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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第四章】スタート・アゲイン
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38話 僕たちにできること

「お疲れさま~。初めてのライブはどうだった?」


 全バンドの演奏終了後、ノルマの清算のため事務所の中に通された俺たちは、ブッキング担当の斎藤さんに感想を求められた。


「……」


「あれ、どしたの?」


 誰も反応を示さなかったので、斎藤さんが怪訝な顔をしていた。仕方なく、と言った風に、琴さんが口を開く。


「ん~、まぁあれや。良くも悪くも、初ライブって感じやったわ」


「あはは、何それ~。琴ちゃんは納得してないんだ」


「納得してないんは、うちだけやないよ」


「え、みんなそうなの?」


 琴さん以外の三人は小さく頷いた。


「へ~、みんな志が高いんだねぇ。初ライブであの出来なら、悪くは無いと思ったんだけど」


「……俺も最初はイケると思いました。最高の出だしができたと思いましたから」


「それは思った! ボーカルの玲ちゃん、だっけ? 歌声にすごく力があるから、ああいう感じの曲は目を引くよね。うん、1曲目は素直に良いと思ったよ、私も。まあ、なんか4曲目あたりでミスってるな~とは思ったけどね」


「うぐぅ!」


 玲が餅を喉に詰まれせたような声を上げた。気づかれていないと思っていたのは、楽観的過ぎただろうか。


「やっぱわかりました?」


「うん。お客さんは多分気づいてないと思うけどね。でも、大したミスじゃないと思ったけど」


 実際、致命的なミスではなかったと思う。ただ、ミスの大きさよりも、ミスが起きるに至った経緯が俺たちを苛んでいた。


「向上心があることは良いことだよ。うん、現状に満足しないハングリー精神ってやつ? 最近の若者には足りないもんだかんね~」


「斎藤ちゃんウチと年変わらんやろ」


「あはは、まぁまぁそれは置いといて、と。みんな最後のバンドはちゃんと見た?」


「見ましたよ、ハーレム・キング。めっちゃ盛り上がってましたね。演奏もうまいし、ステージの見せ方も考えられてて、すごかったです」


 本当にすごかった。今まで色んなバンドを見て来たけれど、パフォーマンスと演奏技術と楽曲のクオリティ、どれを取ってもハイレベルだった。集客力も高く、せいぜい30人程度だった観客が、ハーレム・キングの出演直前には100人近くにまで膨れ上がっていたのだから。


「キングさん、ステージの下で見るのとは別人でしたね。言い方悪いですけど、あんなにオドオドしてた人があそこまで俺様キャラに振りきれるなんて……」


 最初はメイドさんたちに目を引かれたが、演奏が始まった瞬間になぜ彼女たちがあの格好をしているのかを理解した。ただのコスプレではなく、”王に仕える者”を表現した結果、あの姿に辿り着いたのだと。だからだろうか、一見色物に見えるあのバンドが、芯の通った硬派なバンドに見えたのは。


「そうだね~。あのバンド、観てて楽しいもん。曲もかっこいいし。でも、感想がそれだけだってんなら、あのバンドをちゃんと見てたとは言えないな~」


 斎藤さんはもったいぶるように話を始めた。


「質問です。どうしてハーレム・キングはたくさんお客さんが呼べたのでしょ~うか。ギターの……と、京太郎君! 答えてみて」


「お、お、お、俺っすか? えーっと……曲がよくて、見た目もインパクトあるから、とかっすかね」


「はい、不正解! じゃあ次、ボーカルの玲ちゃん!」


 一瞬でぶった切られた京太郎はしょぼくれていた。


「他のバンドを見る時も頑張って盛り上げてたから……ですか?」


「うーん、半分正解って感じかな。琴ちゃんはわかる?」


「……ライブ前後の対応が良いからやね」


「その通り! も~、わかってんなら琴ちゃんもちゃんとやらなきゃ」


 確かに、ハーレム・キングはライブ後もすごかった。自分たちの片づけはそこそこに、メンバー全員がフロアに出てきて、自分たちを観に来てくれたお客さんだけでなく、他のバンドのお客さんたちにまで声を掛けて回っていたのだ。あの場にいて、ハーレム・キングのメンバーに声を掛けられなかった人はいないのではないかと思うくらいに分け隔てなく。


「私さ、琴ちゃんが本気でプロを目指してバンドをやるって聞いてたから、すごく楽しみにしてたんだ。どんなすごいバンドなんだろうって。確かに曲は良かったよ。演奏も良かったと思うし、パフォーマンスだって悪くなかった。でもね、それだけだった」


 それまで明るかった声のトーンがシリアスに切り変わり、部屋の空気が張り詰めた。


「君たちが本気でプロを目指すと言うから、私も本気で言わせてもらうよ。今日のライブは全然ダメ。演奏をミスったのがダメなんじゃない。それを引きずってたのかわかんないけど、お客さんのフォロー全然してなかったよね? それでも、君たちの友達はまたきてくれるかもしれない。でも、他のお客さんたちがcream eyesを見に来てくれることはもう無いだろうね。せいぜい、割と良いバンドが出てたなってくらいにしか思わないよ。それじゃあいつまで経ってもお友達しか呼べない三流バンドで終わっちゃうじゃん」


 ぐうの音も出ない。良い曲が作れたと思っていた。良い演奏ができると思っていた。玲の歌で、観客を魅了できると思っていた。それで、お客さんが正しく評価してくれると思っていた。そんな甘い話は無いと、知っていたはずなのに。


