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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第八章】プット・ア・スペル・オン・ミー
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87.4話 REC Track 02 SAKU

 昨日の琴さんはすごかった。


「ドラムの表現力を上げるために重要なのは脱力だってのは有名な話だけど……体力を使い切って強制的に脱力状態に持っていったドラマーは、30年間で初めて見たよ」


 レコーディングスタジオのオーナーである小林さんもそう唸っていた。ベッドに入っても、その時の様子を思い出すと興奮して寝付けなかった。


 琴さんは元々確かな腕前を持つドラマーだ。だけどそれに満足することなく、より高みを目指した結果があれだ。

 あんなものを見せられては、俺なんかがただ全力を尽くすだけでは到底足りないだろう。だが今からじゃどうしたって、劇的な技術向上は起こりえない。精神と時の部屋でもあるって言うなら話は別だが。


 だからと言って、腐ってなどいられない。


 技術的な面で琴さんや京太郎に敵わないのは最初から分かっていたことだ。俺にできることの上限は決まっている。それでも、100%を出し切るのは簡単じゃない。妥協せずにそこに近づけることが、俺のやるべきことなのだ。


「それじゃ、今日はベースを録っていこうか」


「頼んだぞ、朔」


「頑張ってくださいね!」


 朝イチの現場に琴さんは来ていない。さすがに昨日の追い込みが響いたのか、午前中は休ませて欲しいと連絡が来ていた。


「俺はやるぞ俺はやるぞ俺はやるぞ」


 モニタールームと演奏を行う部屋の間にある分厚い防音扉を閉じると、しんとした静寂が待ち構えていた。

 キーンっと耳鳴りがして、これから始まる戦いの過酷さを予感せずにはいられない。気を入れなおすために頬を叩き、モニター用のヘッドフォンを装着して、新しく手に入れたベースアンプのスイッチを入れた。


「それじゃあ、何の曲から録っていこうか」


 ヘッドフォン越しに小林さんの声が聞こえてくる。


「少し待っててもらえますか?」


 技術面は一朝一夕では上達しない。そんな俺が昨日の琴さんの頑張りに応えるために何ができるか、それを考えていた。


「おーい、まだかぁ~? どうかしたのか?」


 30分経っても演奏を開始しない俺に、京太郎が我慢しきれず声を掛けてきた。


「もうちょっとだから」


「何だよ、昨日の琴さんみたいだな」


 技術で劣る俺が琴さんや京太郎に負けないもの、それは()()()()だ。だから、とにかく音作りに妥協しないことを決めていた。


 アンプのパラメトリックイコライザーを1度捻り、グラフィックイコライザーを1mm上下させる。コンプレッサーとサブハーモニクスを僅かに加え、エフェクターで歪みを調節していく。

 LOW(低音域)を上げれば迫力が増すが、音のまとまりがなくなる。MIDDLE(中音域)を上げれば音抜けが良くなるが、音の輪郭がぼやける。HIGH(高音域)を上げれば音の輪郭がハッキリとするが、耳に痛い音になる。音作りの基本中の基本を思い出しながら、いつもは「大体こんなもん」というところで満足していたセッティングを、とにかく煮詰めてスイートスポットを探していく作業が続いた。


 弘法筆を選ばず、という言葉がある。音楽の世界にも似たような認識があり、優れたプレイヤーは粗悪な楽器を使っても良い音を奏でると言われている。

 だが、俺はそうは思わない。正確には、弘法大師にも限界があると思っている。世界一のベーシストが素人セッティングで演奏をした場合と、俺が世界一のセッティングで演奏をした場合、どちらが良い音を響かせるのか。今回は、そこを突き詰めてみようと考えたのだ。


「おーい、朔~」


 セッティング開始から1時間。3弦を開放で鳴らしたとき、思わずにやけてしまった。ついに俺が思う最高の音に辿り着いたのだ


「それじゃあBeautifulから、よろしくお願いします」


 最高の音で行うレコーディングは順調に進んだ。


 ……という訳ではない。技術が向上したわけではないので、そこからの7時間は当然のように苦戦を強いられた。

 だけどきっと、俺にできることは出し切ることができたと思う。遅れてやってきた琴さんの表情が、それを教えてくれた。

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