42話 劇的? ビフォーアフター(後編)
一行がやって来たのは表参道にあるファストファッションのショップ”M and H”。デザイン性の高い洋服が、お手ごろな価格で並んでいる。店内には中高生の女子や親子で来ている客も多く、非常に賑やかで華やかだ。
「しま○らじゃアカンのですか……?」
「アカンことないけど、せっかく原宿まで来たんやし、それっぽいお店に行かなもったいないやん。今日は全身揃えるから、予算的にここで選んでいくで」
髪型とメイクを整え、琴さんの服を着た姫子は、パッと見かなりのオシャレ上級者だ。だが、自信の無さゆえか姿勢が悪いからなのか、どうにも陰の者の雰囲気が拭い切れない。
対してマリッカのマシューは、プロのモデルでバンドもメジャーデビュー目前、気さくで明るく友人も多いと聞く。まさに陽の頂点にいるような人物だ。
「姫子ちゃんどんな服が似合いますかね」
「背高くてスタイル良いし、割と何でもいけそうだよね。ねぇ琴ちゃん、マシューさんの好きな服装とかって無いの?」
「まっさんの好きな格好? 何やろなぁ。女の子やったら誰でもウェルカムな感じあるけど。まっさん自身は普段無地のカットソーにジャケットにデニムみたいな、シンプルでキレイ目の服が多いから、それに合う感じがええんちゃうかな」
「あ~、高身長イケメンだからシンプルでも様になるってやつね。何かムカつくわ~」
「斎藤さんは私とあんまり背変わらないのに、すごくかっこよくキマってるじゃないですか」
「いやいや、やっぱりチビは様になる服が限られるから。シュッとした恰好だと、ちんちくりんになっちゃうことあるし。私も琴ちゃんくらい身長があればな~」
「デカいとそれはそれで似合わない服ってのが出てくるんやけどな。まぁお互い無いものねだりってやつやね」
男で背が低くなりたいと思うやつはいないだろうが、女子は背が高い人、低い人それぞれに悩みがありそうだ。
「何だかお洒落っぽい会話が聞こえるなぁ。うふふ。あ、私クレープが食べたい。原宿と言ったらクレープだから。これ常識」
「原宿ってクレープが有名なんですか?」
「え? 違うの? え?」
姫子は戸惑っている。確かに、俺も原宿と言えばクレープのイメージを持っていたが。
「今はパンケーキやらなんやら、新しいもんが色々出てきてるからなぁ。クレープ屋もまだ沢山あるけど」
「マジですか。うふふ。私の原宿イメージは何年前のものなんだろう」
「せっかくやし、後でパンケーキ食べていこか。京太郎、適当にこの辺のお店予約しといて」
「へ? パンケーキ食うのに予約がいるんすか?」
「1時間並ぶのが苦じゃないならええけど」
「すぐに予約します」
京太郎がスマートホンでパンケーキの店舗情報を必死に検索する中、女性陣は姫子を引きずるようにしてM and Hに入店。少し気後れしたが、俺もそれについて行った。
「シンプルでキレイ目って言ったら、やっぱりパンツスタイルとか?」
「姫子ちゃん細いから似合いそう」
「え~、初デートでパンツは色気無くない? やっぱさ、脚出していこ! 脚」
「まっさんはあんまり露出の多い服、好きちゃうかもしれんなぁ」
「って言うか、脚を出すとかそもそも無理ゲーっすから! 皆さん落ち着いて。服着るのは私ですからね? どうどう、どうどう」
女三人寄れば姦しいとは言うが、5人もいるともはや男の入る余地など無くなる。俺は休日のショッピングモールでよく見かける、ベンチで死んだように眠る父親たちの姿を思い出していた。
「もう6月だし、アウターはいらないよね」
「薄手の羽織りものくらいあってもええんちゃう? アクセントにもなるし」
「あ、このスカートかわいくない?」
「かわいい~」
「丈が短い丈が! 校則違反です!」
「あはは、ウケるんだけど~。姫子ちゃんって真面目タイプ?」
俺は彼女たちについて回るのを早々に諦め、店内にある椅子に腰かけた。そこへ京太郎がやって来た時、驚くほどホッとしたのは内緒だ。
「敗北者じゃけぇ」
「取り消せよ……! って、それよりお兄さん、店の予約は取れたのか?」
「何とかな。ここからはちょっと歩くけど」
「女子のパワーってすごいな。あ、これが女子力ってやつなのか?」
「それな」
老人会のようなのどかな会話を、スマートホンのバイブレーションが打ち破る。着信の主は玲だった。
「朔さーん。師匠と一緒に試着室の前まで来てくださーい」
言われるがまま、レディースフロアの試着室前へと向かう。途中に下着のコーナーがあったため微妙に気まずかったが、何ともないふりをして通り過ぎた。そして試着室の前まで到着すると、姫子以外の4人がウキウキ顔で待ち構えていた。
