78話 大物
「どうする?」
「もうええんとちゃう?」
「とりあえず様子を見に行ってこようか。みはるん一人で大変だろうし」
「私、ちゃんと皆さんの顔を見て言いたいです」
「そっか。そんじゃ行くか」
「了解、リーダー」
ライブ前は玲や琴さん目当てに来る観客がどんな人たちなのかわからなかったため、安全策を取り女子二人には引き篭もってもらっていた。ライブが終わった今、外に出るかは判断に迷ったが、玲たっての希望もあり挨拶に出ることにした。
いざBGMの流れる明るいフロアへ。俺を先頭にcream eyesのメンバーが現れると、いち早く気づいた観客の男性が駆け寄ってきた。
「ライブ、めっちゃ良かったです! あの、よかったら握手してもらえませんか?」
「え? あ、はい」
咄嗟に手を差し出して握手をしてみたものの、男性は不思議そうな顔をしていた。俺も多分同じ顔をしていたと思う。
「……? ありがとうございました?」
よくわからないと言った表情のまま、男性はフロアの中央へと戻っていく。
「普通に考えて、握手したい相手お前じゃねーだろ」
京太郎のツッコミの後ろから、玲と琴さんがクスクスと笑っている声が聞こえる。
「あぁ、そういうことか」
平静を装ってみたものの、自分のしでかした謎ムーヴを思い出すと恥ずかしくて顔面が熱くなってくる。なーにが「え? あ、はい」だ。俺と握手して喜ぶ男がどこにいる。
「まぁ、いきなり握手ってのも考えもんやからなぁ。朔の対応はある意味正解やったんかもしれん」
「そう! そうれだよ。一人と握手したら、他の全員ともしなきゃいけないじゃん? そこはほら、レア感出していかないと」
「何だよレア感って」
「あはは、CD作ったら初回特典に握手券でもつけますか?」
「それやったら投票券も必要やな」
「それだけはやめましょう……」
そもそも何に投票するのかわからない。人気投票なら地味ポジションのベースが最下位になるのは目に見えている。
「あ、みんなお疲れ様ー!」
物販スペースでお客さん対応をしていたみはるんが、大声を上げてこちらに手を振った。おかげで、俺たちに気づいていなかった人たちも含め、フロアにいた人全員の視線がこちらに集まってくる。
それまでチラチラ見ているだけだった人たちも、何かしらのアクションを起こそうとしているのだろうか、一様にモジモジしている。きっと、最初の一人が動き出すのを待っているんだろう。そういう意味では、先ほどの男性の行動は勇気あるものだったと言えるのかもしれない。
「みはるんさーん!」
玲は負けじと大声を上げてみはるんに駆け寄り、そしてそのまま抱き着いた。
「おぉ! どうどう」
みはるんは驚きながらも、子犬でもあやすかのように玲の頭を撫でていた。この二人、いつの間にこんなに仲良くなったんだろうか。
「イィ……」
「イィヨネ……」
そんな女子二人のスキンシップを見て、フロアに残っていた観客から奇妙な鳴き声が聞こえてきた。朗らかな顔をしているのだから、悪い意味ではないんだろう。琴さんは何だか苦い顔をしていたが。
ひとしきりみはるんとのスキンシップを堪能した後、玲はフロアに残る観客に向かって頭を下げた。
「今日はありがとうございました! よかったら次のライブも観に来てくださいね!」
多分、今日のライブを否定的に捉えている人もいただろう。その場にいた全員が満足しているなんてことは無いはずだ。だが、玲の表情があまりにも晴れやかだったためか、ただただ暖かい拍手だけが返ってきていた。
俺と京太郎と琴さんの三人も、深々と頭を下げた。その姿勢のまま横を見ると、二人がにやにやと笑っているのがわかった。これだけ多くの人に自分たちの音楽を聴いてもらって、拍手をもらうということは、単純に嬉しいものだ。
物販スペースにいると、何人かに声を掛けられた。良い音出してました、とか。エフェクターなに使ってるんですか、とか。途中のシャウトがよかったです、とか。演奏中の動きキモくていいですね、とか。最後のは褒められているのか微妙だったが、玲や琴さんだけでなく俺にも興味を持ってくれる人がいることがわかって、それもなんだか嬉しかった。
でもなんだか、まだいまいち実感が湧かない。
きっと俺たちは、すごいことをしたんだと思う。ブッキングライブで200人を集客したことのあるバンドが、果たして日本にどれだけいるのだろうか。もっとめちゃくちゃに喜んでも良いんじゃないか? 嬉しい気持ちはこんなもんなのか? そんな焦りにも似た気持ちを感じていた。
だが、今は何よりも安堵の気持ちが勝ったのだと思うことにした。不安だらけの今日のライブを無事に終えることができたと。何だか力が抜けていって、その場に座り込んでしまいたい気分だった。
そして時刻は22時15分。
残っていた人たちもほとんどがライブハウスを去り、各バンドが清算を済ませていく中、物販スペースに一組の男女がやってきた。
