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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第五章】グローイング・アップ
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47話 飛んで飛んで回って回って

 7月27日火曜日。cream eyesとして2回目のライブを迎えるこの日までに、俺たちがやってきたとこがいくつかある。


 日々の楽曲の練習はもとより、ウェブで公開するための音源作成の他、SNSサイトでバンドのアカウントを開設した。広報担当はバンドの顔とも言えるボーカルの玲である。普段からSNSの更新頻度が一番高いからだ。話し合いの結果、情報の発信はライブ終了以降に行っていくことに決まった。

 バンドとしてSNSを利用することについて、琴さんは当初乗り気ではなかった。曰く、「アーティスト性が薄れる気がする」とのこと。だが、世界中の著名アーティストも広報活動にSNSを利用しており、現代においてSNSを活用した戦略は不可欠である等と必死に説得して、何とか納得してもらった。


「琴さんはモデル仲間とSNSで交流したりしないんすか?」


「斎藤ちゃんはやっとったなぁ。みんな何を投稿しとるんやろ」


「誰とどこに旅行したとか、美味しいもの食べたらその料理の写真とか、あとは日常思ってることを呟いてみたりとか……」


「それ見て何が楽しいん?」


「何が楽しいかと言われると……玲ちゃん、何が楽しいの?」


「えっと、旅行の写真なら楽しそうだな~とか、料理の写真だったら今度行ってみようかな~とか、そういう風にコミュニケーションを楽しむものだと思います。普段会えない人とはそういうとこでしか繋がれないですから」


「ふーん」


「あとは単純にいろんな情報が入って来るので便利だったりします」


「なるほどなぁ」


 SNSを利用することに納得はしたものの、それを使う心理はいまひとつ理解できないと言った感じなのだろう。俺自身も、SNSに登録して最初こそ面白がって色々投稿していたが、数か月もすると更新頻度は激減した。日々の生活の中で「誰かに見てもらいたい」と思う出来事などそうそう起こらないのだから仕方ない。

 だが、やはり今はネット戦略無しにバンド人気は拡大できない。一国の首相や大統領だって利用しているのだ。一歩間違えれば炎上のリスクはあるものの、これを利用しない手は無いだろう。


「玲、一応言っておくけど、肉の投稿禁止ね」


「え、ダメなんですか!?」


 玲のプライベートのアカウントは食べ物の話題がほとんどだ。念のため釘を刺しておいて良かった。危うくロックバンドではなく食いしん坊集団のアカウントになるところだった。


「バンドに関係ないじゃん……」


「せめてラーメンだけでも!」


「たまにな。たまに」


 ライブハウスの入り時間より前の午後1時、最後のスタジオ練習を終えた俺たちは、下北沢のカレー屋で昼食を取りながらそんな話をして笑っていた。


「よろしくお願いしまーす」


 2回目となるSILVETでのライブ、玲の挨拶も少しこなれた感じがする。ホールに入ると、ちょうど最初にリハを行うバンドがセッティングを始めているところだった。


 この日も5組での対バン形式なのだが、同年代のバンドが集まる中で異彩を放つバンドが一組。フリンジのついたウェスタン風なシャツにブーツカット、否、ベルボトムのジーンズを身に纏った、おそらく50歳は超えていそうな風貌の男性に、20代と思われる若い男女のメンバーと言う組み合わせのバンドが目を引いた。


