「みらいの里」
乗車時間が来るまで新幹線駅構内のスタバでコーヒーを飲むことにした。佐助には椅子に座って待っているようにと言って、カウンターまで歩いていく。
「あ、佐助、あの椅子で座って待ってなさいって――」
「…………」
後をついて来てしまった。
「じゃあ、まあいいや」
「…………」
「これ、佐助のコーヒーね」
「…………」
「あ、ジュースの方がいいか」
「…………」
もうずっとだんまりの佐助だ。
佐助にも分かるようにと、これまで何度も今の状況を説明をしてきたが、どこまで理解できたか。たぶん彼女の頭の中は、この状況をどう受け入れたらいいのか混乱の極みなんだろう。
駅に来る途中の路上では、おれにぶつかるほどくっついて歩いて来た。そうかと思えば、今度はすれ違うミニスカートの女性に見入って立ち止まり、おれから離れてしまうし……
今は新幹線のホームで息をつめ、入って来た流線形の車体を見つめている。車内に乗り込み、おれの問い掛けに、笑顔を作って見せるが、列車が音もなく走り出すと、窓の外を見る佐助は完璧に黙りこくってしまった。顔が明らかに引きつっている。
だが動き出して暫くすると、佐助もやっと落ち着いてきたようだ。それとも無理に落ち着こうとしているだけなのか。
「佐助」
「…………」
「大丈夫か?」
「あの、殿」
「ん?」
「ここは何処なのですか?」
もうこれで二回目なんだが、また同じ説明をする。
「だからここはね、未来の里というところなんだ」
「みらいの里」
「そう、佐助やおれの居たところからちょっと離れた場所なんだよ」
佐助がまた心配そうに聞いてきた。
「何時元の所に帰るんですか?」
「んーーん、それは、ちょっとまだ分からないんだ」
「…………」
おれは佐助の表情を見ていると思わず言ってしまった。保証など出来はしないんだが、言わずにはいられなかった。
「大丈夫だよ、必ずまた帰るから」
「みらいの里は大阪よりも、ずっと大きな街ですね」
やっと元気が出てきたのか、テイクアウトしたジュースを飲みながらそう言った。
「ジュースは美味しいか?」
「こんなに美味しいものは初めてです」
「そうか、よかった」
以前に見たテレビ番組で、南大平洋に浮かぶ島の住民を東京に連れてくるというものがあった。住人は生まれてまだ、島の外には一度も出たことがないという人たちだ。車もバイクも無く、ヤシの葉を揺らす風が通り過ぎて、のんびりした時間だけが流れている世界。
そんなところで一生暮らしている人たちが、いきなり飛行機に乗せられ、東京のど真ん中に来たらどんなリアクションをするのかという、いわばのぞき見趣味のような番組だった。
ところが、番組制作者の予想に反して、島民のにこにことした顔での冷静な反応に、番組スタッフは皆びっくりするやらがっかりするやら。そんな感じだった。
人はとんでもない環境変化にも、意外に適応出来るものなのだ。
佐助の新幹線に乗ってからの予想外に早い環境適応にも、やがてびっくりさせられる事になる。