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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第四章】スタート・アゲイン
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37話 彼女が飛んだ

 ステージに上がると、Walter's Gardenの時と同じようにメイドさんたちが最前列に陣取っていた。サラダボウルの面々も20人ばかりが来てくれていて、ホールはかなり活気が戻っている。


 機材のセッティングを終え、一度ステージを降りる。全員が降りたところで、会場の照明が落ち、入場用のSEが流れ始めた。今回も京太郎による選曲だが、ハレルヤは無し。エリック・サティのジムノペディ第1番「Lent et(ゆっくりと、) doulo(痛みを)ureux(もって)」が、会場を包み込んでいった。

 ライブハウスらしからぬ静かなピアノ曲に、自然とホールのざわめきが小さくなっていく。ステージに上がると、歓声ではなくささやかな拍手が送られた。


「はじめまして。cream eyesと言います」


 玲はそれだけ言うと、ギターを構えなおした。それが演奏開始の合図だ。新歓ライブと同様、開始のMCは少なめに、京太郎の幻想的なギターでcream eyesとしては初めてのライブが始まった。一曲目は、このバンドの中心に据えると決めた「残光」だ。

 通常一曲目はアップテンポでキャッチーな曲を持ってくるのがセオリーだが、ここはあえてインパクト重視のセットリストで勝負することに決めた。さあ吉と出るか、凶と出るか。


「霧と腐葉土 赤い木漏れ日の中

 手を繋いで 僕ら辿り着いた


 もうすぐ夜が来るね

 焚火の準備をしなくちゃいけない」


 薄暗い照明の中、スモークマシンとミラーボールの演出に彩られたステージは、曲のイメージを加速させる。その中で静かに、静かに一番が歌い終わった。曲が始まるとすぐに、ホールのざわめきは完全に消え、皆吸い込まれるように玲の歌を聴いていた。ここでも玲の歌は通用すると、確信するには十分な反応だ。


「自由があって 電気も法律もない

 二人だけの ママもいない国


 もうすぐ冬が来るね

 毛糸のマフラー編まなきゃいけない

 

 もうすぐ夜が来るね

 静かで 怖いな

 もうすぐ冬が来るね

 白くて 綺麗さ

 もうすぐ星が出るよ」


 雑音の無い空間で、そのまま一曲目が終わった。ホールにいる人たちは、メイドさんも含めて皆無言だったが、その場の静まった空気が、玲の歌を称賛していることを伝えていた。


「ありがとうございました」


 玲が頭を下げると、堰を切ったように惜しみない拍手が沸き起こる。俺は思わずステージ上のメンバーの顔を見回した。琴さんの方を見ると、口パクで「何ニヤけとんのや」と言っているのがわかった。京太郎は晴れやかな表情でホールに手を振っていた。二人とも手ごたえを感じた表情をしている。玲はこちらを振り返らなかったが、斜め後ろからわずかに口角が上がっているのが見えた。


 初めてのライブ、これ以上ない滑り出し。1曲目に仕掛けた博打に、俺たちは勝利したのだ。

 この雰囲気が冷めないうちにと、琴さんは次の曲に向けてカウント取る。二曲目は「The Catcher in the Route246」。残光から一転、京太郎が作曲したcream eyes最速の曲だ。


 ここからは3曲続けて、玲が歌詞とメロディを書き替えてきた曲たちだ。正直不安はあったが、ライブハウスに入る直前、最終確認のために入ったスタジオで、玲は生まれ変わった曲を完璧に歌い上げた。たった2日間でそれを成し遂げてきたことに、メンバーは皆素直に感服したものだ。


 目まぐるしく色を変える照明の中、全パートの音が絡み合う。ホール最前列のメイドさんたちが、待ってましたと言わんばかりに踊り始めた。それに触発されたように、サラダボウルの面々も体を揺らし始める。奥の方にいる高校生も、数人がリズムを取っているのがステージから見えた。

 この瞬間、これに変えられるものが他にあるだろうか。自分たちの演奏で、オーディエンスが躍る。空間を支配した優越感、自分たちが受け入れられた多幸感。


 ミュージシャンの中にはドラッグに溺れる者も少なくないが、この快感を知ってしまったからなのかもしれないと思うほどだ。これ以上に脳内麻薬が溢れ出る娯楽が法の下にあるのなら、ぜひともご教示願いたい。

 演奏がラフになったが、2曲目はそのテンションのままに押し切った。そして3曲目にミドルテンポの「すこし不思議」を披露した後、玲は短いMCを挟んだ。


「今日は、皆の顔が良く見えます。こんなに躍ってくれるなんて、すごく嬉しいな。なんだか、私はここにいるって、証明しているような気分になります」


 ライブハウスデビューとなる玲の瞳には、この景色がどう見えているんだろうか。今俺が感じている、何もかもが上手くいくような、そんな全能感を玲も味わっているだろうか。


「それでは、次の曲を聴いてください」


 そして4曲目、俺が作曲した「リバース・ラン」のイントロが始まった。ロック調のわかり易い楽曲で、セットリストの中では最もシンプルな構成の曲だ。

 京太郎が軽快なリフを弾きこなし、玲がそれに合わせて跳ねるように歌う。自分の作った曲だからか、俺もいつも以上に動き回ってノッていたように思う。


 だが、この曲の途中で異変は起きた。


「―――――――――――」


 2番のAメロ、玲の歌詞が()()()


