「無礼者!」
浜松の駅で途中下車すると、改札口に向かって歩いて行く。しかし下りエスカレーターの前で佐助の足が止まった。
「殿」
「うん、ゆっくり歩いて、一緒に乗れば大丈夫だよ」
なかなか進もうとしないので、後ろから来た方に道を譲った。人の乗る様子を見てやっと安心したのか歩き出した。
「降りるときはね、足を上げて跨ぐようにするんだよ。でないと転ぶから」
「…………」
ところが、今度は自動改札口の前でまた止まってしまう佐助、一人ずつ入るので厄介なのだ。なんとか乗車券の差し込み方を説明して、おれが先に入る。だが続けて入って来た佐助が――
「殿!」
「ありゃ」
通るのが遅すぎて、出口の小さなドアが閉まってしまった。
「あの、お願いします」
駅員に来てもらった。
やっと改札口を出て自動券売機の前を通り、構内のショッピング街を歩き始めると、佐助は横にピッタリ着いて来る。
その後はタクシーに乗ろうと、混雑していた駅構内から外に向かって歩いていたその時、若い男がおれとすれ違いざまにぶつかり、
「何処見てんだよ」と捨て台詞を吐いた――
「無礼者!」
言うが早いか佐助、何処から取り出したのか小刀を構えている――
その身体から発する殺意は、もう先ほどまでの佐助ではない。
――ぎえ~~――
これは相手の男ではない、おれの内なる悲鳴だ。
そんなものを隠し持っていたのか。
「まずい、まずいよ、それ」
すぐその小刀を相手から見られないようにして取り上げた。若い男は何やら訳の分からない言葉を吐きながら行ってしまった。
「いけなかったでしょうか」
「他に、まさか、手裏剣とか持ってないよね」
「持ってません」
「よかった」
「殿をお守りするのに必要だと思いまして」
「うん、守ってくれるのは有難いんだけどね、刃物はまずいんだ」
「そうですか」
「そう、この未来の里では、こんな刃物を外で持ち歩いていたら非常にやばいことになるの」
「分かりました」
小刀はそっとゴミかごに捨てた。
そしてタクシーに乗ると、
「これはね、鉄の籠って言うの」
先ほどの小刀ショックを和らげようと、おれはジョークのつもりで言ったのだが、佐助は微妙な顔でうなずいている。
タクシーが浜松城に着いて駐車場で降り、ゆっくり天守閣の建つ広場まで歩いて行くと、佐助が聞いてきた。
「ここは何というお城なんですか?」
「浜松城だよ」
「えっ」
彼女には、なかなか理解出来ないかもしれない。ほんの少し前まで居た浜松城とは似ても似つかない城だからだ。佐助の知る浜松城はもっと泥臭く、こんな綺麗な城ではなかった。
複雑な顔をする佐助だが、これからもっと理解しがたい場面に出会うだろう。