「皆逃げろ!」
「幸村」
「はっ」
「スペインとポルトガルの軍船は二隻づつで四隻だそうだ」
「厄介なことになりましたな」
ポルトガルの商船から奪った積み荷を返せと言って来たのだ。さらには謝罪と賠償金、そして今後の活動の自由を保障せよとの要求まで言って来ている。
日本の法を無視しておきながら、要求が受け入れられないのなら、長崎の街を砲撃するとまで言って来ているのだった。
もちろんおれはそんな要求は無視するよう、長崎周辺の諸大名には言ってある。
問題はこれからだ。要求が無視されたとなったら、当然奴らは撃ってくる。砲弾は軍船から一キロ前後は届くと考えられる。長崎は港町で、海沿いに多くの建物が密集しているから、被害は甚大なものになるだろう。
この時代、スペインは、ポルトガル貴族から権力を奪い、ポルトガルをスペイン帝国を構成する単なる州に変える思惑があった。そして、ポルトガル軍はスペインが展開する対外戦争に駆り出されたりしていた背景がある。
「幸村、砲撃は避けられない。住民に対し、直ちに避難するように伝えよう」
「と仰られても……」
「トキ、今一度清正殿の所に頼む」
「はい」
ちなみにトキが城を出る時はいつも男装をしている。清正殿に訳を話し、住民を直ちに、海沿いから出来るだけ遠くに逃げるように、誘導してほしいと頼んだ。今は反撃など考える時ではない。
砲撃が一段落すれば、今度は兵士が必ず上陸してくるはず。反撃のチャンスはその後だ。
「住民には家財も何も持たないで逃げろと言ってくれないか。後は豊臣家が全て保証する。安心せよと」
清正殿は分かってくれた。すでに出ていた二千の兵士が長崎市民を説得し、逃がして回つた。
「ねこ一匹残すなよ」
「皆逃げろ!」
「逃げろ、逃げろ、逃げろ」
兵士は市民を追い立てるようにして、長崎の港町を空にした。
建物などは後でいくらでも建てられる、今は市民の命を守ることが最優先だ。
「幸村」
「はっ」
「大阪から出陣した兵は、やはり五〇〇〇ほどか?」
「すぐに用意出来たのは、それだけで御座います」
「分かった。多分スペインやポルトガルの兵士の数は、それほど多くは無いだろう。鉄砲は十分持たせてあるだろうな?」
「はい」
「それから長崎に近い大名にも出陣の準備をして待つように伝えろ。ただし、むやみに戦うなとな」
「分かりました」
大阪と熊本間は約七〇〇キロから八〇〇キロだから、一日三〇キロとしたら、一か月くらいで着くことが出来る。
だが、すでに軍船は着いているのだから、開戦には間に合わない可能性が高い。ただ海沿いの砲撃をしのげば、後は陸戦となる。日本の兵も戦乱の世を生き抜いて来たばかりだから、経験値では負けないだろう。
九州の諸兵には、豊臣軍が到着するまではむやみに戦うなと言ってある。
この日本人奴隷購入の問題なんですが、スペインやポルトガルの国としては表向きというか、一応反対の立場を見せてはいた。
一五七一年にポルトガル国王セバスティアン1世は日本人の海外売買禁止令を発布しているのだとか。
それでも、末端までは指示が行き届かなかったのか、知らぬ素振りなのか、奴隷貿易は無くならなかったようです。