第102話 キラキラ王子様
オルダに移住してから二年が経った。私は17歳になり、さすがにもう子どもな見た目ではなくなったと思う。その筈だ。――背は伸びていないが。
私は背が伸びていないのに、ヨルは大きくなった。猫サイズのトカゲってどうなんだろう?
相変わらずリズ様からお借りした家に、エドさんとサジさん、ヨルとタマコと一緒に暮らしている。敷地内の畑で薬草を育てて調薬をし、定期的にアズーロ商会に薬を卸す日々。
これぞ【安全第一】【いのちだいじに】をモットーとした私の理想通りの穏やかな生活だ!
「ホリィ、アムリタを使わせてもらった」
十日ほど前から指名依頼でダンジョンに潜っていたエドさんが、帰ってくるなりそう言った。
「エドさん、どうしたんですか!?何があったんです?怪我は?もう、大丈夫なんですか!?」
私が途中だった食事の支度を放り投げて、エドさんの肩や腕、胸や背中を手で確認しながら問うと、エドさんは俺にじゃなくて、と呟いた。
「あー、今回の依頼で3番目の兄も一緒に新しいダンジョンに潜ったんだ。その兄上に使わせてもらった」
「エドさんのお兄さんって王子殿下ですよね?そんな方がダンジョンに!?」
エドさんは第五王子から伯爵家の養子となり、さらにその地位も捨てて冒険者になった人だけれど第三王子は王子様のままだよね?
「この国はダンジョンを管理するのを得意としているからな。新しいダンジョンが発見されると王族が乗り込むことは少なくない。もちろん、旗頭としてであって実際の攻略はそれを得意とする連中がするんだけどな」
なるほど、王家がダンジョンを維持保全しているというパフォーマンスになるのか。王家の人も大変だ。
「ダンジョンで殿下がお怪我を?」
「いや、ダンジョンの攻略自体は順調だった。帰路に兄上を狙った刺客が――な」
刺客!?
「継承問題とか……そういうのですか?」
私の知識では王子が刺客に狙われると言う事態は継承がらみかな……位しか思いつかないが、刺客に襲われたと言う殿下は第三王子。王太子殿下も第二王子殿下も健在で、問題があるという噂は市井には流れていない。王族の事が民衆にそうそう漏れる訳はないだろうから、実際のところは分からないが。
「その辺はあんま突つかねーで欲しい。外に出たとはいえ、俺も王族だったモンだし、ま、色々あんだよ」
「聞かない方がいいなら聞きませんけど、殿下は大丈夫だったんですか?」
「毒矢を受けて昏倒し、そのまま意識不明になった。治癒士もいたんだが治癒の効果が出ず、お前から貰ったアムリタでようやく――ってところだ。助かったよ、ホリィ」
アムリタなら解毒くらいお茶の子さいさいだったと思う。エドさんがアムリタを持ち歩いてくれていて良かった。
良かった良かったと思えたのはここまで。
「で、兄上がお前に礼を言いたいと言っている」
「要りません」
「そう言うとは思った。王城に上がれと言う話じゃない、お忍びでここに来る」
「ホリィは失踪しましたとお伝えください。今から行方知れずになります。ヨル、タマコ、お出かけだよー」
『お出かけなのよー』
「にゃー」
なんで王子様がこの家に来るのさ。一昨年に陛下の治療薬を作った時だってリズ様が面倒くさいことはみんなやってくれて、私は部外者として市井にいられたのに。
「ちょっと待て!んな面倒な話じゃねーから!兄上が礼を言って、お前が返事してそれで終わりだから!」
「オカン!私の希望する立ち位置は知ってるじゃないですかっ。お忍びとは言え王子殿下にお目にかかるなんて、庶民に発生するイベントじゃないですよっ」
踵を返した私の襟首を掴んだエドさんは、すまなそうな顔をしつつもさらに言った。
「分かってる。スマン。俺から礼を伝えるからそれでいいとは言ったんだが、兄上はなんというか……とても前向きな方でな。己のすべき事を他者に委ねることを嫌う方でもあって」
「――つまり?人の話を聞かないし、自分のやりたいことを我慢しないタイプってことでしょうか」
「…………」
沈黙は肯定。
「悪い方ではないんだ。むしろ、とてもいい方だ。年は二つ違いだが、子供のころから王族のくせに魔力無しだと悪しざまに言われた俺を庇って下さって――陰口をたたいた相手の靴をミミズでいっぱいにしたり、座ると音が鳴るオモチャのクッションを執務室の椅子に仕掛けたり、机の引き出しを開けるとクラッカーが鳴るように工作したり、贈り物に偽装させたビックリ箱を忍ばせたり」
「それ、ただのイタズラじゃなくて?」
「俺を庇ってして下さった事だ」
エドさんはきっぱりと言うけど、思い出補正とか入ってませんかね?優しい兄上フィルターは外して、いったん他人と思って第三王子がやらかしたやんちゃを再検討した方がいいと思う。
でも、ま、エドさんがそこまで言うのなら仕方ない。優しい娘は、お兄ちゃん大好きブラコンオカンに譲ってあげましょう。
「しょうがないですねぇ。王城に行かずにここにお忍びって事で了解です。で、いつになります?」
「今」
「……はい?」
「…………今」
あーほーかーっ!
