「太郎兵衛、勝家逃げるぞ」
しかしその後、さらに大事件が起きる。
「黒田藩主の黒田利則殿ですが、どうもスペインやポルトガルの商人達と密会を重ねておるようで御座います」
長崎に居る太郎兵衛からの連絡だった。黒田利則は長政の急死により藩主となったばかりだ。確かに、かの国との長崎戦の結果疎遠ではあるが、商人達と会ってはいけないとまでは言っていない。だからことさら咎めることもないのだが。太郎兵衛はなにやらきな臭いものを感じて連絡してきたのだった。
太郎兵衛から連絡のあった翌年、恐れていたことが現実になった。もしやとは思っていたのだが、突然黒田藩が兵を挙げて長崎港を占拠した、と言う報がトキを通じてもたらされた。しかもそれを待っていたように、再びスペインとポルトガルの軍船が長崎港に姿を現したのだ。その数五隻。
黒田藩との密会の理由はこれだった。
「トキ」
「はい」
「太郎兵衛と勝家はまだ長崎か?」
「そうです」
「すぐ行くぞ」
「分かりました」
商人に手出しはしないだろうが、二人に万一の事があってはならない。
長崎の商館二階に二人は居た。黒田藩の兵が迫って来る前にと思ったが、遅かった。一階では怒号と悲鳴が渦巻き、兵がなだれ込んで来たのだった。
「殿、一体いつの間に――!」
「太郎兵衛、勝家逃げるぞ」
「いや、まだ逃げる事は出来ません」
「何故だ」
「店の者が下におります」
「だめだ、もう間に合わない、あきらめろ」
「しかし、ここは二階です。どっちにしろ下に降りなければ行き場所がありません」
「トキ、頼む」
「はい」
次の瞬間、おれとトキ、太郎兵衛と勝家は大阪に居た。
「――!」
「――!」
この後、二人に事情を説明するのは骨が折れた。
しかしこの頃、黒田藩の行動と前後して、動き出した九州の諸藩があった。
まず佐賀藩主鍋島勝茂に対し、龍造寺季明が藩の実権を取り戻すべく、兵を挙げた。
立花宗茂は島津との開戦を願う家臣達に押され兵を挙げる準備を始め、福岡藩主小早川秀秋までもが何故か兵を挙げた。
「豊臣家に忠誠を誓っているのは島津家と小西家、それに加藤家で御座います」
幸村が報告してきた。九州が北と南勢力に、一気に二分してしまったようだ。
だが北半分の諸藩はそれぞれ思惑が違い、一枚岩ではないと思われる。この混乱にまぎれ、利を得ようとしているだけではないか。こざかしい連中だ。