「君がこのバンドのリーダー?」
その姿を見て、先ほどまでの安堵感は吹っ飛んだ。ライブハウスに入る前に見かけた、その筋の男がそこに立っているではないか。室内なのにやはりグラサンをかけている。この人、お客さんだったのか。てっきり敵対組織の首でも獲りに行くんだと思っていたのに。
「え、えぇっと、はい。そうですけど……」
極力相手を刺激しないように、敵意が無いことを最大限に表現した返事をする。
「君はさ、どんなバンドが良いバンドだと思う?」
「はい?」
突然の問答に声が裏返った。これは何かの勧誘なのだろうか。迂闊に答えるとヤバい質問だったりするのかもしれない。
「ちょっと! 土田さんはいつも話が急なんですよ。彼、思いっきり警戒してるじゃないですか」
グラサン男の隣に立っていたのは、キャリアウーマン風の眼鏡が似合う女性だった。パンツスーツ越しでもわかるメリハリボディに一瞬目が奪われる。男の愛人だろうか。筋モンの愛人なら、もっとキャバクラ嬢みたいな盛りに盛った見た目でも良さそうなのに。
「あぁ、すまないね。僕は怪しい者ではないですよ」
男はそう言って名刺を差し出してきた。
「えっと、プロデューサー、土田 雅哉さん……し、シルバー・ストーン・レコード!?」
「え? なになに? シルバー・ストーン?」
京太郎が目の色を変えて話に加わってきた。声には出さなかったが、琴さんも明らかに驚いた表情をしていたし、音楽に詳しくない玲でさえ、その名前を知っているといったリアクションを見せた。
シルバー・ストーン・レコード。それは大手メジャーレーベルの一角。俺たちが初めてコピーしたシンガーソングライターのモリクマこと森野 久麻を擁し、かつてはRolling Cradleも所属していた「バンドに強い」レーベルだ。
近年はバンドという音楽形態自体が流行から外れ始めたため、業績は悪化しているという話を聞いたことがある。だがそれでも、メジャーデビューを目指している多くのバンドは「所属できるならシルバー・ストーン」と考えていることだろう。
「ではもう一度聞こうか。君は、どんなバンドが良いバンドだと思う?」
先ほどとは違う緊張が俺を襲った。今まで生きてきたどの場面よりも、プレッシャーが半端じゃない。この質問の意図は何だ? 俺の回答次第ではもしかしてメジャーへの道が開けたり、なんて展開が待っているのか? もし、土田さんの気に入らない回答をしてしまったら……?
「えっと……」
良いバンドとは何か。プロでやっていくなら、やはり売れるバンドだろうか。それとも、求められる音楽を作れるバンド? でも、それじゃありきたりのような……
「難しく考えなくていい。素直に、思ったことを言ってほしい」
メンバーのみんなが、固唾を飲んで見守っている。俺が思う、良いバンドとは……
「聴いていてワクワクする、自分もバンドを始めたいと思えるような……そんなバンドが、良いバンドだと思います」
それは俺が心から愛するバンド、Jone Jett's Dogsに抱いているイメージだった。
「ふむ」
土田さんはそれだけ言うと、渡した名刺にボールペンで何かを書き始めた。
「あとでメッセージ送っといてくれるかい?」
土田さんが書いたのは、スマートホンのメッセージIDだった。
「ほら、もう行きますよ。彼女をあんまり待たせるのも悪いですし」
「あぁ、そうだったね。それじゃあ、僕たちは行くから。あ、このフライヤー、一枚もらってもいいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
土田さんと女性は、フライヤーを受け取るとそのままライブハウスを出て行った。
「め、めっちゃ緊張したぁ……」
「おいおいおいおい! あれで良かったのか? あれで正解だったのか!?」
「知らねーよ! いきなりあんなん聞かれて、どちゃくそテンパったんだからな!」
「カーッ! でも変なことは言ってないよな? な?」
「やかましいわ。そんなん今気にしたってしゃあないやろ。しっかし、あんな大手のプロデューサーはんが見に来とるとはなぁ。正直驚いたわ」
玲はスマートホンを取り出し、素早いフリック操作を披露した。
「土田 雅哉で検索っと……あ、すごい! さっきの人、ウィキに個人で載ってますよ!」
「マジで!?」
「えっと……土田 雅哉は神奈川県秦野市出身のミュージシャン、音楽プロデューサー、ギタリスト。『Hail to Reason』のヒットで知られるグリース・ロミオのリーダーとしてメジャーデビュー」
「グリース・ロミオ、か。名前は聞いたことあるな」
「バンドの解散後はプロデューサーとして多くのミュージシャンを手掛ける。プロデュースした主なミュージシャンはRolling Cradle……」
そこで全員の時が止まった。
「ロークレのプロデューサー!!??」




