「お国とやら、ご苦労だった」
「幸村」
「はい」
「近頃、京の街でお国という女性が、かぶき踊というものをしているそうだが、調べてもらえないか」
「お国ですか?」
「そうだ」
「殿は何処からそのような話を……」
「いや、これは未来の里から得た情報なんだ」
「分かりました」
「殿」
「ん?」
「調べてまいりました」
「そうか、早かったな。それで、どうだ?」
「どうだと申されますと?」
幸村うすうす感じてはいるのだろうが、とぼけている様子がありありだな。
「連れてこれるか?」
「まさか、あのような者を城内に入れるのですか?」
「あのような者とはなんだ?」
「いや、その、殿の前に連れてくるのは、いかがなものかと」
「かまわん。連れてまいれ」
「…………」
結局幸村はしぶしぶ、その女性を連れて来るのだった。
女は一人ではなく、少人数だが一座を引き連れていた。
おれの前で踊って見せよと促したのだが、やはり遠慮しているのか、なかなか踊り出さない。
「かまわん、遠慮なく踊って見せてくれ」
おれの声にやっと踊り出したのだが、見ると幸村は渋い顔をしている。
そうか、確かに日本舞踊というようなものではないな。もう少しくだけた感じの踊りで、まあ色っぽいと言えばそんな感じもある。
だが、おれの目からしたらどうってことない程度だ。
しかしこれは庶民には受けるだろう。おれは確信した。
「お国とやら、ご苦労だった」
「…………」
女はその場に座り、無言で頭を下げた。
「どうだわたしがそなたの後援をしようと思う。受けてくれないか?」
「――!」
女もびっくりしたようだが、幸村も口を開けてびっくりしている。
「殿!」
「幸村、この者の後援をしようと思う。歌舞伎座というもの造るんだ。協力してくれ」
「あ、それは、はい」
おれの決定に嫌も応もなかった。
ただ、佐助はその女をちらっと見た後で、おれと幸村の会話を微妙な顔で聞いていた。
歌舞伎座の営業小屋は大掛かりなものが建った。場所は大阪の郊外で、今の兵庫県宝塚市だ。
正式名称は歌舞伎座宝塚歌劇団。
若い女性を大勢集めて、お国に踊りを指導させる事となった。
お国達の一座が京の町で「かぶき踊」という名称で踊りはじめ、遊女にまで広まっていったのだとか。
エロティックなものであったり、アクロバティックな軽業主体の座もあったりした社会背景だったようです。
三味線が舞台で用いられるようになり、虎や豹の毛皮を使って豪奢な舞台を演出し、多くの見物客を集めたということです。