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彼女の憧れ

※あらすじ、タグを見て不安に思われる場合は回避するよう、よろしくお願いします。こちらを読まなくても、この後の続編を読むのに支障がないよう書く予定です。

※年少者に閲覧を控えさせたい内容を含むため、R15指定とします。

 その人はちょっと居心地悪そうに、アウェイのこの場所に立っていた。


 ママ友と呼ばれる集団の中に、異物が一人。

 これが流行りの『主夫?!』―――と周囲が色めきたった。だって女性に養われる男性なんて、きっと頼りなくて自信なさげな容貌をしているんだろうと、みな決め付けていたから。


 それが、こんなに素敵な人だとは。


 ほどよく鍛えた長身に、優しげな甘いマスク。

 おしゃべり好きでは無い、けれども人を見下したりせず、話し掛ければ感じ良く答えてくれる。口調には、そこはかとなく知性が漂っている。随分後になるけれども、彼がついポロリとこぼしたのを聞き逃さなかった。日本でも有数の大手企業に勤めていたそうだ。聞いても何となくはぐらかされてしまうのだけれど、きっと大学もかなり良い所を出ているに違いない。


 この人は主夫にしかなれなかったから、主夫になったのではない。

 愛する妻を助けるために、自らその人を支える主夫業を選んだのだ。


 素敵過ぎる。まるで物語の騎士のようだ、と思った。


 昔夢中で繰り返し読んだ少女小説。そこに出て来る騎士は活躍する姫を護り、影ながらそっと支え、時には力強く手を引いて進んでくれる。

 私は昔、本気で小説のキャラクターに恋をしていたのだ。彼はその騎士にとてもよく、似ていると思った。


 気がついたらもう、駄目だ。彼と話すたびに胸が締め付けられるように疼く。


 一方私の夫は―――例えるなら剛腕で知られる、俺様気質の国王陛下。王宮中の女性が気まぐれな彼の一夜の情けを受けたいと、群がって来る。美しく傲慢で、人が自分に傅く事を当たり前と思っている。彼から欲しがることはない、群がる女性からその日の気分で気に入った相手を選べば良いだけだから。

 小説の中であれば。彼は隣国の凛々しくも美しい姫と出会って初めての恋に落ち、これまでの所業を悔い改め、彼女の心を掴もうと一念発起する……はずなのに。


 私は主人公の、自由気ままに王宮を飛び出す男勝りな姫様に憧れていた。彼女は魅力的な国王の執着を袖にして、愛する騎士と貧しくとも自由な暮らしを選ぶのだ……!


 でもそれは、本来の私から一番遠いキャラクターだった。


 私は常識の範囲から出るのが苦手だ。

 男性の社会に乗り込んで行こうとか、好きな事を仕事にして家から飛び出そう、とか考えたことも無いしそんな大それたこと、実際出来やしない。

 だからこそ、少女小説の主人公に憧れていたのだ。


 争いごとが嫌いだし、怒られると身がすくんで動けなくなる。だから、そこにいない誰かを貶めるような集まりは苦手。だって次は自分の番じゃないかって怖くなるから。

 噂話に相槌を打って「大変ね!」と相手に同意を示す。だけど調子に乗ってその人を更に攻撃するような台詞は言わない。そんな言葉を発したら最後、あっという間に私が悪者にされてしまいかねない。そしたら今度は、私がヒソヒソと貶められ、遠巻きにされる番だ。そんなのは耐えられない。


 だから私は女性の集団では慎重に振舞い、なるべく目立たない事を心掛ける。本心を慎重にオブラートに(くる)んで―――なんとか一日を、乗り切るのだ。


 当り前の毎日が……とても疲れる。


 なのに私を疲れさせるのは、日常の人間関係だけでは無い。

 最近、夫にまた新しい女の影が見えるのだ。


 わざと家に帰った頃合いを見計らって電話を掛けて来るのは、誰? クリーニングに出すスーツの残り香。ジャケットを脱がないと付かない場所、それでいて彼が気付かないようなシャツの一部にうつった口紅。ポケットの中の長い、色素の薄い髪の毛……


 しかしあの俺様な夫は、遊び相手の女性にやすやすと主導権を渡したりはしない。


 だから彼の隣を手に入れたいなら彼に泣きつくより、平穏な暮らし謳歌している、危機感の薄い妻を攻撃した方が早い、そう言うことだろうか。だとしたら……お生憎さま、だ。

 以前同じような手段を使った女性は、彼から待遇の良い遊び相手の地位を剥奪されてしまった。彼は正妻を()げ替えるつもりは無いのだ。だって彼にとっての『妻』は、イコール恋愛相手ではない。それ相応の家柄があって、従順に家庭に収まり決して余計な真似はしない―――仕事に都合の良い添え物であれば良いのだ。




 悠馬(ゆうま)さん。―――夫と全然違う性質の、男の人。




 私は心の中で密かに、彼を下の名前で呼んでいた。実際呼び掛けるときは、勿論「(みつる)ちゃんパパ」だ。皆の前で親しげに名前でも呼ぼうものなら、どんな心無い噂を広められるか分かったものでは無い。


 悠馬さんが、私の旦那さまだったらなあ。


 それならばきっと、彼は大手企業に残って出世して、今頃かなりの地位にいたことだろう。帰りは遅いかもしれない。けれどきっと浮気なんか、しないはず。

 平日はゆっくりできない代わりに土日は家族で遊園地とか、動物園に遊びに行くの。サンドイッチを作って、から揚げとか? ソーセージとか? 意外と子供舌だったりして。ふふっ! 彼の好物をたくさんバスケットに詰めてブランケットも持って出掛けるの。

 それとも、前日から腕によりを掛けた、手の込んだ料理の方が喜ぶだろうか……?


 最近の私の癒しは『悠馬さんと結婚したら』というテーマで妄想をすること。


 隣に立つ機会がある時は、それこそデート気分。色んな設定を頭の中で想像して……そうするとドキドキしてきて、胸がきゅんとする。こんな気持ちは本当に久し振りだ。細胞が隅々まで、生き返るみたい。生まれ変わったような、そんな素敵な気分になる。




 妄想するだけなら、大丈夫だよね。

 だって、夫は妄想どころか実際にあちこちで浮気三昧なんだから、私にだってこれくらいのささやかな楽しみは―――許されるはず。

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