらおう。そうしたら陛下に直訴できる。
「ホリィ嬢はそんなに私が嫌いかい?」
「私が嫌だという事をやめてくれない人を好きにはなれません」
そういうと、グエンダル様は悲しそうに目を伏せた。
あ、それ、ズルくない?私が悪者になるでしょうが。――ほら、エドさんが私を視線で責めてる。
「ホリィ嬢はとても魅力的だから、私は少し焦っていたかもしれないね。求婚をしなければ会ってくれるかい?」
ここはYesと言う場面なんだろうことは私にも分かる。だがしかし。
「いえ、無理です。お断りします」
「なぁホリィ、お前の気持ちも分かるけど、兄上がここまで言ってんだからさ」
「エド、いいんだよ。きっと、私が悪いのだから」
はい?やっぱり、私が悪者ですか?
でもってエドさん、まだそういう事を言うんだ?
あー、もう無理だ。分かってもらえない事がしんどい。ごめん、エドさんサジさん。今までお世話になったのに、こんな形でお別れしちゃうのは良くない事だと分かっているけど、それでももう疲れた。
「失礼します」
礼儀として、一応頭を下げて踵を返す。後ろでエドさんが何か言っているけど聞こえなーい。
部屋に戻って速攻荷物を纏める。
こういう時、インベントリって便利だよね。私物をポイポイと仕舞ったあと、アズーロ商会から受注している分の薬をテーブルの上に並べる。
そして一行の置手紙。
――いままで大変お世話になりました。探さないでください。心配はいりません ホリィ
さあ、ヨル、タマコ、お出かけだよー。
頂いた感想で、あ、先を読まれてる!バレた!と思いました(;'∀')
家出ホリィです