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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第五章】グローイング・アップ
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43話 決戦は金曜日

 金曜日の11時45分。姫子は広尾駅前に立っていた。着飾っているとは言え、18歳の少女にはあまり似合わない街だ。


「もうすぐ約束の時間だ」


「あのイケメン、まさかドタキャンとか無いっすよね?」


「まっさんは約束は守る人やから」


「うぅ~、なんだか私までドキドキしてきました」


 道路の向かいに陣取る4人の出歯亀に見守られながら、姫子はそわそわと約束の時間が来るのを待っていた。するとそこへ、街乗りにはそぐわない大きな車が現れた。その車に隠れて、姫子の姿が見えなくなってしまった。


「あのWRANGLER(ラングラー)、もしかして……」


「ジーパンがどうしたんですか?」


「ジーパンちゃうわ。あ、やっぱり!」


 琴さんが叫んだので、慌てて姫子の所在を確認するも時すでに遅し。先刻まで姫子がいたはずの駅前に、その姿は無かった。


「あのデカい車、まっさんのや!」


「マジすか!? 駅前集合だからてっきり電車移動かと」


「しゃあない。追うで」


 そう言うと、琴さんは駅前に停まっていたタクシーに素早く乗り込んだ。俺たちは慌ててそれに続く。


「前の車を追ってください」


「一度は言ってみたい台詞キタ!」


「お客さん、シートベルトはしっかりね」


 無駄にノリのいい運転手と共にテンションを上げながら追走を始めた。とは言っても、都心の道路では映画のようなスピード感溢れるカーチェイスは望むべくも無く、信号やら渋滞やらに巻き込まれながら、15分ほどで前を行くマシューの車は目的地と思われる大きな商業施設へと到着した。

 駐車場に車を止め、二人が車から降りてくる。助手席のドアを開けて、姫子をエスコートするサングラスをかけたマシューの姿は、なんだか悔しいが紳士(ジェントルマン)そのものだった。


「ここは……ギロッポンズーヒル?」


「運転手さん、ここでええわ」


「はいよ。何かわかんないけど頑張って」


 俺たちは会計を済ませて姫子たちの後を追った。


「飯でも食うのかな。こんなとこの店、いくらするんだ……」


 一般的な学生は六本木の高級店で食事をするなんてことは無い。万単位のランチが存在するなんて想像すらできないことだ。


「あ、エレベーターに乗りますよ! どうしますか?」


「私が行きます!」


 そう言って、玲がエレベーターに乗る人混みに紛れ込んだ。密室となる空間でも、人が大勢いれば小柄な玲なら気づかれにくいと判断したのだろう。


「53階で降りました」


 ほどなくして玲からメッセージが届いた。館内案内を確認すると、53階にあるのは美術館だった。


「こなれたデートコースでムカつくわ」


 琴さんのぼやきを小耳に挟みながら、次のエレベーターで53階へと向かう。受付の見える物陰に隠れていると、1時間ほどで二人が出てきた。その間、何人もの人に訝し気な視線を浴びせられたのは言うまでもない。


