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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第四章】スタート・アゲイン
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35話 メイド・アタック

「あ、あー、チ……チー、ツェッ! ハッハッ! マーマーマー」


 玲は殊勝にも、俺に言われたとおりにマイクチェックを始めた。恥じらいが残るその姿は、初々しく、微笑ましかった。だがそれと同時に、純粋な玲の心を弄んだことに少しの罪悪感が生まれた。


「はい、オッケーでーす。それじゃあ曲でお願いしまーす」


「あ、5曲目のBeautifulの1番をやります。お願いします!」


 PAの声に応え、玲はこちらを向いた。初めてのライブハウスでのリハーサルに、少し緊張している面持ちだった。


「まだリハやし、気楽にいこ」


 琴さんは笑いかけると、玲も笑顔を返した。それを確認して、琴さんはカウントを取る。


「はーい、ありがとうございましたー。残り時間3分ありますけど、どうします?」


 リハーサルが順調に進んだので、時間が余った。ここで終わらせても問題ないのだが、それは勿体ない。


「残光、ちょっとやっておかない?」


 京太郎の言葉に全員が頷く。


「それじゃあ、1曲目を少しやりまーす」


 玲がPAにそう告げると、京太郎のギターがバイオリンのような音を奏で始めた。ピックがギターの弦に当たるアタック音を消し、残響音のみを響かせる特殊なディレイによって生み出される音だ。


 そして、玲が静かに歌い始める。


「ふぅ」


 歌の終わり、玲は安心したように息を吐いた。


「オッケーでーす。それじゃあ本番もよろしくお願いしまーっす」


「よろしくお願いしまーす」


 初めてのリハーサルを終え、控室に荷物を置きに行く途中、次にリハを行う「逆流する頸静脈」のメンバーたちとすれ違った。


「よろしくお願いします」


 玲が挨拶をしたが、彼らは無言で会釈を返すのみだった。


「愛想のない連中やねぇ」


「琴さん、聞こえますから」


「別にええやん」


 お互いに面識の無いブッキング形式のライブではよくあることだ。とは言え、わざわざ波風を立てる必要は無いのだが。


 挨拶をしないバンドマンの特徴は3つのタイプに分けられる。

 一つ目は、単純に人見知りが激しいタイプ。これはもう、その人の性格なのでしょうがない。悪気も無いので、こちらに害も無い。

 二つ目は、自分以外に興味が無いタイプ。他のバンドのことなど関係ない、だから慣れ合うつもりも無い、という一匹狼的な思考の持ち主だ。プライドを持ってそう振舞っているなら、それはそれで尊重すべきだと思う。並外れた実力が伴っていなければ、上に行くのは非常に難しくなるが。

 三つ目は、他のバンドを見下しているタイプ。二つ目に似ているようで異なり、これが最も性質(タチ)が悪い。根拠のない自信と自尊心を守りたいがために、対バン相手へのリスペクトを一切払わない。自分の出演する時間以外は、控室に籠ってスマートホンをいじっていたり、酷い場合は早々に帰っていたりする。対バン相手のライブは絶対に見ない。場の空気を悪くするうえに、この手のバンドは得てして演奏の質も低い。性格が悪いので友人もおらず、それゆえ集客力も悪い。はっきり言って、一緒にライブをやるメリットが皆無である。


