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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第七章】オン・ユア・マーク
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75話 気に食わない

 一番手のβエンドルフィンがステージに上がると、そこには想像以上に過酷な現実が待っていた。


 わざわざ俺たちを挑発しに楽屋まで来たボーカルの人間性はともかく、βエンドルフィンの演奏は悪くなかった。いや、むしろかなり格好良かった。

 UKロックの雰囲気を感じさせる楽曲は俺好みだし、演奏技術もステージ構成もレベルが高い。あの一件が無ければ、打算ありありで仲良くなりたいと思っていたところだろう。


 だが、観客たちはほぼ無反応だった。100人近くもいるのに、音楽に乗って体を揺らす人が見当たらない。それどころか、演奏中にスマートホンをいじりだす人までいる。やはり、純粋に音楽を楽しみに来た人は少ないのかもしれない。

 ボーカルは明らかに焦り、苛立っていた。観客が少ない状況でリアクションが無いのであれば、それはまだ納得ができる。だが、今回はすでに100人余りが集まっているのだから、そんな言い逃れはできない。


 最後まで盛り上がりを見せることなく、βエンドルフィンの出番は終了した。ざまあみろと言いたい気分も失せるほど、同情の気持ちが湧いてしまうような惨状だった。


「お前ら、何しに来たんだよ。女のケツを追っかけるなら他所でやれ」


 ステージから降りる間際、ボーカルは捨て台詞を吐いた。それに対して激しいブーイングが巻き起こる。皮肉にも、彼らが唯一観客を盛り上げた瞬間だった。もちろんマイナスの意味でだが。


「あれはダメだね」


 観客の合間を縫うようにして、牡丹が俺の隣にやってきた。


「盛り上がらないのを観客のせいにした時点で、あの人たちに同情の余地は無くなったよ」


「手厳しいな。まぁ、俺もあいつら嫌いだから別にいいけど」


「え、何? 何かあったの?」


「まぁ、さっきちょっとね」


「詳しく聞かせてよ」


 俺は先ほどの楽屋での経緯を説明した。


「なるほど。琴は男前だねぇ」


「だよね」


「ま、あのβエンドルフィンとかいうバンドの言うことも、わかんないこともないんだけどね」


「何だよ、牡丹まで」


「あはは、怒らないでよ。さっきも言ったでしょ。アタシだって最初は朔たちのことをクソバンドだって思ってたって」


 確かに言っていた。でも、曲を聞いたら考えを改めたとも。


「アタシはさ、たまたまcream eyesの曲が好きになれたから好意を持って接することができたけど、そうもいかない人の気持ちもわかるって話。だってさ、真面目に音楽に取り組んでいる人ほど、cream eyesの注目のされ方は納得いかないもの。言い方悪いけど、バンドなのに音楽が注目されたわけじゃないでしょ?」


「それは、まぁ……」


「例えば音楽番組でさ、大注目のイケメンバンド! とか、メンバー全員が美少女のガールズバンド! とか紹介される新人がいたら、朔はどう思う?」


「チャンネル変えるかも」


「でしょ~?」


 音楽に真面目に取り組んでいるからこそ、音楽性以外のところが注目されているバンドを受け入れられない。確かに、自分が逆の立場だったとしてもそう感じたかもしれない。むしろどんなに音楽性が良くたって、「こいつらは顔が良いだけだ」と穿った見方をしてしまう可能性だってある。


「だからってβ何某(なにがし)の肩を持つ気はさらさら無いけどね。自分たちの音楽にプライドがあるなら、お客さんを盛り上げられなかったのは自己責任だと考えるのが筋じゃん? 朔たちに嫌味を言うくらいならなおさらだよ。実際、彼らの演奏は悪くなかったけど、興味の無い人を惹きつけられるほど良くもなかったってことなんだよ」


「……牡丹は、今日のお客さんを盛り上げる自信がある?」


「別に自信なんて無いよ。気合い入れなきゃいけないなとは思ったけど。ただ、お客さんはあくまでお客さんでしょ。別にアタシたちを接待しに来てるわけじゃない。楽しくないのに盛り上がってあげる必要なんて無いんだもの。対バンライブって、元々そういう場所だしね」


 だから、お客さんが盛り上がらないのは如何なる理由があろうとも自己責任。牡丹の主張には芯があった。父親譲り、ではないだろう。きっと、これまでの自分のバンド経験から導き出した答えだとわかる。


「牡丹はかっこいいな」


「うーん、男子に言われてもあんまし嬉しくないかも」


 女子だったら嬉しいのだろうか。そう言えば、可愛い女の子には目が無いとか言っていたな。あれ、この子もしかして……


「それよりさ、次始まるよ。ブライカン、だっけ」


「ん、あぁ。あの威勢の良い人」


「朔はさ、あのバンドはどうなると思う?」


「どうなるって、うーん」


 リハを聞いた限り、ブライカンの音楽はストレートなギターロックだった。目新しさは無いものの、演奏の安定感はかなりのものだ。だが、今日のお客さんの多くがもともと音楽にそれほど興味のない人たちだった場合、待っている結果はどうなるだろうか。


