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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第六章】ライク・イット・オア・ノット
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69話 The time of my life

 今回はステージの上手側。いつもと違う立ち位置に少しの違和感を覚える。でも、しっかり様になっていた。

 彼女の前にはマイクスタンドも置かれていない。玲にとって初めてとなる、コーラスも無い純粋なギタリストとしてのライブが始まろうとしていた。

 演奏するApple Windowsは、イギリスのウィンチェスター出身のバンド。ソリッドでタイトなギターリフと、独特なリズムのボーカルが魅力の新進気鋭な5人組だ。


「このバンド名でUKのバンドってのがヤバい。メンバーは馬鹿かイカレてるかのどっちかだろ」


「配信停止になるんじゃないかとか噂されてたよな。でも曲はマジでカッコいい」


「ギターむずいんだけどなぁ。玲ちゃん大丈夫かなぁ」


「弟子を信用してやれよ。めっちゃ練習してたみたいだぞ」


 ステージに立ったメンバーは、ボーカル&ギターがケンさん、ベースが三年生の亮太(りょうた)さん、ドラムが四年生のノリさん、キーボードが二年生の(あや)と、サラダボウルでも指折りの実力派が揃っている。

 その中で、臆することなくステージに立った玲の姿は頼もしく見えた。そう言えば、ステージの下から玲を見るのは今回が初めてだ。くすんだイエローのレスポールジュニアは玲によく似合っていた。


「やろうか」


 ケンさんがそう言うと、玲はディストーションペダルを踏みつけて、イントロのリフを刻みだす。ギター以外のパートが入らないテクニカルなフレーズは、ベーシストの俺が見ても、難易度が高いとすぐにわかるリフだった。

 表情に余裕は無かったし、ところどころラフにもなっていたが、玲はその難しいイントロを弾ききった。安堵したのか、口元が少し緩んだその瞬間、他のパートが曲に介入してくる。そこで観客席が一気に湧き上がった。鳥肌が立つほどかっこいい導入だ。


「After all nobody knows. No one knows.

 Lazy. Arrogance. Greed. What a stupid thing.

 I wanna break everything down.」


 ケンさんが流暢な発音で歌い始める。洋楽をコピーする時、ボーカルがカタカナ英語になると途端にダサさが際立つが、ケンさんにそれは当てはまらなかった。かっけぇ。


 一番緊張するポイントを過ぎたからだろうか、その後の玲の表情は笑顔が溢れていた。ボーカルと掛け合うようにギターリフが多用された楽曲は、きっと演奏していて楽しいのだろう。何で俺がそこにいないのかと、もどかしく思うほどだ。


「Guitar!」


 ケンさんの声に応え、玲はディレイを踏んで前に出る。ギターソロでのアピールの仕方にものすごく既視感があった。京太郎にそっくりだ。師匠と仰ぐだけのことはあると言うべきだろうか。


 そんな風にして、思わず体を動かしたくなるようなダンサブルな楽曲を3曲披露し、Apple Windowsのコピーバンドは演奏を終了した。ステージを降りたところでメンバー同士ハイタッチをしている。皆満足そうな表情だ。新歓ライブの時みたいに、玲がメンバー全員に抱き着いたりするんじゃないかと少し心配したが、それは杞憂に終わった。


 楽器を片付けに行く前、玲と目が合った。


「お疲れ様」


「お疲れ様です!」


「ギタリストデビュー、どうだった?」


「……」


 俺の問いかけに、玲は無言のままとあるポーズで応える。


「そ、そのポーズは……ッ!」


 右膝を曲げて深く腰を落とし、左足は横に真っすぐ伸ばして、左手はギターのネックを掴んだ状態で、右手を高く掲げる。炎のような情熱と、氷のようなクールさを感じさせるポーズだ。それは、伝説的ギタリストが90年代初頭に発表したアルバムジャケットで採用したことで、今もなおバンドマンの間であまりにも有名なポーズ。


「くっそダセぇ!」


 そう、そのポーズはすさまじくダサい。


「あ、朔さん酷い!」


 そう言いながらも、玲は爆笑していた。


「そのネタ、どこで仕入れてきたんだよ」


「お父さんがCD持ってて、ギターやるなら聴いておけって言われたので。あまりにもジャケットのインパクトが強かったので、つい」


 玲のお父さん、やはり嫌々メタルバンドを組まされていたってのは嘘なんじゃ……


「ギターの神様降りてきた?」


「そんな大それたものじゃないですけど、何だか自分が自分じゃなくなったみたいでした」


 ステージに上がった玲はいつもそんな感じだが、歌わないライブというのはそれだけ新鮮だったのだろう。


「上手く吐き出せましたよ」


「何だ、せっかく喉に指突っ込んでやろうと思ってたのに」


「ガチで吐かせようとしないでください!」


 おどけて笑う玲を見て、俺は心底安心した。嫌なことがあっても、辛いことがあっても、玲は音楽を楽しんでいる。言葉だけじゃなく、演奏でそれを示してくれた。


「よっしゃ。そんじゃ俺もあとひとつ、気張っていきますかね」


 夏合宿のライブは長丁場だ。俺のもうひとつの出番であるマリッカのコピーはライブの終盤も終盤。JJDもApple Windowsも序盤で出番を終えたため、出番まで休憩時間も含めると5時間は間が空くだろう。しばらくは観る側でライブを楽しませてもらうことにする。


