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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第八章】プット・ア・スペル・オン・ミー
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87話 ライバル

 10月1日金曜日、この日からcream eyes二度目のレコーディングが始まる。駅前での待ち合わせに遅刻者はゼロだった。


「うっし、そんじゃ行きますか!」


「何や朔、えらい気合入ってるやん」


「そりゃそうですよ。何せ全国ツアーに向けたレコーディングなんですから!」


 気合が入っている理由はそれだけではない。


「……みんな、マリッカのベーシストって今誰がやってるか知ってる?」


「ベースはサポートやろ? 前に朔も誘われてたやん」


「有名なサポートミュージシャンがついたとか? 亀山さんとか」


「それがさ、正式メンバー決まったみたいなんだよ。しかも、この前対バンしたlalalapaloozaの牡丹」


 夏合宿でコピーをした時、マリッカのベースについて特に思うところは無かった。サポートメンバー故か、良く言えば癖の無い、悪く言えば個性の無いベースラインだったからだ。バンド全体の完成度は凄まじいが、ベースの個性についてはアドバンテージを取れると自負していた。


 だが、牡丹がベーシストとして加入したとなれば話は異なる。lalalapaloozaの中でも圧倒的な存在感を放っていた牡丹なら、今までのような無難なベースラインでは収まらないだろう。きっと強烈な個性を発揮するはず。だからこそ、より一層気合が入るというものだ。


「はー、ホンマに? 世の中狭いもんやねぇ」


 琴さんのリアクションは思いのほか薄かった。代わりに食いついたのは京太郎と玲だ。


「マジか! この前一緒になったのは偶然……なんだよな?」


「そういえばあの日、川島さんが『彼女を待たせるわけには』みたいなこと言ってましたよね……あれって牡丹さんのことだったんですかね?」


「そんなこと言ってたっけ? まぁブッキング担当は斎藤さんだったし、偶然だとは思うけど」


「何にしても、縁を感じるよな」


 これが運命というやつだったりするんだろうか。今度会った時、牡丹がどんなリアクションを見せるのか少し楽しみだったりする。


「でもさぁ、なんかマリッカと牡丹さんはあんまり合わなくね?」


「正直、俺もそれはちょっと思った」


 この前のライブを見る限り、牡丹はピックでゴリゴリ弾き倒すプレイスタイルで、ロックが似合うベーシストだった。マリッカはファンクやフュージョンの要素を取り入れたバンドなので、イメージがいまひとつ噛み合わない。


「でも、牡丹がやるって決めたんならキッチリ仕上げて来るんだろうさ」


 なんせ彼女はテリーの娘なんだから。と、口走りそうになるのを必死に抑えた。そもそも、そんな評価をされるのは彼女の本意ではないはずだし。


「ま、向こうが誰を連れてこようと構わんわ。ウチらはウチらで、できる限りをやるだけやし」


「ですね。牡丹さんは手強い相手ですが、私は負けません!」


「玲ちゃんが対抗心燃やすんは牡丹やなくて、ボーカルの莉子って子の方やろ」


「あ、確かにそうでした」


 玲は舌を出しておどけて見せる。だが、莉子こそかなりの強敵だろう。あの歌声は唯一無二だ。玲が負けているとはもちろん思わないが。


「そう考えると、みんなそれぞれ競い合う相手がいかついよな。玲ちゃんは莉子、朔は牡丹さん、俺は金髪イケメンのマシュー、琴さんに至ってはあの天才ダンボだぜ?」


「いいじゃん。何か少年漫画みたいな展開で燃えるってもんよ」


「あはは、確かにありそうですね」


「何や、みんな弱気なことを言うんやねぇ。確かにマリッカのメンバーそれぞれの力量は大したもんやろうけど、バンドの良さってのはメンバー皆の力が合わさって生まれるもんやん。その点で言えば、ウチはこれっぽっちも負けるなんて思うてへん。皆は違うん?」


「琴さん……」


 琴さんがいきなりかっこいいことを言うものだから、なんだか少し照れ臭く感じてしまった。でも、確かにその通りだ。


「そっすね! よっしゃー、また気合入ってきた!」


「琴さん、こいつちょろいっすよ」


「うるせー!」


「痛え!」


 からかってきた京太郎に低空ドロップキックをブチかます。そんな風にゲラゲラと笑いながら歩いていると、レコーディングスタジオのあるビルが見えてきた。


「そう言えばさ、朔のそのキャリーに乗ってるデカいの何?」


 ビルの少し手前で、京太郎が目ざとく俺の荷物について尋ねてきた。機材好きとしては見逃せなかったのだろう。新たな相棒のお披露目となる今日、俺自身そう聞かれることを期待していたのだが。