 マシューの隣を歩く姫子はめちゃくちゃ笑顔だった。原宿に行った時でさえ見せなかった、弾けるような笑顔だった。


「あんな顔、俺も見たことねぇぞ……」


 妹のデート風景を眺めるというのはどんな心境なんだろうか。京太郎は何とも言えない表情で談笑する二人を見ていた。


「この辺でやめとこか。あの感じなら、まっさんも今日は紳士的に振舞うやろうし」


「そ、そうですね。人のデートを除き見するなんて、あんまりよくないですよね」


 言葉とは裏腹に、玲は残念そうな顔をしていた。スパイごっこが余程楽しかったらしい。


「京太郎、デート終わりに連絡しろってメッセージ入れとけば?」


「……あぁ、そうだな」


 俺たちはその場を後にし、昼食を取ることにした。六本木周辺の高級店には入れないので、たまたま目についたラーメン屋に入った。


「ラーメン一杯で900円か。これがギロッポン価格」


「でも美味しいです。たまごトッピングすれば良かったなぁ。あ、姫ちゃんとっても楽しそうでしたね!」


 京太郎と琴さんは、二人して眉間に皺をよせていた。


「気に食わん」


 ユニゾンである。


「京太郎はともかく、何で琴さんまでちょっと不機嫌なんですか」


「まっさんがそつなく女子を扱ってるところを見るとムカつくやん。何やねんあのグラサン。芸能人気取りかっちゅーに」


「プロのモデルなんだから芸能人みたいなもんなんじゃ……」


「うっさい」


「あぁ!」


 琴さんによるチャーシュー強奪事件が勃発。哀れにも俺が注文した器の中には、麺とメンマしか残されていなかった。


「ひどすぎる」


「琴さん、それは流石に朔さんがかわいそうです」


 珍しく玲が加勢してくれたが、琴さんは意に介さずチャーシューを麺ごと豪快に頬張った。


「姫子はさぁ、昔はお兄お兄って俺の後ろをいっつもくっついてきてさ」


「唐突に語り始めるたぞこいつ」


「泣き虫だし根暗だし人付き合い苦手だし、一人じゃ何にもできないやつだったんだよ。高校入ってからはDTMって特技を身につけて、少しは自信を持ち始めたみたいだけどさ。それでも、友達と遊んでる姿なんて見たことないくらいボッチを極めてたんだ」


「まるで自分はリア充だったかのような語り口やな」


「それがここ最近で一気に変わっちまってさ。お洒落をしてみたり、挙句の果てにハーフのイケメンとデートまでしちゃってさ」


「師匠は姫ちゃんが心配なんですね」


 京太郎はラーメンのスープを飲み干すと、器をテーブルに叩きつけるように置いた。ダンッと大きな音が店内に響く。


「あいつばっかりズルいだろ!!」


「は?」


 予想外の台詞に、俺たち3人は同じリアクションをした。玲までタメ口の勢いだった。


「え、お前そういう気持ちで今日姫子ちゃんを見てたの? 妹がデートする姿をみて複雑な思いだったとかじゃなくて?」


「何か変か? 憧れの男とデートできるってんなら、それは良いことじゃん」


「いやまぁ、それはそうだけどさぁ」


「俺だって超絶美女とデートしたい!」


 力強く吠える京太郎とは反対に、俺は脱力していた。この男にセンチメンタルな感傷を期待したのが間違いだったようだ。


「ほんなら、まっさんに頼んであの莉子って子とデートできるよう頼んだろか?」


「マジっすか!!??」


「冗談に決まっとるやろ。大体あの気ぃ強そうな子とあんたがデートなんかしたら、大怪我するのが目に見えとるやん」


「師匠にはガッカリです……」


「また俺の株が知らないところで下落してしまったの?」


「大暴落ですよ。ストップ安の勢いです」


「マジですか」


 その後、俺たちは一度渋谷に戻り2時間スタジオ練習を行った。スタジオのロビーで雑談をしていると、京太郎に姫子からのメッセージが届いた。


「終わった。あと5分で渋谷つく」


 絵文字も何もない、簡素な文面だった。普段のやたらよく喋る姫子の面影は感じられない。俺は一人っ子なので知らないが、兄妹のやり取りなんて現実にはこんなものなのかもしれないな。


「そんじゃあ姫子を迎えに行ってきますわ」


「姫ちゃん渋谷に来るんですよね。私も一緒に行っていいですか?」


「あ、それなら俺も」


「ウチも行くわ。まっさんが最後までちゃんとしてたんか気になるし」


「まぁ、いいっすけど」


 モヤイ像のあたりに行くと、スマートホンをいじっている姫子を見つけた。


「いやー、皆さんお揃いで。何かすいませんねぇ」


 いつも通りの姫子だった。


「姫ちゃん、デートどうだった?」


「んもぅっ、最・アンド・高!! マシュー様ほんとに同じ人類? って感じでありえんほど紳士的だったの~。音楽だけじゃなくて絵画とか美術品にも超詳しくてさ~、あれが本当の知性ってやつなのかな~。溢れてたわ~。紳士味に満ち溢れてたわ~。連れて行ってもらったお店のご飯ももう美味しすぎて発狂しそうだったし。吐くかと思ったよね、逆に。何食べたのかよくわかんなかったけど。もうありがたすぎて琴姉さんには足を向けて寝られないっすよ~」


「楽しかったんなら良かったわ」


 怒涛の勢いでまくし立てた後、姫子は一息ついてから噛み締めるように話し始めた。


「でもまぁ、流石に別の世界の人って感じでしたね。もう一回デートしてくれるって言われても、もしかしたら断っちゃうかもしれないっす。次は多分胃もたれして途中で病院送りになりそう」


 少し寂しそうな顔を見せながらも、その言葉からは本心であることが感じられた。憧れはいつまでも憧れのままの方が良い場合もあるのかもしれない。


「それじゃ、いつからレコーディング始めますか?」


 俺は一人っ子だから、京太郎の気持ちも姫子の気持ちも推測するしかない。だけど、モヤイ像の前で京太郎が来ることに気づいた時、安堵しきった表情を浮かべた姫子を思い出すと、兄弟姉妹がいるっていうのは良いものかもしれないと、そう思わずにはいられなかった。

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