第103話 傍迷惑な求婚
大体、何故私が初対面の王子様に求婚されねばならないのか。
これはアレか。囲い込みか?
リズ様のおかげで私は政治的な囲い込みからは逃れている。お仕事はリズ様経由で依頼があり、納品も同じく。無理を言ったら、アムリタ――しかも等級は伝説級――を作れる薬師は他国に流れるぞ、薬師だけれど自衛に関しては超一流で空飛ぶ従魔までいるぞ(タマコは従魔ではなく契約魔獣だけれど)、と脅された陛下を始めとする王宮の面々は、私の取り扱いをリズ様に全面的に任せて成果を享受するだけの関係を了承してくれたのだ。
アムリタはあのあと王家に献上した。何かあった時に呼び出されるのは面倒くさいので「たまたま材料がそろったので」と5本ほど渡しておいた。なお、王宮の薬師さん達は材料が揃わないせいで挑戦すらできないそうだ。私が材料だけ渡そうか?とリズ様に相談したら止められた。薬箋のみならず現物を渡しただけでも大騒ぎなのに、材料を提供出来るとなったらもっと煩いことになるから、と。ご尤もです。
付かず離れずの関係。
これは、私に都合がいいだけでなくあちら様にとっても悪くない話だったようだ。
地位も法外な代金も強請らない。政治に口出しをしない。無理難題を押し付けたりしない。しかも要求には迅速かつ素直に応える超有能な薬師が、名を轟かせることなく世間に知られる事なく王宮の依頼を秘密裏に受けている。これはデメリットなくメリットしかない。――秘密裡とは何ぞや?と思うけどね。だって私はリズ様からの依頼にこたえているだけで、発注元が王宮だろうが下町だろうが関係ないもん。情報に関してはリズ様に丸投げなので、秘密にしているとしたら私ではなくアズーロ商会側の手配だ。
しかし私もお年頃。しかも美少女。そろそろ結婚の話が出てもおかしくない。自国の者ならいいが、もしも相手が外国人だったら困る。王宮はそんな事を考えたりしないか?
王族籍からは抜けたとはいえ、エドさんは元第五王子。そのエドさんと一緒に暮らしているからには、私とエドさんは恋人同士なのでは?という憶測も流れたらしいが、その割に結婚の話は出ないし、目撃情報でも甘い空気など見当たらない。そりゃそうだ。無いものが見つかるもんか。
大体、エドさんと二人暮らしならともかく、サジさんもヨルもタマコも一緒だ。同棲ではなく、家族が仲良く暮らしているだけなのだ。
エドさんが私を篭絡していないのなら、他の男は?と思ってもその気配はない。ガワは美少女だが中身はモブなので残念臭がするのか、色めいた話はない(但しシオンさんは除く。あれを色めいたとは言いたくない)。自分で言っていて悲しいが。
そこにきてキラキラ王子からの突然の求婚だ。これはハニトラか?ハニトラなのか?ハニトラに違いない!
そう考えると刺客が現れて云々というのも怪しい。王家にアムリタを献上するほどの薬師と同居しているエドさんが、アムリタとは言わずとも高性能な薬を持っていることは簡単に予想できるだろう。お兄ちゃん大好きエドさんが第三王子の危機にそれを躊躇わずに使う事も。
求婚されて反射的にお断りの言葉が出たが、断ってからつらつらと考えると、まぁこういう訳かなぁと。
もし、それが当たっていたらお兄ちゃん大好きエドさんがショックを受けるだろうなぁ……。
「兄上、突然何を……」
第三王子殿下の突拍子もない求婚でフリーズしていたエドさんが再起動したようだ。
「何って、求婚?」
語尾を上げるな。何かの間違いみたいで、こちらが恥ずかしいじゃないか。
「命の恩人がこのように美しい人だったんだ。恋に落ちても仕方がないと思わない?これはもう、運命だ!私は運命の人に出会ったんだよ!可愛い弟はもちろん私の恋を応援してくれるね?」
ほうほう、運命の相手ですか。そういう設定なんだ。乙女がみんな「運命の相手」に憧れていると思うなよ。「運命の相手」に出会って婚約者を捨てたあと「ざまぁ」されるのはラノベではよくある設定なので、ときめきよりも忌避感を覚えるぞ。
「17歳の時に婚約者を亡くしてから十年間、ずっと傷心を理由に新しい婚約者を立てていなかったけれど、それもみんな君に出会うためだったんだね、ホリィ嬢」
「それは無い」
おっと、王子殿下相手に素で突っ込んでしまった。
「つれないな、私の運命の乙女は」
突っ込まれてもぶれない、さすが王子様。助けろー!とエドさんを見るもどうしていいのか分からない様子で言葉も無い。オカン!こういう時こそ過保護っぷりを出す時だ、何を呆けているんだ!
そういえば、以前にリズ様が「うちの息子の嫁においで」発言をしたときに「俺の眼鏡にかなう男じゃないとホリィはやれない」と言っていたな。お兄ちゃん大好きエドさんだもの、勿論グエンダル様はOKな相手になるのか。私はお断りしたのに!