「君たちには君たちのこだわりがあるだろうから、演奏の出来に満足していないというなら、それは悪いことじゃないよ。だけど、そうあからさまに不満げな顔を見せるのは感心しない。だっていっぱいお客さん来てくれてたじゃん。わざわざ平日の夜にお金払ってさ。君たちの曲を良いと思ってくれてた人もいたはずだよ。だけど、君たちはお客さんと、そんな話さえしてなかったように見えた。バンドでプロを目指すって言うなら、お客さん大事にしなきゃ。そんで、お客さん増やしたいならもっと話したりしなきゃダメだよ。恥ずかしいとか、キャラじゃないとか言うんだったら、プロになるなんて夢のまた夢だからね?」


 斎藤さんのダメ出しが加速する。さすがに凹んできた。玲と京太郎は、先ほどからずっと俯いて斎藤さんの顔を見れずにいる。琴さんは……いつもとあんまり変わらない表情だった。


「でもまぁ、良かったところもあったよ。朔くん、って言いづらいな……は一曲目が良かったって言ってたけど、私は最後にやった曲が一番良かったと思う。何て言うか、一番剥き出しでやってたって言うのかな。それまではキレイにまとめようとし過ぎてた感じがしたんだけど、最後はそういうのが無くなって、ガムシャラでかっこ悪くてスカッとしたよ」


「斎藤ちゃん、それ褒めてるん?」


「褒めてる褒めてる! めっちゃ褒めてるじゃん! え、だめ?」


 ピンと来ない。最後の曲、Beautifulを演奏しているときは無我夢中だった。玲に対する申し訳ない気持ちやら、不甲斐ない自分への苛立ちやら、何だかいろんな感情が混ざり合って頭の中がぐちゃぐちゃになっていて、ただとにかくそんなまとまらない気持ちを発散させるように弦を(はじ)いていた気がする。


「最後の曲、演奏かなり雑になってませんでした……?」


「うん、雑なんてもんじゃなかったよ。ヘタクソか! って思ったもん」


「うげぇ、やっぱ全然褒めてないじゃないですか!」


「だから褒めてるって! 何があったか知らないけどさ、最後の曲の時はみんなメチャクチャだったんだけど、それが良かったんだよ。何か伝わるものがあったって言うかさ。玲ちゃんあたりは、それ感じてたんじゃないの?」


 話を振られた玲は、ようやく顔を上げた。


「えっと、実は私も最後のBeautifulが一番歌いやすかったって言うか……個人的には気持ち良くできたと言うか……あ、演奏がボロボロだったってのは私でもわかりましたけど」


「言うてくれるねえ、玲ちゃん」


「ご、ごめんなさい! 生意気でした」


「こらこら琴ちゃん、メンバーびびらせてどうすんの」


「あはは、冗談やて。堪忍な」


 あれだけボロクソ言われた後によく冗談なんて言えるもんだと思ったが、ここで俺はひとつの疑念を抱いた。もしかして、ここまで全部琴さんの想定内だったんじゃないだろうか?


「あの、私今まで自分が一番下手だからって、無意識のうちに遠慮してたのかもしれません。遠慮はしないって決めてたはずなのに、心の奥底で鍵をかけるみたいに。でも、今日のBeautifulの時は、皆さんがメチャクチャにしてくれたおかげで、自分も遠慮無しでやれたような気がするんです」


「とまぁこんな感じでさ、一番メチャクチャだったけど、一番皆が一つになってた気するんだよね。最後の曲が。だから良かった」


「それってどうなんすか……ヤバくねっすか……」


 京太郎が不安がるのもわかる。だってそれはつまり、メチャクチャにやらなければ一つになれないってことじゃないのか。


「ヤバくないよ。今日この場で、玲ちゃんが遠慮せずにやるって感覚を掴めたんでしょ? それに京太郎くんも、朔くんも、琴ちゃんだって、自分たちの課題に気づいたんでしょ? バンドとして何が足りないのかも。うん、それってすっごく良いことじゃん。あとはまぁ、わかるでしょ? なんとなくでもさ」


 初めてのライブだからと言って、それに甘えて不出来なライブをするわけにはいかない。ずっとそう思っていたし、今でもそれは間違っていないと思う。それでも、初めてのライブで何もかも上手くいくなんてことは無い。俺は、いや俺たちは、良い演奏をしたいという気持ちが先走りすぎて、雁字搦(がんじがら)めになっていたんだ。


「もっと楽しめ、ってことですか」


「そゆこと! お客さんも、対バン相手も全部巻き込んでね。それと、やれるはずなのにやらなかったこと、今日だけでも一杯あったっしょ? みんなわかってる癖にやらないんだもん。君たちも同じなの?」


「私たちにできること、全部やります!」


「良いね、玲ちゃん! そういう熱いの、私好きだよ。最近の子たちはドライだからね~。妙に達観しててイケナイ。それじゃあ次のライブなんだけど……」


 本日の収支。機材費込みでチケットノルマが1,800円×20枚。cream eyeを見に来てくれたお客さんは24人。7,200円の黒字だ。今日は初ライブだから、友人の多くが面白がって見に来てくれた。でもこの先、黒字でライブを終えられるようになるには、並々ならぬ努力が必要だ。そのために何が必要か、あらためて考えなければいけない。


 斎藤さんとの話を終えてホールに戻ると、最後に出演したハーレム・キングのお客さん以外、ほとんどの人はすでに帰っていたが、まだ残っている人もわずかにいた。全く面識のない人が多かったが、俺はそこにいた人たちに向けて頭を下げた。


「ありがとうございました」


 今はまだこれが精いっぱい。今よりも次、それよりもそのまた次と、やれることを増やしていこう。


「ありがとうございました!」


「あざっしたあ!」


 俺に続くようにして、玲と京太郎が頭を下げた。声には出していなかったが、琴さんも。そんな俺たちを、拍手で迎えてくれる人がいた。


 ライブは、ステージの上だけがすべてじゃない。次のライブは、今この瞬間から始まっているのだ。

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