「今、庭を見ながら待ってる」
それを聞いて、慌てて外に飛び出したら第三王子らしき人を発見した。え?護衛とかお付きの人とかいないの?一人でお花を見ているんですけど。
「失礼ですが、エドヴィリアスタさんのお兄様ですか?お待たせして申し訳ありません。どうぞ、お入りください」
エドさんの名前をちゃんと言えるようになった私、偉い。そして、お忍びという事なので殿下扱いではなく、あくまでエドさんのお兄さんとして家に招く。
「初めまして。エドの兄のグエンダルです。突然押しかけて申し訳ない。お邪魔します」
獅子のようなマッチョのエドさんのお兄さんだから同系統かと思いきや、グエンダル様はいかにも王子様然とした明るい金髪に青い瞳の細身のイケメンだった。そりゃ、エドさんは軍所属の過去を持つ冒険者だもんね、タイプは違うか。この人が昔はいたずら小僧だったんだよねぇ、そうは見えない。
「ホリィと申します。エドヴィリアスタさんには大変お世話になっています」
ぺこりと頭を下げてから応接間に案内すると、グエンダル様は私の右手を取って指先にリップ音だけの触れないキスを落とした。
ひゃーっ。レディ扱いなんて初めてされて、勝手に顔が赤くなったのが熱さで分かった。コワイ、王子様コワイ。やっぱり逃げればよかった。
オルダにきて二年、そのほとんどを元王子様のエドさんと一緒に過ごしているけど、こんな扱いされたことないので!日本ではそんな挨拶は無かったので!
「可愛らしいお嬢さん、あなたのおかげで私は命拾いをしました。心からの感謝を」
イケメンの微笑みは画面越しがちょうどいいと思う。いや、エドさんもサジさんもイケメンの部類だけど、グエンダル様みたいなキラキラ属性は持っていない。つまり、いままで身近にいたことが無いタイプなのだ。
「おっ、お茶をっ、今、お茶を入れますのでっ」
焦りつつ着席を勧め台所に避難。あー、怖かった。
応接間からエドさんとグエンダル様の会話が聞こえてくる。仲良し兄弟で宜しくしてください。
私はもう、お礼の言葉を頂いたので、後はお若くないお二人でどうぞ――っていう訳にもいかないだろうなぁ。何でこんな時に限ってサジさんは長期のお仕事で不在なんだ。求む、緩衝材。
お茶が入ったので、仕方なく私も応接間に向かう。向かい合って座っているグエンダル様とエドさんに供し、私はエドさんの隣に座る。
「ホリィ嬢はエドの恋人なのかな?」
「それは無い」
「違います」
年頃の男女が一緒に住んでいればそうみられるのも仕方ないけど、エドさんの名誉とまだ見ぬ女性との出会いの為にも否定せねば。
「それは良かった。では、ホリィ嬢。私と結婚しない?」
「しません」
何を言ってやがるんでしょうか、このキラキライケメンは。




