「面目次第も御座いません」
「幸村」
「はっ」
「城から甲冑を運び出せ」
「はっ?」
「それと市中に行き、蔵を手配せよ」
「蔵ですか?」
「そうだ、とりあえず一棟でいい」
「そこに甲冑を入れるのでしょうか?」
さすがの幸村もすぐには合点がいかないようであった。
「蔵主には大阪城の改築の為だと説明せよ」
「…………」
借りた蔵に甲冑は運び込まれた。
「よし、借りる蔵をもっと増やすんだ」
「ではその全てに甲冑を」
「そうだ」
二棟や三棟でも足りない。次々と借りていった。
蔵主の中には新米が来る頃までには開けてほしいと言う者もいたが、大丈夫だと約束をした。
もちろん口約束だが……
ついには蔵だけなく、屋根さえあれば小屋でも何でもいいとなった。
とにかく金が支払われるとあって、大阪中の小屋という小屋が甲冑、刀、槍などで埋まってしまった。
そして新米の季節が来た。大阪に着いた新米はもちろんほとんどが太郎兵衛の契約した米だ。
とりあえずどこに格納するかという段になり、事態は発覚した。
何処にも格納する蔵が無いではないか。太郎兵衛の蔵もすでに満杯状態で入れる隙間がなく、とうとう屋敷の中にまで積み上げる始末であったという。
もちろん太郎兵衛も黙ってはいなかった。すぐ蔵主との交渉が始まり、新米が来れば優先して入れるのが当然だろうと言い張った。
困った蔵主はすぐに城に言って来た。
「新米が来たので甲冑を引き上げて、場所を開けてほしいのですが」
「そう言われてものお」
「とにかく開けてもらわないと困るのです」
「分かった、そのように報告しておこう」
「お願いします」
これで想定通りとなり、何度蔵主が来ようと、一向に話は進まなかった。
まだ改装が終わってないの一点張りだ。
太郎兵衛はしてやられたとほぞをかんだ。
新米は次々と到着するのだが、置く場所が無い。その辺の空き地に野積み状態となって溢れかえってしまった。
これにはさすがの太郎兵衛も青くなった。このまま野積状態が続いて、雨に降られたらえらいことになる。
では雨露をしのげる小屋でもないかと探し回ったがそれも無い。最後にはせめて屋根さえあればと、しかしそれも無駄な努力だった。
ついに太郎兵衛が全面降伏を申し出て来た。おれの前に進み出ると、深々と頭を下げた。
「どのような罰もお受け致しますが、あの新米だけは蔵に入れて頂きたく、お願いいたします」
「太郎兵衛とやら」
「はい」
「その方は、大阪の者ではないのか?」
「はい、わたくしは大阪の生まれでは御座いません」
「そうか、やはりな、でそれはいいのだが……」
しばらく世間話をしてみた。こうして会ってみれば、嫌みのないすがすがしい男ではないか。負けを認め、全てをおれにゆだねようとしている。
ただ商人として、新米が風雨にさらされるのは何としても避けたいと願い出ているのだった。
「そなたの言い値、四倍はちょっと欲が深すぎたのではないか?」
「面目次第も御座いません」
「幸村」
「はっ」
「直ちに甲冑を全て引き上げ、この者の新米を蔵に入れる手伝いをせよ」
「分かりました」
太郎兵衛は再び、深々と頭を下げた。
この後は、自身の買値を少し下回る値で売ることに同意し、米の相場は元に戻った。
しかし男の可能性に興味を持ったおれは、経済のブレーンとして配下にならないかと持ち掛けた。最初は驚いていたが、私の腕が振るえるのでしたらと、これに快諾したのだった。
江戸時代は長い鎖国のせいもあってか、災害や害虫に対する知識が不足していて、凶作の年も多く、飢饉が何度も発生している。その度に農村は荒れ果てたのだ。
鎖国などせず、外国の文化、情報を吸収して、商業や交通をもっと発展させる必要がある。
すでに商人は米の相場を決めており、貨幣が重要な役割をするようになりつつある。日本の文化は町人文化に移っていくのだ。