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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第五章】グローイング・アップ
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49話 OVERDRIVER EXPLOSIVE ACTION

 セッティングのためにステージに上がると、会場は何か異様な空気に包まれていた。観客たちがざわついている。先ほどのnuclear(ニュークリア)のパフォーマンスを受けて、満足そうな表情を浮かべる者、怒りを感じさせるほど不満の表情を浮かべる者が混在していたのだ。

 しかも、どの観客も目当てであろうnuclearの出番が終わったというのに帰ろうとしない。観客同士で今の演奏はああだこうだと語り合っているようだ。


 人が残ってくれているということ自体はとても喜ばしいことなのだが、この会場の雰囲気は中々に刺激的に思えた。アウェー感というのともまた違う、そこに人がたくさんいるのに、誰も自分たちに関心を抱いていないという状況。これは、俺も初めての経験だった。


 だけど


「何か、楽しくなってきた」


 そう、こんな状況にもかかわらず、俺はワクワクしていた。不安はある。恐れもある。だがそれを、「この会場の雰囲気をひっくり返せたら」という期待が上回った。どこからそんな自信が湧いてくるのかは、自分自身でもわからない。

 セッティングを終えて舞台袖へ一度降りても、やはり誰もこれから演奏するcream eyesのことなど眼中に無かった。それは他のメンバーも感じていたようだ。


「なんか、いやーな雰囲気」


「なんやあれ。誰もウチらのこと見てへんやん。気に食わんなぁ」


「ですね。俺もこの雰囲気、ぶち壊したいです」


 先輩3人の発言に触発された、というわけではないだろうが、玲は顔を上げ頬を叩いて言った。


「黙らせてやりましょう」


 めちゃくちゃ強気な発言。


「いや、黙らせちゃダメでしょ」


 京太郎が意外に冷静に突っ込みを入れる。確かにそうだ。無関心なのは許せないが、黙られても困る。


「それじゃあ全員にタップダンス踊らせてやろう」


「いや、普通に躍らせてやろうじゃダメなのかよ。何でタップダンス?」


「何かいいじゃん。タップダンス」


「あはは、ええねぇそれ。まずは全員黙らせて、ほんで躍らせて、(しま)いにはひっくり返したろうや」


「そうですね。私、全員ひっくり返せるようにがんばります!」


「オセロかな?」


「師匠……?」


 玲の発言を茶化した京太郎に、鬼軍曹の影がちらついた。気が付くと、京太郎は敬礼のポーズをとっていた。


Yes Ma’am(イエス・マム)!!」


 俺たちはもう、シンタローさんとの約束のことは頭から抜け落ちていた。ここにいる大勢の無関心な観客たちに、自分たちの音楽を見せつけてやりたいと、ただ純粋にそう思っていた。


 会場が暗転する。それでも観客たちのざわめきは止まらない。だがそれでいい。その方がいい。


 俺たちはまた、舞台袖で右手を重ねていた。青臭くてたまらないが、これももう恒例の儀式だ。


「いくぞー」


「おぉー!」


 会場に流れていたBGMが止まった。そしてすぐさま、大音量の入場SEが流れ始める。バンドのジャンルとは全く異なるベースの効いたテクノサウンドでありながら、どこかcream eyesっぽさがあるという摩訶不思議なこの楽曲は、姫子が俺たちのために作ってくれたトラックだった。改めて彼女の才能を感じずにはいられない。

 このSEを耳にして、ざわめいていた観客たちの視線がステージに向けられはじめた。そして京太郎、琴さん、俺、玲の順番でステージへと登っていく。サラダボウルの身内以外の誰もが、nuclearと比較して若輩者の俺たちを冷ややかな目で見つめていた。


 そんな中、玲はスタンドのマイクに唇を寄せて、観客へ向かって語りかけ始めた。


「今この場に偶然居合わせた人たちは、ラッキーだったね」


 スイッチを切り替えたようにキャラが変わるこの感じを、俺はもう知っている。その頼もしさも。

 いきなり挑発的な言葉を発するその姿は、俺が心からリスペクトするJone Jett's Dogsのギター&ボーカルと重なる。彼もまた、少ない言葉で観客を煽り、そして熱狂させる人だった。


 だがまぁ、あまりにも生意気な発言ではある。観客たちの視線が、冷ややかなものから値踏みをするようなそれに変わっていく。正直に言うと、俺は少しビビっていた。まだ何の実績も無い、知名度も無い、どこの馬の骨かもわからないようなバンドのボーカルが、100人の観客を前にして啖呵を切ったのだから。でもそんな恐れもすぐに、胸と腹の間あたりを柔らかく締め付ける、心地よい緊張感へと変わっていった。


 今回はもう、玲の才能に頼らない。ステージに立っているのは、「cream eyes」なのだから。


 一曲目は「The Catcher in the Route246」


 京太郎の鋭いカッティング音とギターリフが空間を切り裂く。琴さんの力強い4つ打ちのバスドラムがそれを盛り立て、俺がいつもより大袈裟にグリッサンドを鳴らすと、玲は激しくコードを掻き鳴らした。


 観客の反応は鈍い。当たり前だ。誰も俺たちのことなんて知らない。だが、最前列の数人が顎を上下に揺らしてリズムを取っているのが見えた。俺たちのことを知らない誰かが、俺たちの音楽でノリ始めていた。

 前のライブの時とはワケが違う。今俺の目に映っている観客は、何の打算の必要もない、ただ評価するだけで良い立場の観客だ。誰が扇動したわけでもない。その観客がノッてきている。


 歌が始まると、リズムを刻む観客はさらに増えていった。


 俺の体は、得も言われぬ感覚に包まれていた。弦を弾く二本の指が、羽が生えたように軽い。左手の指が、驚くほど正確に動く。ドラムの音が、ヘッドホンからモニターしているのかと思うほどクリアに聞こえる。ギターも歌も、もちろん自分のベースの音も、ひとつの大きなうねりの様に感じられる。トランス状態というやつだろうか。こんな感覚は初めてだった。


 玲の歌に力が入っていく。その小柄な体からどうしてそんな声が出るのか不思議なほどに。リズムを刻んでいた観客たちが、徐々に体を揺らし始めた。それは伝染病の様に前後左右に波及していく。

 永遠にこの曲を演奏し続けていたい。そんな気持ちをよそに、演奏はラストを迎える。他のメンバーも同じだったのだろうか、まだ一曲目だと言うのに、全員で名残惜しそうに最後の音を鳴らしていた。


 琴さんのドラムが曲をしめると、会場は静寂に包まれた。そこにはもう、わずかなざわめきも無い。時が止まったようだった。

 普段なら委縮してしまいそうな空白だ。だが、ステージ上の俺たちは一人として不安を感じてはいなかった。もう誰も、俺たちに冷ややかな視線を寄越してはいなかったからだ。


 玲は、再び観客に向かって声を掛けた。


「全員でひっくり返ろうよ」


 そして静寂は、地鳴りのような歓声によって打ち破られた。

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