「お疲れさまで御座いました」
トキとどれだけ話し込んでいたのか、急に、
「殿」
顔を上げると、佐助と幸村がいつの間にかおれを見ている。
「あ、どうだった。美味しかった?」
「殿は先ほどから何をなさっているんですか?」
幸村が聞いてきた。
佐助もパソコンに注目している。
「これはパソコンと言う機械なんだけど、過去や未来に連れて行ってくれたんだ」
「それで大阪城からここに来たり、また戻ったりしたのですね」
「そのような便利なものが、この時代にはあるので御座いますか」
幸村もすでにここが違う時代だ、本当に未来だということを、なんとなく感じ始めているようだ。
「いや、その、これは特別なもので、皆が持っているという訳ではない」
まあこれ以上の説明は無理だろう。おれだって良く分からないからな。
という訳で佐助の腹も膨れたようだから、今度はウインドウショッピングにでも行くか。そしてたった今トキに教えられたんだが、話題のビルにやって来た。
中に入ると吹き抜けのある巨大な建物なのだが、左右に店が並んだ通路を歩いていてちょっとした違和感を覚えた。しばらく歩いてその訳が分かった。
通路がほんの僅か傾斜をしているのだ。それがどこまでも続いている。なんとこのビルは階段のないスロープだけで、らせん状に歩いて下から上まで行ける構造になっていた。
吹き抜け部分にはエレベーターもエスカレーターもあるので、歩きたくない人にも配慮はされている。
確かにおれの居た世界ではこんなビルが東京にあるとは聞いていないから、やはりここは違う未来なのかと実感させられた。
ただし、まだはっきりとは分からないのだが、未来は変化しても、過去は元の時点に戻れる。もし戻った時また違う世界なんてことになったら、それこそ収拾がつかなくなるからな。
幸いそれは無いようだ。
幸村にしてみれば、ここまででもショックがきついのだろうが、ダメ押しに、次は飛行機に乗ってもらう事にした。
モノレールに乗って羽田に行き、中部国際空港まで二人に空の旅を体験してもらおう。機内に乗り込むと佐助ははしゃいでいるのだが、幸村が黙りこくっている。
「幸村」
「はっ」
「大丈夫か?」
「あ、はい」
そしてレシプロではなく、全日空のジェット旅客機が滑走路を走り出すと、佐助が聞いてきた。
「えっ! 殿、こんなに早く走って、どこかにぶつからないですか?」
「大丈夫だ。ここは広いからな」
そして機体が空に舞い上がった。
「…………」
さすがの佐助も黙ってしまう。
幸村は下を向き、目をつぶってしまった。
ここまでやると、ちょっとかわいそうな気がしてきた。
そして機内サービスが始まる。一時間ほどの飛行なので飲み物だけだ。
CAさんが声を掛けてきた。
「お飲み物はいかがですか?」
「スープをお願いします」
おれは黙ってしまっている二人の為に、カップで提供される温かい飲み物を頼んだ。
幸い佐助も幸村も、このスープには満足したようだった。
やがて飛行機が中部空港に着き、飛行機内の狭い通路を出口に向かって歩いていた幸村、そこでにこやかに挨拶をしていたCAさんに、
「お疲れさまで御座いました」
両足をそろえ、手を膝に当てると深々と挨拶をした。
CAさんも思わず、深々と頭を下げてしまった。
そしてロビーを歩き出す。しばらくすると幸村がもじもじしだし、おれも尿意を感じていたのでピンときた。
「幸村、厠に行こう」
「はっ、助かります」
おれはパソコンを休憩用の椅子に置き、佐助に待っているように言ってそこを離れようとした、その時――
佐助の姿が突然消えた。
「あれ、さす――」
脱兎のごとく走り去る男の後を、佐助が追っているではないか。
すぐには何が起こったのか分からなかったが、
「あ、パソコンが無い。しまった、盗まれた!」
椅子に置かないで直接佐助に渡すべきだった。
だが、どんな男も走って佐助にはかなわないだろう。彼女の自慢は、山でイノシシと駆けっこをして追い着いたというものだからだ。
男は佐助に後ろから飛びつかれ、床に押し倒されたてしまった。騒ぎを聞きつけ、駆けつけた保安要員に男を引き渡した。
パソコンは無事戻ったので、ほっとする。