「佐助、大丈夫か?」
前作「おれは鶴松、江戸城を攻撃する」の続きです。
前回までの話は、主人公が偶然手に入れた古いパソコンを操作しているうちに、戦国時代の鶴松に転生。
秀吉の溺愛を受け成長した鶴松ですが、秀吉の死後は徳川家康との対決に突入して、幸村や、くノ一である佐助らと江戸城攻撃に向かいます。
三度の戦いを経て江戸城を攻略。その後大阪城の広間で佐助と向かい合う、というところで前作は終わりました。
戦国時代の鶴松に転生した時はパソコンを操作していたんだが、今回何もしてないおれは唐突に、また現代に戻って来てしまったのだ。ただし今度は佐助と一緒に。
あの汚れた古いパソコンは、まだ稼働していたのか……
ただ幸いというか、人気のない場所に転送された(?)ので、人を驚かせる事は無かった。
「佐助、大丈夫か?」
「はい」
隣に居る佐助は幾分こわばった顔をして、笑って見せた。
忍者猿飛佐助が、この程度の事で平静さを失うわけにはいかないのだろう。多分この娘の意識の内では、まだおれを警護するという任務が解かれてないと感じる。
見知らぬ街に突然タイムスリップしてしまったおれと佐助だが、二度目のおれはともかく、佐助は動揺を隠しきれないようだった。
ところがその佐助が、歩き始めるとすぐ、冷静さを取り戻したかのように見えるのだ。多分瞬間思考停止状態なのではないか。忍びとして数々の修羅場をくぐりぬけてきた者が身につけた、一種の自己防衛なのか。そのようにしてパニックになりそうな自分を本能的に抑えているんだろう。
おれの方は又転送されてしまったのかと状況はすぐ把握したので、服装をまず何とかしようとした。それに大阪と思われる街を和服で歩いている二人は、多少目立つという程度なんだけど、髪型がちょっと……
いずれにせよ現金が必要だ。すぐ古美術商を探した。
二人の着物はおれの小刀と共に、生活資金とするため売ることにした。特に小刀は古美術商の主人がびっくりして、思わぬ高値を付けてくれた。その主人が着物を扱う店も紹介してくれ、おかげで当座の生活費の心配は無くなった。
売る際に身分証が無いなどちょっとした問題はあったが、持ち込まれた小刀のとんでもない魅力が勝ったようで、なんとかなった。
というより、この時代はおれの居た社会とは少し違う気がする。はっきりとは分からないのだが、何かが違うのだ。
試しに公衆電話を探し出して、すぐ自分の家に掛けてみたが、繋がらない。「この電話は現在使用されておりません」とメッセージが来た。
ネットカフェで調べてもTwitterなど、おれを特定するものは無い。さらに住んでいた所を、グーグルのストリートマップで見てみたが、アパートのあった場所には全然関係のない雑居ビルが建っていた。
「やはりそうか、面倒なことになったな」
「殿」
「ん?」
「どうかなされましたか?」
佐助が心配そうな顔でおれを見ている。
「いや、何でもない。心配するな」
おれは無理に笑って見せた。
この世界は、SFでいうタイムパラドックスとかパラレルワールドといった矛盾が生じているのかもしれない。いや矛盾ではなく現実か。
まあ無理に考えても仕方ない、ありのままを受け入れるしかないのだ。
おれがちょうど大阪城の一室で佐助と一緒に居た時、なんの前触れもなく、鶴松に転生したのと同じことが再び起こってしまったのだ。
現金を手に入れ、着物を売った店で間に合わせの服を借りてユニクロに行った。佐助は何も言わないから、ブルーのジーンズとベージュのカットソーを買い、スニーカーを履かせることにした。おれは黒のスキニーパンツに濃紺のシャツを選ぶと、おれの方が忍びの者みたいな感じになる。だが二人とも無難なコーディネイトだ。
着替えた後は髪型も変える。いつも頭の上でまとめていた髪を下ろし、ロングへアーとなった佐助はなかなかのスタイルをしていることが分かった。おれも頭の一部を剃るなどという事は、ずっと拒否していたので、床屋に行けば解決した。
函館で撮影されたという土方歳三の写真だって現代風の髪型なんだから、そんなにおかしなことは無いと思うんだが。佐助はなんとも言えないといった目でおれの髪を見ていた。
その後はふと気になり、東京に行こうと、新幹線に乗ることにした。江戸城跡地に行けば何かが変わるかもしれない。そんな気がして行くことにしたのだ。
という事情なのだが、これから乗ろうとしている新幹線より、佐助は始めて身に着けた服が窮屈なのか、気になってしかたないみたいだった。