 人見知りタイプが一番多いが、困ったことに見下しタイプも結構な数が存在する。「逆流する頸静脈」がそうでないことを願うばかりだ。


「お疲れ様ですぅー。すっごい雰囲気ある曲ですねぇー」


 控室からホールに戻ると、メイドさんの一人が話しかけてきた。


「あ、あぅ。っど、ど、どうもあ、りがとござます!」


「ありがとうございます。そちらも王道なロックって感じでかっこ良かったです」


 挙動不審な京太郎を押しのけて、謝辞を返した。実際ハーレム・キングの演奏はかっこ良かったので、決してお世辞ではない。


「私たちまだライブ活動を始めたばっかりでぇー、仲の良いバンドも全然いないんですぅー。良かったらぁ、仲良くしてくれると嬉しいでぇっす!」


 何だかすごい喋り方だ。キャラ作りなのか素なのか、判断が難しい。


「私たちも今日が初めてのライブなので、よろしくお願いします!」


 玲は元気よく挨拶をした。キャラはともかく、良い演奏をするバンドと繋がりが持てるなら、それはとても良いことだ。


「やぁーん、キングよりちっちゃくてかわうぃうぃい!」


「ほげぇ」


 メイドさんの突然の抱擁に、玲は空気が抜けたような間抜けな声を発した。


「げほっげほっ」


「あらら、ごめんなさぁーい」


「あ、いえ、大丈夫です……」


「あはは、おもろいお姉ちゃんやなぁ」


「あら、こっちの()もかわうぃうぃ!」


「ウチは結構」


 琴さんは右手でメイドさんの抱擁を制した。


「えぇー、いいじゃないですかぁー。スキンシップですよぉ、スキンシップぅ」


「ララ殿、あまり他のバンドの方にご迷惑をおかけしてはいけませんぞ」


 やたらと古風な言い回しをするメイドさんが現れた。この人たち、キャラが濃すぎるだろ。


「やだなぁリリちゃん、迷惑なんかかけてないよーっだ」


「連れがはしゃいでしまって申し訳ない。悪気はないので許してやって欲しい」


 古風なメイドさんが頭を下げる。なんだか、眼帯にポニーテールのその姿が、(まげ)を結った隻眼の侍に見えてきた。


「ええよええよ。ウチらも今日が初めてのライブやし、絡んでもらえるのはありがたいわ」


「ほう、初めてのライブですか。それはそれは。良き日になることを願います。ところで、そなたの言葉遣い、京の生まれですかな?」


「せやけど、それがどしたん?」


「いえいえ、やはり京言葉は和の雰囲気が強まって良いなと思いまして。私も取り入れたいと思っていたので、ぜひ勉強させていただきたく」


 あぁ、この人はこういうキャラ設定なんだな。


「あはは、それは勘弁して」


「そうおっしゃらずに! ぜひ!」


「おおう。まぁ、また今度っちゅーことで」


 琴さんが珍しく押し負けている。メイドさん恐るべし。


「リリちゃんの方が迷惑かけてると思うんですけどぉー」


 ララちゃんメイドがからかうように言った。


「あいや、すまない」


「ねぇねぇリリちゃん。ルルちゃんがみんなでカレー食べに行こうって」


「なんと! 下北沢で咖喱と言えば、やはりあの店か」


「そうそう、”トマ父さん”だってぇ」


「やはりな。それは行かねばならぬだろう。クリーム・アイズの皆、すまぬが我々はここで一時失敬する」


「とりあえずぅ、今日は楽しくやろうねぇー」


 元気いっぱいに手を振りながら、メイドさんたちは去っていった。


「何だかすごい人たちだったっすね……」


「演奏レベルも高かったし、ただの色物ってわけではなさそうやね。おもろいバンドやん。ブッキングしてくれた斎藤ちゃんにはお礼言っとかな」


「メイド服かわいいなぁ……」


「まだ言ってる」


「あの、私たちも何か衣装とかあっても良いのでは?」


「この前散々話し合った世界観がぶち壊しになってまうけど」


「うぅ、そうですね……」


 琴さんの冷静なツッコミよって、玲のコスプレ計画は遂に頓挫した。とりあえずは一安心だろう。


 15時40分、本日最後にリハーサルを行うバンドがやってきた。かなり若いように見える。高校生だろうか。


「よろしくお願いします」


「……」


 もはや会釈すら帰ってこない。本日一番手のWalter's Gardenも、残念ながらまともに挨拶を返してくれるバンドではなかった。自分たちを除いて4バンド中3バンドがそんな感じとは。


「ライブハウスってけっこう殺伐としてるんですね」


 玲は少し寂しそうに言った。


「うーん、今回は特に酷いと思うよ。もっとフレンドリーに接してくれるバンドは多いし。たまたまシャイなバンドが揃っただけじゃないかな」


 俺は無理やりそう思うことにした。


 17時。出演バンドの顔合わせのため、ホールの中央に全員が集まっていた。


「それじゃあ順番に、自己紹介をお願いしまーす」


 琴さんの読者モデル仲間だという斎藤さんが声をかけた。モデルという割には背が小さく、綺麗と言うよりはかわいらしい感じの人だった。


「Walter's Garden……」


「え、それだけ?」


 斎藤さんが思わず突っ込んだ。


「慣れ合うつもりはない……」


「あ、はい。それじゃあ次、よろしくお願いしまーす」


 斎藤さんはさっさと進行を進める。Walter's Garden、一匹狼タイプなのだろうか。だが顔を右手で覆ったあのポーズ、あれはただの中二病というやつなのかもしれない。


「逆流する頸静脈っす。二番手やるんで、聞いといてください」


 やはりこのバンドは感じが悪い。「お前らの演奏なんかどうでも良いから俺たちのだけ聞いておけ」と言っているようにしか聞こえない。まだ見下しタイプと決まったわけではないが、あまり積極的にかかわらない方が良いかもしれない。


「はーい、ありがとうございまーす。それじゃ次、お願いしまっす」


 俺たちの番だ。そういえば、誰が自己紹介するかなんて決めてなかった。


「リーダー、頼むよ」


 京太郎が耳打ちをしてくる。


「いつ俺がリーダーになったんだよ」


「いいから、早く」


「え、えーと、cream eyesって言います。今日が初めてのライブなんですが、よろしくお願いします」


 とりあえず言われるがままに挨拶を済ませた。メイドさんたちが拍手をしてくれたのが、なんだか嬉しかった。


「はーい、初めてのライブ、頑張ってくださいね~。そんじゃ次」


「ビヨンド・THE・100万石です。で、できれば皆さんと仲良くさせてもらいたいので、よろしくお願いします」


 ホールに入ったときの素っ気ない挨拶は何だったのかと思うほど、人の良さそうな感じだった。彼らはただの人見知りタイプだったようだ。


「はい、じゃあ最後、お願いしまーす」


「ララだよぉー」


「リリと申す」


「ルルです」


「レレだ」


「ロロっすー」


「キ、キングです…」


「ハーレム・キング、でっす!」


 まるでアイドルの口上のような挨拶だ。メイドさんの名前はラ行で統一したんだろうが、レレちゃんとロロちゃんはちょっと無理があるような気がする。


「はーい、今日も元気いっぱいで良いっすね~。それじゃあ今日はこの5組で、盛り上げていきまっしょー」


「よろしくお願いしまーす!」


 顔合わせを終え、会場のオープン時間となる17時半を迎える。最初にやってきたお客さんはケンさんと秀司だった。


「まさかこんなに早くライブをやるとは思わなかったよ」


「ケンさん! 秀司も、来てくれてありがとう!」


「朔さん、めっちゃ楽しみにしてますからね」


 その少しあと、ライブハウスには似つかわしくない制服を着た7~8人の高校生集団が、ぞろぞろと入ってきた。やはり一番手のWalter's Gardenは高校生バンドの様だ。集団の一人が、さっそくドリンクカウンターで酒を注文しようとして断られている。当たり前だ。せめて制服を脱いでから出直してこい。


 そして18時。いよいよライブが始まる時間だ。

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