「新しく入った腰元で御座います」
結局その日の夕刻、大阪城に戻って来たのだが、幸村の視点が定まっていない。
幸村にとっては長い一日だったのだろうな。
エスカレーターから、エレベーター、スターバックスでサンドイッチを食べてコーヒーを飲み、さらには超高層ビルのホテルでティータイムを過ごし、タクシーに自動ドア、原宿で若者文化の洗礼、エアコンの効いた飛行機からモノレールまで一気に経験した、その間の狼狽ぶりは、さすがに同情を禁じえなかった……
明治維新期に日本から欧米に岩倉使節団が派遣されたのだが、幸村の受けた刺激はその比ではなかっただろう。
「幸村」
「……はっ……」
「幸村!」
「はあ」
「しっかりせよ」
「あ、はい」
だが、季節が過ぎるとさすがに幸村の顔も締まってくる。
「幸村」
「はっ」
「桜の木を植えたいのだがな」
「桜で御座いますか?」
「そうだ。安土の城から伏見の城の辺り一体に、いや、あの琵琶湖の周囲を桜で埋め尽くすのだ」
徳川殿との戦を最後に、戦乱の世は終わった。これからは国の経済を発展させていかなくてはいけない。その前に国中に桜の花を咲かせようということだ。
さらに、その桜の木の下では祭りも開く。
「幸村、国中の大名にこの事を知らせよ」
「では桜の苗木を相当育てないといけません」
「そうだ。桜だけではない、桃や梅も植えよう。これからは忙しくなるぞ」
「分かりました」
さらに時代を先取る感覚の良い商人を援助し、海外との交渉などを視野に多くの人材を育て、国中に豪壮・華麗な文化の花も開かせようではないかとなった。
未来の里を見てきた幸村の気持ちは高揚し、顔は青年のように輝いている。
「殿、やりましょう!」
「うん」
その時パソコンの中では、
「殿やるわね」
「それは良いけど、あなた、いつまでこんな狭い処に居るつもり?」
「まだまだよ」
「またなの――」
「だって、殿と会話が始まったばかりじゃない」
「あきれた」
「それとも」
「それとも?」
「殿」
「なんだ」
おれがパソコンを開こうとしていると、幸村が声を掛けてきた。
「今日はこの者達を連れて参りました」
「ん?」
幸村の後ろに数人の女性達が控えている。
「新しく入った腰元で御座います」
「なに、腰元」
彼女達はいっせいに頭を下げた。
そうか、おれは殿様だったのだな。
腰元を紹介と言われて、始めて実感がわいてきた。
だが、なんと言っていいのか分からない。
「あ、そう」
なんとも締まらない返事をしてしまった。
何やら自己紹介らしいものをしていたんだが、ほとんど聞き取れなかった。
「では御用が無ければ下がらせます」
幸村と一緒に女性達が下がっていくではないか。
「あ、それだけ?」
「何か御用でしょうか?」
幸村が聞いてきた。
「いや、特に、用はない……」
「では失礼します」
結局皆下がってしまった。
「ふう」
おれはまたパソコンに向かい――
「殿」
「ぎえ!」
至近距離の後ろから急に声を掛けられ、思わず飛び上がってしまいそうになる。
「なんだ」
先ほどの腰元らしい一人が、そこに立っているではないか。
「あれ、帰らなかったのか?」
「…………」
その腰元は笑みを浮かべ、おれを見つめている。
「あの、何か、用なのかな」
「もうパソコンは要りません」
「はっ?!」
おれの頭は完璧混乱していた。
腰元の口からパソコンという言葉が出たのだ!
「私はトキです」
「はああ」
「もうパソコンに呼び掛けてもそこにはおりません」
「あの、あなたがトキって」
何のことはない、おれが鶴松に転生したように、トキはこの腰元に転生したのだった。
だが、この時、
「殿」
「あっ」
佐助が部屋に入って来てしまった!
もちろんトキを見た佐助の表情が凍り付いた、ように見えた。
「あ、佐助、あの、この子は新しい腰元なんだ」
「…………」
「トキ、この子は佐助というんだ」
「佐助さんよろしくね」
「…………」
どひゃあ、どうしたいいんだ。
「あの、佐助、この子はね、パソコンから出て来たんだけど……」
「殿、そんな変な言い訳は必要ありません」
「いや、いい訳ではではなくって……」
「あなたはトキさんって言うのね。私は佐助、よろしくね」
「トキと呼んでくれていいわ」
「そう、じゃあトキよろしく。私の事も佐助と呼んでいいわ」
「殿は何故そんなに落ち着かないのですか?」
佐助とトキは互いを見合い笑って、その後おれの顔見た。