「正直、βエンドルフィンと同じ感じになると思う」


「ほほう。何でそう思うの?」


「今日のお客さんは、SNSでバズったcream eyesの女の子を見に来てる。言ってしまえば、音楽を聴くことが目的ではない人たちだから」


「なるほどね。その人たちを惹きつけるほどの魅力は、ブライカンにも無かったと」


「いや、そこまでは言ってないけど」


「まぁ、始まってみればわかるよね」


 話しているうちに、会場は暗転して入場SEが流れ始めた。それと同時に、お客さんがざわつき始める。


「この曲は……」


 老若男女、誰もが一度は聞いたことのあるロボットアニメの金字塔、そのオープニングテーマが会場に響き渡っていた。あちこちから笑い声が漏れ聞こえてくる。


「何だ。大雑把に見えて、こざかしいことしてくるなぁ」


 牡丹は不満げに呟いた。コミックバンドでもないのにウケを狙いに行く姿勢、確かに見ていて気持ちの良いものではない。


「あぁ、これが」


 牡丹の言っていた、俺たちの注目のされ方が納得いかないという気持ちがよくわかった。バンドなのだから、曲で、演奏で、パフォーマンスで観客を盛り上げろと言いたくなる。


「ジーク・ジ○ン!」


 ロボットの銃撃戦を模したようなコミカルな動きでステージに上がったブライカンは、最初の一言で全てを台無しにした。


 誰が見てもわかる悪ノリ。入場SEだけならまだしも、明らかにバンドと関係のないアニメネタに走った安いMCは、観客たちの顰蹙(ひんしゅく)を買っていた。「こうすればお前らは喜ぶんだろ?」という、明らかにこちらを馬鹿にした意図が見え見えだからだ。根は悪い人じゃないと思ったが、それも怪しく思えてきた。


 もう笑っている観客は一人もいない。βエンドルフィンの時以上に、寒い空気が漂っていた。


「おいおい、どうしたんだよ! もっと楽しもうぜ?」


 ブライカンのボーカルは、精一杯余裕ぶって曲の合間にMCを挟んだ。けれど、誰も反応を返さない。ボーカルの顔に、あからさまな苛立ちが見て取れるようになってきた。


「あれはもう駄目だ。馬鹿にされてまともに相手する観客はいない」


「朔もけっこう厳しいこと言うね。アタシもそう思うけど」


「体育会系はこれだから嫌いなんだ。自分たちが面白いと思ったことに反応しないと、すぐに不機嫌になる。なんでお前らのご機嫌とって笑わなきゃなんないんだって言うあれね」


「あははは! 急に黒い部分出過ぎじゃない? 体育会系だって人それぞれでしょ」


「あの人見てるとどうもね」


「ま、アタシはそういうとこも嫌いじゃないけど」


「ふ、ふーん」


「照れてる照れてる。かわいい」


 牡丹はどこまで本気なんだろうか。今のところ、からかわれているだけにしか思えないが。


「それじゃ、アタシは準備してくるから。ちゃんと見ててよね」


 でも好意の無い人間にこんな態度は見せないだろうし、もしかして、俺ってばいつのまにか魅力的な男子に成長してしまったのだろうか。


「朔、聞いてる?」


「え? あ、あぁ。がんばって」


「もうちょい気の利いた台詞ないの?」


 急にそんなことを言われても、ウィットに富んだジョークを飛ばせるインテリアメリカ人でもない限り難しいだろう。でも、魅力的男子としては何か良い感じのことを言いたかった。


「良いニュースと悪いニュースがある」


「ほほう」


「……ライブが終わったら教える」


「あはは、何それ!」


 牡丹は顔をクシャクシャにして笑いながら、控室へと向かっていった。良いニュースと悪いニュース、それを言ってみたかっただけでオチなんて無い。後で考えておこう。

 ふとステージを見ると、意気消沈したブライカンが最後の曲を終えたところだった。客席は先ほどにも増して冷え切っている。この空気の中、lalalapaloozaはどんな演奏を見せてくれるのだろうか。少しも気後れした様子の無い牡丹に、純粋に興味が湧いてくる。


「さっくんはさぁ」


 みはるんはえらく不満げな顔をしていた。


「あの子のこと、どう思ってんの?」


 まぁ、みはるんならそう聞いて来るだろう。


「どうって、今日が初対面だからなぁ。ノリが良くて良い子だとは思うけど」


「そうじゃなくって! 可愛いって思う? 付き合いたいって思う? って聞いてんの!」


「みはるん、ストップ」


 興奮した様子で立ち上がったみはるんを、京太郎が珍しく険しい顔で諫めた。


「色々聞きたい気持ちもわかるけど、その話はライブが終わってからにしよう」


「だって……」


「みはるんならわかるよね?」


「……うん」


 みはるんは風船の空気が抜けたみたいに、しょんぼりと椅子に座った。何を言いたかったのか、それはわかっている。ほんと、今日の京太郎には感謝しなきゃいけないな。


「ありがとな」


「しっかりしろよ」


「あぁ」


 セッティングを終えたlalalapaloozaは、ステージを降りなかった。入場演出無しで、そのまま演奏に入るつもりなんだろう。何とも潔い。


 暗いステージにスポットライトが浴びせられると、その光を一身に受けたギターボーカルが声を上げた。


「パーティを始めよう」

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