「でざーととか、けーきって何ですか?」
浜松城を後にすると、今度は北に向かって車を走らせてもらう。この辺りはあの徳川軍と豊臣軍が激突した地だ。もちろん通り沿いはビルが立ち並んで、当時の様子をうかがわせるものは何もない。そして天竜川に近づくと橋が見えてくる。ちょっと古いが鉄の橋で、横には並行して天竜浜名湖鉄道が走っている。
さらに進むと幅の狭い二俣川に出会い、そこに架かる、レトロな照明の付いた橋を渡ったとこで折り返して来た。
次に目指すは東京だ。
新幹線の浜松駅構内でまたスタバに入る。ところが、なんと佐助が一人でカウンターまで注文しに行くと言うではないか!
心配だったが、可愛い子には旅をさせろだ。椅子に座って待つことにした。
ゆっくりと歩いて行く佐助を、すれ違うサラリーマン風の男や他の何人かの者が遠慮がちに見ていた。忍びの者が目立ってはいけないのだろうが、現代のファッションとロングヘアーで歩く佐助は、ほぼノーメイクなのに、かなり人目を引いている。
遠くから見ていると、手におれから受け取った紙幣を持ち、スタッフを前にして堂々と指さし注文をしている。佐助が満面の笑みを浮かべているので、スタッフも思わず誘い込まれて笑ってしまうようだ。
「通じた?」
「はい」
「それは良かった」
「殿は前と同じコーヒーにしました」
「佐助は何にしたんだ?」
「さくらミルクラテです。絵を見たら美味しそうでしたので」
「…………」
「あとはヘーゼルナッツムースにストロベリーシフォンという名前のけーきだそうです」
「…………」
「でざーとにいかがですかと言われました」
「…………」
「殿」
「はっ?」
「でざーととか、けーきって何ですか?」
「…………」
新幹線の窓から外を見る佐助の顔は、もう好奇心に満ちたものに変わっていた。やがて東京駅に着いたが、その混雑ぶりは浜松の比ではない。
「佐助」
「はい」
「ここはものすごく混雑しているから、はぐれるなよ」
「分かりました」
だが、地下の連絡通路を歩いていると。
あ、れ、何処に行った?
振り返ると、今まで隣にいたり、後ろから付いて来たりしたはずの佐助が居ないではないか。おれはぐるぐると二周も回転してしまった。
その時、人混みの後ろから、大きな声が響いた――
「殿~~!」
「あっ」
「こっちで~~す」
「…………」
周り中から見られてしまった……
にこにこと傍にやって来た佐助に言った。
「あの、殿って呼ぶのはよそうか」
「え、なぜですか?」
「いや、なんだ、その」
「殿は殿です」
「それはそうなんだけどな」
「…………」
結局そのまま殿と呼ばれることになってしまった。
その後は江戸城跡地まで行ったんだが……
はっきり言って、まったく違う。江戸城天守台が残されているのだが、あの炎上した天守閣の跡地とは別物のようだ。
もちろん本丸も残ってはいない。黙って周囲を見回していた佐助が聞いてくる。
「ここはどういう場所なのですか?」
「江戸城の跡地なんだ」
「えっ」
「うん、あの江戸城のね」
「でも」
彼女が信じられないのは無理もない。佐助がここで焼け落ちる天守閣や本丸を見たのはつい最近の事なのだ。あの重い城門を開けた感覚でさえまだ残っているだろう。それが何も無いんだ。代わりに新しい建物がそこかしこに建っている。
何か転送のきっかけになるようなものが見つかればと思って来たが、何にもなかった。例のパソコンを見つけさえすれば、何かが起こるかもしれないのだが。どうしたらいいのか分からない。
鶴松に転生した時点から、歴史が変わってしまったのなら、おれの未来はどうなってしまうのか。この時代に存在しない人間なのならば、過去に戻ることでしかおれは取り戻せないのだろうか。
これで完全に時の迷い人になってしまった……
佐助が、うつむくおれにそっと寄り添って来た。
「もう声を掛けてあげようか」
「まだ早いわよ」
「だって」
私の名は、いや私達の名はトキ、今はこの世界でパソコンと呼ばれている機械の中だ。
時空の旅人なんだけど、今回は降り立ったこの星で、戦国時代の鶴松という子供に興味を持ったらしい男の子を、気紛れに転生させてあげた。
「あなたは惚れっぽいから、またその気になったんでしょう」
「そんなことないわよ。殿の傍には佐助がいるんだから」
「それもそうね、彼女は綺麗だし」
「…………」
唐突な感じのトキなんですが、以前に一度削除して書き直した作品に出てきます。
なぜパソコンの中なのかとか、二人なのか、出てくる理由は、とかもあるのですがジャンルが違います。
鶴松に転生の話では、ただ不可思議で特別な能力を持ったパソコンだということにしました。