「それではお兄さんはこちらに」
「え、ちょ、ちょ」
斎藤さんに促され、京太郎は試着室の前に立つ。
「ひ~めちゃ~ん」
4人がお遊戯会のように声を掛けると、試着室のカーテンがゆっくりと開かれた。そしてそこには、真新しい服に着飾った姫子が立っていた。
「おぉ」
思わず漏れた京太郎の嘆息を、俺は聞き逃さなかった。踝が出るマキシ丈のワンピースにアイスブルーのデニムシャツを羽織り、足元は涼し気なトングサンダルでまとめたシンプルかつ大人っぽい初夏のコーディネート。その姿は、原宿駅で見た姫子とはまるで別人だった。
「眼鏡はあえて残してみました。姫ちゃんのアイデンティティらしいので」
「琴っちの服はちょっと難易度高すぎたよね。うん、これなら男受けは間違いないっしょ!」
本当に驚いた。髪型とメイクと服、このどれか一つではなく、三要素をきちんと整えることで、ここまで劇的に印象が変わるものなのか。
「な、なんか言え! 馬鹿お兄」
「あ、あぁ。良いんじゃないか? うん。よくわかんねーけど」
ぞんざいな誉め言葉を吐いた京太郎に、女性陣の冷ややかな視線が容赦なく浴びせられた。
「はぁ」
「な、なんすか琴さん」
「別に。そんなんやから童貞なんやなぁって思うただけや」
「いや、だって妹だし! ってか家族の前で童貞とか言わないで!」
俺はこちらに話が振られないように祈った。姫子が見事に変身を遂げたことは否定する余地がないが、それを上手く褒める自信なんて無い。どうせ俺の童貞力も詰られるに決まっている。
「姫ちゃんほんとかわいい。そのワンピース、私が着ても似合わないんだろうなぁ。良いなぁ」
玲は羨むように賛辞を投げかけた。確かに、姫子の身長があってこそ似合う服装のように思える。いつの間にか呼び名が姫ちゃんに変わっているが、それだけ親しくなったということなのだろうか。
「ねぇねぇ、姫ちゃん。お洒落してみて、どんな気分?」
「どど、どうって言われても……」
姫子は顔を赤くして、少し口ごもった。
「なんか、リア充っぽい……かな。あ、いや、あの、私は陰キャであることを悪いとは思ってないし? このサンダルとかなんか指の間痛くなりそうだし? そもそも中身は何にも変わってないし? ……でもまぁ、悪くないっすね」
きっと姫子なりに喜びを表現したのだろう。その言葉を聞いて、女性陣はにやにやしていた。
「で、何でおふたりさんは姫子より買い物袋がでかいんすか」
店を出たところで、京太郎が玲と奈々子さんの抱えるショッピングバッグを見て突っ込んだ。
「あはは。いや~、ついね、つい。姫ちゃんの変身っぷりに当てられちゃったかな~」
「かわいいのが多くて……あ、でも買ったのは夏服なんで、これから有効に使います。無駄遣いじゃないですよ?」
「せっかく買い物に来たんだし、みんなで楽しめたなら良いじゃない」
「せやな。そういえば京太郎、お店の予約はできてるん?」
「任せてくださいよ。バッチリっすから。ちょっとここから歩きますけど」
京太郎は意気揚々と先導を始めた。15分ほど歩く道中、姫子は原宿の中にいて浮いた存在ではなかった。駅の柱の陰に隠れていた姿とは違い、街の雰囲気に臆することが無くなったからだろう。中身は何も変わっていない、なんてことは無いようだ。
「さぁ、着きましたよ!」
京太郎が連れてきた店は、原宿らしからぬ古くて小さい純喫茶の店だった。
「お兄、ここ本当にパンケーキあんの……?」
「あるって。ちゃんとネットでメニュー確認したし。ほら、そこにサンプルも出てるだろ」
京太郎は店頭のガラスケースに入った食品サンプルを指さした。そこに書かれた文字は「ホットケーキ 700円」。
「京太郎に頼んだウチが阿呆やったわ」
「え?」
「お兄……さすがにそれは無いわ。マジヒクワー」
「え? え?」
「あはは。京ちゃん、ドンマーイ」
「え? え? え?」
「これ天然でやってんの? ある意味すごいね」
「え? え? え? え? 俺、何かやっちまいましたか?」
「師匠、残念ながらこれは私たちが望んだパンケーキではありません」
予測できた展開だ。安心感すらある。だが、予約もしているし、この後別の店の行列に並ぶ気にはならない。メインストリートからも外れてしまったため、一行は仕方なくその店に入ることにした。だが、そこで皆のガッカリ感は予想外の方向に裏切られることになる。
「何これ!? めっちゃウマ!!!」
一同驚愕。メープルシロップが香る素朴なホットケーキは、信じ難いほど美味だったのだ。京太郎、ここにきてまさかの逆転ホームランである。




