「くそ」
「幸村」
「はっ」
「当座の対策として大阪城の米蔵を開け、庶民に放出せよ」
「分かりました」
これはおれが直接見に行く必要があるなと感じた。
「幸村」
「はい」
「様子を見に行こう。支度をせよ」
「支度と申しますと」
「このままでは目立つだろう」
「ではお召し物を工夫しましょう」
おれと幸村、家臣達は庶民のなりをして城を出た。
大阪に運ばれて来た米は何処に着くのか、一時的に保管する場所は何処なのか、その後はどう動くのかと調べて回った。
特に気づいた点は蔵だった。在庫の米が極端に減って、空になったままの蔵が多い事だ。
買い占めを図った太郎兵衛は、米を全て自分の蔵に持ち運んでいるようだ。
さらに幸村の手の者が探りを入れた情報では、驚くべき事実が判明した。
太郎兵衛が市場からの買い占めに取りかかる前、行ける限りのコメ農家を回り、金を前金で払い、大阪で受け取る契約していたと言うのである。
豊作で下落すると分かっている米を、高値でしかも即金で買うと言われたら誰もが飛びつくだろう。
その後で、目立たないように、何食わぬ顔をして買い始めたのだ。
「幸村」
「はい」
「城の米はどのくらいあるのかな」
「このまま庶民に渡して続けても、しばらくは持つと思われますが」
「そうか」
おれは幸村に太郎兵衛と話し合いをしてもらうことにした。
多少の高値でもいいから、買い取ろうという提案だ。
「どうだった」
「それが……」
「どうした、あの者は何と返事をしたんだ?」
「とんでもない高値を提示してきました」
「とんでもないだと」
「はい」
「幾らだ」
「約四倍」
「なに!」
太郎兵衛は自身の買った値段の四倍という額を、しらっとした顔で言ったという。
「あの者はわれらの足元を見ておるようです」
「くそ」
普通ならば凶作を当て込んで思惑を張り、米を市場で買い占めるというのが常識だ。その後は価格の高騰を待ち売り抜けるのだ。
だがこの年は豊作がささやかれ、誰もが米の値段は下がると思っていた。ところがそこで突然の買い占め騒ぎが起こり暴騰した。
米価対策としてお城で米を買い上げ、それをまた安く売ってくれるらしいとのうわさも流れたのだが、思うようにはいかなかった。
これまでのところ天候は順調で、米の不作など誰も心配していない。
このまま太郎兵衛の思惑通りになるのか、ならないのか。
こうなったら戦争だな。
おれは覚悟を決めた。
やってやろうじゃないか。