「次は奈々子さんのバンドですよ」


「奈々子親衛隊として本気出さなきゃ」


「朔さん加入してたんですか!?」


 当然嘘である。玲は笑いながら一年生の集まる場所へと戻っていった。


 その後も、激しい演奏で客席を汗だくにしたメタルバンド、ゆるい演奏で心地よい時間を演出したアコースティックデュオ、本気の振り付けとメイクで笑わせに来た京太郎参加のコミックバンド等、様々なバンドがそれぞれの演奏を楽しんでいた。どのバンドも、自分たちの色を出そうと頑張っていた。

 宿のライブスペースはそれほど広くない。サラダボウルのメンバー100名弱が集まると、体温と熱気で息苦しささえ感じるほどだ。でも、何故だかそれが心地良かった。


「次のあんたの出番、楽しみにしとるから」


 出番を終え、ステージから降りてきた琴さんに声を掛けられた。


「俺が何やるか、知ってます?」


「当たり前やん」


「怒らないんですか」


「別に。そんなことでウチが怒る思うてたことは腹立つけど」


 耳が痛い。まぁ、そう思ってたのは俺だけではないのだが。


「何(わろ)てんの」


「いや、すんません。でもそうですよね」


「何やそれ。で、出来の方はどないなん?」


「琴さんのドラムがいかに偉大か、改めて感じてます」


「そら上々やわ」


 琴さんは俺の回答に満足したらしく、にっこりと笑って客席に戻っていった。振り返らずに手を振る姿が、映画のワンシーンみたいに様になっている。


「よっしゃ! そんじゃ、楽しもうか!」


「おぉー!」


 一年生たちに発破をかけ、先陣切ってステージに上がった俺は客席を見回してみた。マリッカを楽しみにしてくれている最前列の一年生、我慢しきれず酒を飲み始める先輩たち、休憩がてら会場外の廊下で煙草を吸う人の姿もガラス越しに見える。誰もが自然に振る舞うその光景が、なんだかとても愛おしく思えた。


「No way out, ここにはもう I cannot be here.

 誰が何を言っても Pretend not to hear.

 それさえ億劫だわ」


 ボーカルの真菜ちゃんがギターに合わせて歌い始める。女声にしてはかなりキーの低いAメロだ。Bメロからベースとドラムが参加し、一気にキーの上がるサビへと突入していく。

 歌いこなすのはかなり難しい歌だが、真菜ちゃんは何とか歌い上げていた。他のパートのメンバーたちも、練習の成果を出そうと必死だ。俺はそんなみんなを何とか引っ張ろうと、大きめのアクションで合図を送りながら演奏を続けた。


 正直、当初目論んでいた「マリッカの曲を理解する」なんて余裕は全く無かった。でも、それよりも大事なことをこの合宿では学べた気がする。cream eyes以外のメンバーと()ることで、自分に足りないものがまだまだあるとわかったからだ。自惚れていたつもりはなかったが、最近自分の実力を過信していたような気がする。自分の実力なんてまだまだたかがしれている。


「ありがとうございました!」


 暖かい拍手の中、客席に向かってみんなで頭を下げた。緊張感から解放されたのか、難易度の高い曲をやり切ったことへの充実感からか、或いはその両方か、ステージを降りたところで真菜ちゃんは泣いていた。とても純粋な涙だと思った。


「それじゃあ、夏合宿の大トリだよ! 最後まで楽しんでねー!」


 会長のケンさんを中心に、奈々子さん、琴さんも参加したサラダボウルの幹部バンドが、この日最高の盛り上がりを見せ、長い長い夏合宿のライブは終了した。演者も観客も、等しくクタクタに力尽きていた。

 片づけが始まるまでの少しの間、俺は床に寝そべってボーっと天井を眺めながら考えを巡らせてみる。あとどれくらい、このただひたすらに楽しい場所にいられるのだろうかと。正しく祭りの後なのだから、少しくらいセンチメンタルな感傷を持ったって許してもらえるだろう。


 あぁ、本当に楽しくて、泣きそうな気分だ。

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