「これはね、ミ〇プルーンの苗木」


「お前のような苗木があるか!」


「へへ、これは先週買ったばかりのアンプヘッドなんだぜ。今回のレコーディングとツアーで使おうと思ってるんだぜ」


「お~、マジかよ! どこのやつ?」


Ashdown(アッシュダウン)


「良いじゃん! あのアナログメーターみたいなやつかっけーよな」


「むしろその見た目が気に入って買った感あるわ」


「それにしても、ついにお前もマイアンプに手を出したか~」


「まぁな。そういうお前こそ、そのデカいケースに入ってんのは家にあったアンプだろ? それ外に持ち出してんの初めて見たぞ」


 頑丈そうなキャリー付きのケースで運ばれてきたそれは、以前に京太郎の家に行ったときに見たことがある真空管のギターアンプだろう。ほとんど使われていないためサークルでの引き取り案も出たが、京太郎が拒否した代物だ。


「ふっふっふ。実はこれ、新しく買ったやつ。前のアンプは売りました」


「マジ? 今度は何買ったんだ?」


「マ……」


「ま?」


MATCHLESS(マッチレス)……」


「高級メーカーじゃねぇか! ってかいくらしたんだそれ!?」


「聞くな! 男気36回払いがこの先待ってるんだからよ……!」


 俺たちがキャッキャはしゃいでいる様子を、女性陣は子供を見守る母親のような目で見ていた。


「男ってこういう機材とかの話好きよなぁ。バンドマンに限らんけど」


「そうですね。うちのお父さんもテレビ買い替える時に、やたらとスペックにこだわってましたもん。そんでどんどん予算が上がっていって、最終的にお母さんにめちゃくちゃ怒られてました。でも、私ももっと機材とかの勉強した方が良いのかなぁ」


「まぁ、そのうち自分で必要性に気付いたらでええんちゃう?」


 アンプと言う頼もしい機材を手にした俺と京太郎は、早くそれを試したい気持ちでいっぱいだった。


 今回のレコーディングは三軒茶屋にある個人経営のスタジオで行う。小さくて古いビルの一室だが、メジャーデビューを果たしたアーティストも多数利用実績のある、創業30年を迎えた老舗だ。

 ビルのエレベーターが2階につくまでのわずかな時間も、ソワソワが止まらない。ドアが開くと、小さなカウンターに50代くらいの男性が立っていた。


「いらっしゃい」


「予約していたcream eyesの一ノ瀬です」


「はじめまして。オーナーの小林です。今回の予定は一週間で5曲だったね。かなりタイトになるけど、大丈夫かい?」


 グレイカラーの長髪を後ろで結び、立派な髭を蓄えた「ダンディ」としか形容しようのないオーナーが優しく声を掛けてくれた。


 ネットで調べた情報によると、実績のある老舗レコーディングスタジオでありながら基本的にはずっと一人で作業をしてきたらしい。ホームページの更新も自分でやっているようだ。


「はい。一生懸命頑張ります!」


 玲が意気込んで返事をすると、オーナーは軽く笑いながらそれをたしなめた。


「ははは。良い意気込みだ。でもね、一生懸命頑張るっていうのは作品を作るうえで当たり前の事なんだよ。例え一生懸命頑張っても、出来上がった作品のクオリティが低ければ誰もそれを評価してくれやしない。それをしっかりと理解していないと、ただの自己満足で終わってしまうからね」


「な、なるほど……」


 いきなりの先制パンチ。穏やかながら、厳しさも感じる言葉だった。


「聞き手からすれば、ウチらが頑張ったかどうかなんて関係あらへんもんなぁ」


「曲を聞いて良いか悪いか、それが全てっすよね」


「その通り。時間は限られているが、その中でどれだけクオリティに妥協せずにやれるか、それが重要だ。そうすれば、必然的に一生懸命にもなるだろう?」


「そうですね……はい! 私、一生懸命頑張ります!」


「玲、お前……」


 これには小林オーナーも苦笑いだ。だが、玲はもちろんふざけているわけではない。馬鹿ではあるかもしれないが。ただひたすら純粋に、自分のできることを全部出し切ろうとしているだけなのだ。


「それじゃあ、さっそくドラムから()っていこうか」


「琴さん、頑張ってください!」


「任せとき」


 こうして、レコーディングは始まった。一日8時間かけて、各パートが自分たちの楽曲に本気で向き合い、しのぎを削って魂を込めていく、真夏の太陽のように熱く眩しい一週間が。

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