「あのオジサン、どっかで見たことある気がする」


 京太郎は壮年の男性を見て、小さな声で呟いた。


「知り合い?」


「いや、そういうんじゃなくて」


「ウチもなんか見たことある気がするわ」


「琴さんもっすか?」


「二人とも見たことあるってことは、有名人とかかな」


「いや、どうだろ。たまにしか会わない親戚に似てる人がいるだけかも」


「琴さんと京太郎の親戚が似ているとは思えないけど」


「なんやろなぁ。こう、喉元まで出かかってるんやけど、もどかしいわぁ」


 ライブの前日に今日の出演バンドを調べていたが、その時は特に気になる情報は無かった。そもそも、こんな平日の対バンライブに有名人の所属するバンドが出るとも思えない。


 俺たちがリハを終えると、舞台袖で(くだん)のオジサンが率いるバンドが控えていた。今回も逆リハなので、どうやら俺たちのひとつ前に出演するようだ。


「今日は飛び入りだが楽しくやろうぜ。ボーカルの子、良い声じゃねぇか」


「あ、はい。よろしくお願いします」


「はっはっは、固い固い。楽しくやろうって言ってんだから。そんじゃ、また後でな」


 オジサンはものすごくフランクに話しかけてきて、俺の肩をバシバシと叩いた。なんだこいつと思ったが、その場は笑顔でやり過ごす。


「なんなんだ、あのオッサン」


「ライブハウスの人ともすげー気さくに話してたよ。まぁベテランなのは間違いないだろう」


「飛び入りって言ってたけど……飛び入りってなんだ?」


 様々な疑問が浮かぶ中、オッサンバンドのリハーサルが始まった。演奏されている音楽は、その見た目年齢にそぐわず、と言ったら失礼だが、かなり現代の流行を押さえた楽曲だった。打ち込みの音を使用したりと、演奏のレベルは相当に高い。何より、歌声に力がある。技術的に上手いというよりは、何故か説得力を感じる歌だった。経験の為せる業だろうか。


「はーい、それじゃあ本番もよろしくでーす」


「よろしくぅ!」


 ロケンローな感じでPAとやりとりするオッサンは、楽曲とは異なり、喋りに絶妙な古臭さを感じさせる。


「結構かっこええやん」


「確かに。何者なんすかね、あの人たち」


「ボーカルの人が持ってるギター、派手ですね~。でもかわいいかも」


GRETSCH(グレッチ)のホワイトファルコンってギターだよ。かっこいいよね、あれ。それにしても今どきフリンジのついたシャツ着てる人なんているんだなぁ。それとも実はファッション上級者の間では流行っているとか?」


「そないな話は聞いたことあらへんわ」


 その後すべてのバンドのリハーサルが終了し、開催直前の17時、前回同様出演バンドの顔合わせが行われた。


「えっと、今日は3番目に出演予定だったキャンドル・ジョンが急遽キャンセルになっちゃったので、ピンチヒッターとしてnuclear(ニュークリア)の皆さんに来てもらいました~。いやー、急だったのに快諾してくれてありがとうございました!」


「俺はライブができるならどこにだって行くぜ! しかも今回はノルマ無料(タダ)だって言うしな」


「ちょっとシンタローさん! そういう内情バラすのやめてくださいよ!」


「はっはっは。まぁ(じゅん)から誘われたら断れねぇからな」


 今日はブッキング担当の斎藤さんの他に、もう一人モヒカン頭にタトゥー&タンクトップといういかついお兄さんが顔合わせに参加していた。どうやらこの人がオッサンの言う「純」という人物らしい。


「ダメもとでシンタローさんに声かけたら、即答で”出る”なんだもん。暇なんすか?」


「言うじゃねえか。暇じゃなくてもライブができるってんなら俺は来るさ。ダメもととか言いやがって、わかってて声かけたんだろこの野郎」


「ま、そうなんすけど」


 二人のやり取りを他の出演者たちはポカンと眺めていた。なんだか妙に業界慣れした感じのオッサンの雰囲気に飲まれてしまっていたのかもしれない。


「ちょっと待てよ。シンタローって、もしかして……」


 京太郎はスマートホンを取り出して何やら検索を始めた。


「あ~~~~っ!」


 そして急に大声を発した。


「ビート・スペクトラム!!」


 オッサンを指差して必殺技名を叫ぶ京太郎。


「おい、人に指差すなんて失礼だからやめろよ」


 おれは若干引きながら京太郎の行為を咎めた。だが、先ほど京太郎が叫んだ必殺技名には俺も聞き覚えがある。琴さんもその名前に反応した。


「ビート・スペクトラムってあれやん、あの”夏が終わる前に”の」


「夏が終わる前に……あ! あぁ、ああああ!!」


 俺も京太郎に負けず劣らずの奇声を発してしまった。玲は俺たちの反応を不思議そうに見ていた。


 ビート・スペクトラムとは、今から20年ほど前に「夏が終わる前に」というシングルがスマッシュヒットを飛ばしたバンドだ。しかし、それ以外に売れたと認識される曲が無い、所謂一発屋である。「夏が終わる前に」はテレビで「思い出の名曲特集」みたいな企画があると、必ずと言っていい程取り上げられているため、俺たちの世代でも知っている人は意外に多い。