 それまで完璧とも言えるような流れだっただけに、俺は一瞬動揺し、リズムを崩してしまった。すぐに持ち直したが、玲の歌がまだ帰ってきていない。必死に頭を巡らせているのだろうか、口を開けたまま、何とか声を絞り出そうとしている様子がハッキリとわかった。


 あまりにも長く感じた4小節の後、ようやく取り戻した玲の歌は、2日前の、改変前のメロディと歌詞だった。そしてそのまま、最後まで作り直した歌が帰ってくることは無かった。


「す……ありがとうございます」


 玲のお辞儀に、ホールからはまた拍手と歓声が返ってきた。オーディエンスの中で、この異変に気付いた人はきっといないだろう。何せ俺たちは初ライブだ。当然、この「リバース・ラン」だって初披露。1番と2番でメロディが違う曲なんて山ほどある。2番の入りに、少し歌詞が飛んでしまっただけだと、皆きっとそう思っているだろう。


「改めましてこんばんわ。cream eyesです」


 話し始めたのは琴さんだった。玲以外に唯一、コーラス用のマイクがセッティングされていたため、MCが可能だった。


「今日はほんまにありがとう。ウチらの初めて、どないやった?」


「最高だよー!」


「もっと頂戴!」


「ふふ、もっと褒めてくれてええよー」


「あはははは」


 メイドさんやサラダボウルの面々から、楽し気に様々なリアクションが返ってきた。それにしても、「ありがとう」なんて、実に琴さんらしくないMCだ。そもそも、ライブ中にMCをすること自体が()()()()()

 きっとそのことを一番感じているのは玲だろう。琴さんは明らかに、玲のミスをフォローしようとしている。


 サークルのライブでも、今日の演奏でも、玲はこれまで目立ったミスをしたことが無かった。今、どんな気持ちで琴さんとオーディエンスのやり取りを聞いているんだろうか。俯いてチューニングを行っている玲の表情は、無理やり笑顔を作っているように見えた。


「玲ちゃん、いける?」


 琴さんの問いかけに玲は頷く。そして、顔を上げてオーディエンスに向き合った。


「次が最後の曲です」


 最後の曲は「Beautiful」。cream eyesとして初めて作ったオリジナル曲で、玲が特に好きだと言っていた曲。


 俺たちは、玲に負担を押し付けすぎていた。初めてのサークルライブの時も、初めてオリジナル曲の歌詞とメロディを作ってきた時も、玲は素晴らしいパフォーマンスを見せていた。だからこそ、玲が「3曲の歌詞とメロディを2日間で書き替える」と言ったことを、普通に考えたら無理があるとわかるその言葉を、玲ならできると任せきりにしてしまった。

 ライブ直前の練習の時も、玲は危なげなく新しく作った歌詞とメロディを歌い上げてみせた。それで安心してしまった。だけど、普通に考えたら練習不足は明らかだった。

 そのことに目を伏せて、大丈夫だろうと本番を迎え、その結果、玲は失敗した。いや失敗したのは玲ではない。このバンド全員だ。経験のある俺たちが、玲をもっとフォローしなければいけなかったのに。


 琴さんのMCは、そんな贖罪の意味が込められていた。俺も京太郎も、そのことにすぐに気が付いた。きっと、玲も。


「玲」


 玲の肩を軽く叩くと、振り返った玲の顔は笑顔だった。だが、今にも泣き出しそうにも見える。その表情を見た時、俺は自分の無責任さに心底腹が立った。


 玲をここに連れてきたのは誰だ? 本気でバンドをやろうと言い出したのは誰だ? それなのに、玲の才能に頼り切っていたのは誰だ?


 全部、俺じゃないか。


 玲にこんな顔をさせて、責任を押し付けて、何をやっているんだ。今からでも、できることはないのか。

 玲が負けず嫌いなことは、奈々子さんとの一件でよくわかっている。新歓ライブの後の第一声も「ミスっちゃいました」だったくらいだ。今だって笑ってはいるものの、心の底ではきっと悔しくてたまらないはずだ。


「大丈夫、俺たちに任せて」


 考えた挙句、口から出た言葉はこれだった。何が大丈夫なのか、何を任せればいいのか、俺自身にもわからない。でも、何か言わなければいけないと思った。


「お任せしました。リーダー」


 それでも玲はそう言って、先ほどまでとは違う屈託のない笑顔を見せてくれた。もうやるしかない。俺は京太郎と琴さんに目で合図を送った。意図が正しく伝わったかどうかはわからない。でも、二人とも頷いてくれた。


「最後の曲、聴いてください」

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