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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第五章】グローイング・アップ
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50話 夢見るように

 頭は冴えていた。高さ50cmのステージから、全てを見渡すことができた。何という万能感だろう。世界を手に入れたような気さえした。


 回るミラーボールの光と戯れながら演奏を再開すると、観客たちが一斉に跳ね上がる。何だこれは。何なんだこれは。一体何が起きたんだ。ひとつだけわかることは、俺たちが今、最高のライブをしているということだけだった。

 良い予感はしていたんだ。今日は上手くやれる気がしていた。だけど、あまりにも出来過ぎているようにも思えた。だって、見ず知らずの、今日初めて俺たちを見た人たちが、こんなにも熱狂してくれるなんて。この状況を、どれだけ夢見て憧れて来たことか。


 俺は曲と曲の合間に自分の頬を思いっきりつねってみる。めちゃくちゃ痛い。あぁ、夢じゃないんだ。


 スローモーションで飛び散る汗を目で追いかけながら、俺はみんなの顔を見た。琴さんも、京太郎も、良い顔をしている。琴さんと視線が合うと、前を向けと言われた。そんな声、演奏中に聞こえるはずがないのに。


 玲にはこの景色がどう見えているだろうか。たった二回目のライブで、この状況を作り出したという事実をどう受け止めているだろうか。当たり前じゃない。これはありえないことなんだ。とんでもなくすごいことなんだぜって、華奢な肩を叩きながら大声で伝えたい気分だ。

 俺の頭は、あまりにも多くの情報と感情が入り混じり、最高にハイってやつになっていた。


 「リバース・ラン」「すこし不思議」「Beautiful」と立て続けに曲を続けると、ホールはどんどん熱気に包まれていく。皆の汗で湿度が上昇するのを肌で感じた。


「ありがとうございます」


 Beautifulの演奏後、最初の挑発的な言葉とは打って変わって、玲は丁寧に頭を下げた。


「皆さんは、好きなことや夢中になれることがありますか?」


 穏やかな口調で玲が語り掛けると、観客たちは落ち着きを取り戻し、玲の言葉に耳を傾けていた。


「私は、つい3ヶ月前まで自分の歌声が嫌いで、人前で歌うことが苦手でした。バンドをやろうなんて考えたことも無くて、ただ何となく周りに流されて毎日を過ごしていたんです」


 その表情は晴れやかだった。先ほどの俺の思いはまったくの杞憂で、玲はしっかりこの状況を噛み締めていることが伝わってきた。


「私をこのバンドに誘ってくれた人は、私の歌声を聞いて、感動したと言ってくれました。すごく嬉しくて、バンドを始めてみたらすごく楽しくて……そして今日、こんなにたくさんの人が私たちの、cream eyesの音楽を聴いて楽しんでくれているのが伝わってきて、バンドってただ楽しいだけじゃないんだって、実感してわかったんです」


 玲の額から流れ落ちた汗が、細い顎を伝ってステージの上に滴り落ちる。観客から何か声が聞こえてきたが、何を言っているのか上手く聞き取れなかった。


「私は、歌を届けて、メンバーとの演奏を届けて、それを受け入れてもらうことの素晴らしさを知ってしまいました。きっと、もう何となく毎日を過ごすことなんてできません。もう、昔の自分には戻れません。歌わずにはいられません。だから……」


 マイクスタンドに体を預け、吐き出すようにそう言った玲は、最後に笑顔で観客に向かって言葉を投げた。


「ここにいる全員で、責任取ってくださいね」


 ホールは大歓声に包まれた。


 正直、俺もやられた。京太郎がステージの上手で胸を押さえている。どうやらあいつも同じようだ。後ろを振り返ると、琴さんは爆笑していた。

 俺は自分の頬を思いっきり引っ叩いた。もう夢じゃないことはわかっている。それでも嬉しくて嬉しくて、こうしていないと、この夢のような空間の中でまともではいられない気がしたからだ。


 琴さんがスティックを構え、最後の曲を始めるように促す。


 最後の曲は「残光」だ。


 京太郎のバイオリン奏法が、ざわめく観客を撫でるように優しく奏でられた。


「自由があって 電気も法律もない

 二人だけの ママもいない国」


 興奮冷めやらぬホールに静かに玲の歌が響き渡り、曲が終わると惜しみない拍手と歓声が送られた。cream eyes二回目のライブは、これ以上ない程最高の形で幕を下ろした。

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