 そして、シンタローとはそのビート・スペクトラムのフロントマンの名前だったのだ。京太郎と琴さんがどこかで見たことがあると感じていたのは、テレビで見た顔の面影があったからだろう。


 表舞台から姿を消して、長い間人目に触れることの無くなったアーティストと言うのは、世間一般からは過去の存在として認識される。言うなれば、お伽噺の登場キャラクターの様なものだ。

 だがそのお伽噺のキャラクターは、今でも現役で音楽を続けていた。そして今、俺の目の前に立っている。その事実に、何か不思議な感覚を覚えた。


「何だよお前ら。亡霊でも見たような顔しやがって。ビート・スペクトラムなんて、随分懐かしい名前で呼んでくれるじゃねぇか」


「そりゃ驚くでしょ。一発屋として終わったと思ってた人がいきなり目の前に現れたら」


 シンタローさんは声を上げた京太郎と俺に不満げに言葉を投げかけた。それに対して純さんがツッコミを入れる。それにしても純さんとやら、あまりにハッキリ物を言い過ぎではなかろうか。


「俺は終わっちゃいねぇよ」


「知ってますよ。だから呼んだんじゃないっすか」


「はっはっは。お前言ってることがチグハグじゃねぇか! ま、そういうとこ嫌いじゃないけどな」


 シンタローさんの笑い声がホールに響く中、玲が俺に耳打ちしてきた。


「あの人、有名人なんですか?」


「ん、まぁ。有名なのは間違いないかな」


 正直言って、ビート・スペクトラムは一発屋の代名詞のような存在だ。有名人かどうかと聞かれれば有名人で間違いないのだが。良い印象ではないだろう。


「よし」


 玲は何かを決意したように呟くと。シンタローさんの所へと駆け寄っていった。


「今日4番目に出ます、cream eyesです。今日はよろしくお願いします」


「おう、よろしくな。お嬢ちゃん。さっきのリハーサル、良い歌声だったぜ」


「ありがとうございます! あの、良かったらなんですけど……」


「ん? 何だ?」


「一緒に写真撮ってもらえませんか? で、それSNSにアップしても良いですか?」


「ちょ! 玲!?」


 俺はひっくり返りそうになった。有名人だからと言ってアプローチが短絡的過ぎる。SNS広報担当となった責任感が暴走させたのだろうか。


「何で俺と写真を撮りたいんだ?」


 シンタローさんは少し機嫌を損ねたような顔をしていた。なぜそんな顔をしたのか、想像するのは簡単だ。おそらく、過去にも写真の依頼をされたことは何度もあるんだろう。そして、「伝説の一発屋、シンタローと写真を撮った」とネタにされて来たのだと思う。


「さっきのリハ、すっごくかっこよかったので! それに、有名人と写真撮ったってアップしたら、うちのバンドの宣伝にもなりますし。ダメですか?」


 玲は屈託のない表情で答えた。先ほどの反応からいって、玲はきっと一発屋としての彼を知らない。そのうえで、かっこよくて有名なバンドと写真を撮れば、cream eyesにとって良い宣伝になると考えたのだ。なんの他意も無く、純粋な気持ちで。


「ぶっ」


「ぶ?」


「ぶっはははははは!」


 シンタローさんの大きな笑い声が再びホールに響き渡る。


「なるほど、自分たちの宣伝のダシに俺を使おうってのか。良いねぇ。そういうの、嫌いじゃないぜ」


「ホントですか? それじゃあ」


「あぁ、写真でも何でも一緒に撮ってやるよ。ただし、ふたつ条件がある」


「条件?」


 シンタローさんは玲ではなく、俺たち三人の方に一瞬視線を寄越した。


「ひとつはお嬢ちゃんだけでじゃなくてドラムの姉ちゃんとも一緒に写真を撮ることだ。こう、俺を挟む感じでな」


 このスケベオヤジが! と突っ込む前に、琴さんがものすごくあからさまに不快な顔をしたので、俺からは特に何も言わなかった。シンタローさんは笑っていた。


「ふたつ目はもっと簡単だ。今日のライブで、俺を満足させる演奏をして魅せろ」

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