「撃て!」
「トキ」
「はい」
「太郎兵衛は逃げて無事なんだろうな?」
「無事です」
「では、これからはイギリスの商船との取引を増やすように言ってくれないか」
この時代スペインの無敵艦隊がイギリスに敗北するなどして、世界の覇権はスペインやポルトガルからイギリスに移りつつあった。これから手を結ぶならイギリスではないか。
できればイギリス政府か軍の要人とのつながりが欲しいところだ。
長崎の街を襲った敵は、内陸に向かい進軍を始めたとの情報に、豊臣軍の到着を待たずに、おれは迎撃を決意する。
内陸の街はまだ住民が避難していない。このまま進軍させるわけにはいかないのだ。
幸村の手の者らの情報から、敵の侵入ルートは予想が付いた。先回りをして鉄砲隊を置く。その数は清正隊、行長隊、忠恒隊の総勢三〇〇〇で、残りの一〇〇〇は五〇〇づつ左右の丘に伏せさせている。
敵側に騎馬隊は居ないから、馬よけの柵などは必要ない。鉄砲隊が三列に並び準備を整える。戦国の世を生き抜き、もう鉄砲の威力は皆骨身にしみついている。三段構えの銃による連発の威力もだ。
火縄銃は慣れてくれば速射で、一分間に二から三発は撃てるという。戦争は競技や見世物ではないのだから、作法やきめ細かな手順などは度外視してかまわない。敵よりも出来るだけ早く、どれだけ多くの弾丸を発射するかが問われる。
ただし当時の銃は精度が恐ろしく低い。距離があったら千発に一発の命中すら期待できないという情けないものであった。だからこそ一度に連発する必要がある。散弾銃と思えばいい。狩猟などでは、飛び散った小さな弾の一発でも当たれば鹿は死ぬ。
三〇〇〇挺の鉄砲が五分間に発射する弾丸の合計は、最大四五〇〇〇発になる計算だ。ここでさらにしつっこく計算すれば、千発に一発も当たらないのなら、一万発に一発なら当たるだろう。四五〇〇〇発なら四発は当たることになる。当時の火縄銃は口径が大きかったという事なので、身体のどこかに命中すれば相当なダメージだろう。
騎馬で突撃した武田軍は、それだけの数の弾丸を短時間に浴びせられたら相当な被害が出たことは容易に想像がつく。
さらに当時の鉄砲隊はイメージ戦略の意味合いの方が強かったのではないか。多くの鉄砲を並べて、圧倒的な戦力の差を見せつけ相手を委縮させる効果だ。
やがて敵の姿が林の間から現れて来た。
「合図をするまでは撃つなよ」
敵を十分引き付けるのだ。
だが待つまでもなかった。敵はずんずんとためらわずに進軍して来る。まったくこちらを恐れている風には見えない。
隊列を組むでもなく、それぞれが勝手に歩いてくる。まるで散歩ではないか。そして鉄砲の射程距離に入ると、やっと止まった。
敵の銃はマスケットで、日本側にも銃があることは分かっているはずだが、銃撃戦はこれが初めてだ。フィリピンやその他のアジアの国を攻撃した際は、スペインやポルトガル軍はマスケットで圧勝したのだろう。ここでもさっさと片付けようぜ、といった感じがありありなのだ。
マスケットを悠々と構え、兵士それぞれが勝手に撃ち始めるではないか。中には笑っている者もいる。
「撃て!」
おれの声が響くと、一千発の銃弾が発射された。