そこからはグエンダル様が何と言おうと「無理です」「出来ません」「しません」「あり得ません」と言い続けた。
「そうだね、やはり早急に過ぎたかな。私の運命の乙女は、天意を得るのに時間がかかるらしい。これからゆっくりと私を知って貰おうか」
そう言って席を立ってくれたのはなんと2時間後。駄目だ、暖簾に腕押し糠に釘、カエルの面にしょ……じゃなくて水。第三王子には私のお断りの言葉は届かない。
「エドさぁん、どういう事です?私はお礼を言われて、それを受けておしまいって話でしたよねぇ?」
グエンダル様が帰ったあと、疲れ果ててソファに沈み込んだ私はエドさんを詰る。
「あー、兄上もその積りだった筈なんだけどなぁ」
エドさんの知らない所で”有能薬師囲い込みハニトラ作戦”が立てられているかも、なんて考えもしていない様子だ。
「ゆっくりと私を知って貰おう――なんて言ってましたけど、まさか、このうちにまた来るつもりじゃないですよね?」
「…………」
「なんで防波堤になってくれなかったんですか!私があんなにお断りしているのに!」
「なんでって、兄上がお前に一目ぼれしたんなら、俺が差し出口を聞くわけにもいかねーし。あれだ、さっきの俺を庇ってくれた時の話はあの子どもの頃のことで、今ならもっとうまくやってくれるぞ?ちゃんと周りに分からないように工作して敵を殲滅してくれる。そういう事が得意な人だから」
話がかみ合わないぞ?それに殲滅って、言葉のチョイスおかしくない?
「17歳の時に婚約者を喪ったのは本当だ。もちろん政略だったが、本当に仲睦まじくて幸せそうに見えた。傷心を理由に新しい婚約者を立てなかったと言ってたが、本当に喪った婚約者の代わりなんて欲しくなかったんだと思う。あの頃の兄上は、表面上は笑顔でも本当に辛そうだった。それからどんな女性にも見向きもしなかった兄上がお前に惚れた。俺は、それが本当に嬉しい」
「…………」
「ホリィも兄上を知れば好きになるかもしれねーだろ?初対面で即断せずに、もうちょっと兄上を見てほしい」
「…………」
「ホリィ?」
「分かりました」
エドさんが頼りにならないって事が。分かってくれないって事が。
「分かってくれて良かった。兄上は素晴らしい人だから」
ホッとしたようなエドさんの笑顔がマジにムカつく。
◇◇◇
「リズ様、どうにかしてくださいっ」
エドさんが当てにならない事が分かったので、私はリズ様に助けを求めた。
アポなしだったけれど、幸いにもリズ様はアズーロ商会内でお仕事をしていたので、私はいつものリズ様との茶話会で使う部屋に通され、待つほどの事も無くお茶と一緒にリズ様が来てくれた。
「まぁまぁ、どうなさったの、ホリィ?」
私は、グエンダル様がやってきたことから求婚の流れ、エドさんには言えなかったけれど私を囲い込むためのハニートラップ……色仕掛けだと推測していることを話した。どんなにお断りしても納得してくれずに二時間も居座ったグエンダル様に本当に困った事、エドさんはお兄ちゃん大好きで私の助けにはならない事を訴える。
「あらあら、グエンったらホリィに目を付けるなんて、なかなか良い感性をしていましたのね」
「……リズ様?」
「もちろん私はホリィにうちの息子の嫁になって頂きたいですわよ?」
「どうにかなります?」
リズ様は優雅にお茶を飲んでにっこりと笑う。おお、やっぱオカンよりもアニキの方が頼りになる!
「先ず訂正いたしますわ。色仕掛けと言うのはグエンの性格的にほぼあり得ないお話です。あの子は自分がしたいようにしかしませんの。誰かが吹き込んで貴方を篭絡するように懐柔するのは難しいでしょうね」
そういえば、エドさんもそんな事を言っていたな。人の話を聞かないし、自分のしたいことを我慢しないタイプだと。
お兄ちゃんが企んでいるのではないかという事をエドさんに言わなくて良かった。
「それじゃ、もっと拙いじゃないですか」
空事でなく私に運命を感じだとしたなら、本当に一目惚れでもしたのなら。ハニトラより拙いよぅ。面倒くさいっ。顔か!この美少女顔が悪いのか!?2年前の私に言ってやりたい。平均顔=モブ顔ではないという事を。超美少女になってしまうから気を付けろ!と。
この件は私の無知のせいなので、エムダさんを恨む事も出来ない。
「うふふ。嘘偽りなくホリィの事を運命の相手と感じたのだと思いましてよ?」
「最悪です……」
「あら、誰かを好きになるのは素敵な事ですわ。私も旦那様を一目見た瞬間に恋に落ちましたもの。身分差もございますし、旦那様を振り向かせるのにどれだけ苦労した事か。結局アズーロ商会に押しかけて、お義母さまを味方につけて陥落させましたの。粘り勝ちですわね」
そうだった。リズ様は旦那様に惚れこんで押しかけ女房になった人だった。
うん、この件ではリズ様も当てにできない。
諦めた私は、リズ様と旦那様の馴れ初めから今現在のいちゃいちゃっぷりまで聞かされて胸やけと共に帰宅した。グエンダル様の求婚は気の迷いでありますようにと祈りながら。




