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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第四章】スタート・アゲイン
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34話 王様

 下北沢の街に来たのは確か去年の夏以来だ。ここに来るといつも思うのが、街の変化がやたらと早いということ。頻繁に来るわけではないが、来るたびに街並みが変わっている気がする。

 下北沢は高円寺や中野と並び、東京のサブカルチャーを代表する街。そして、多数のライブハウスがひしめく音楽の街でもある。


「でも何でシモキタって楽器屋が無いんだろう。ライブハウスとかスタジオはたくさんあるのに」


 京太郎がそんな愚痴をこぼしていた。その理由はわからない。


 駅を出て、ハンバーガーショップを左手に見ながら緩やかな坂を下っていく。5分ほど歩くと、賑やかな商店街が落ち着いてくる。三叉路の真ん中を進んだ先に、居酒屋の入ったビルがあり、そこの地下が本日の会場である下北沢SILVETだ。

 地下へ降りていく階段の手前に小さなボードが置いてあり、チョークで出演バンドが書かれていた。cream eyesは3番手の出演だ。


 玲はそのボードをスマートホンのカメラで撮影していた。


「初ライブですから」


 そう言われると、撮っておいた方が良い気がしてくる。自分のスマートホンを取り出し、一枚写真を撮った。手振れで文字はほとんど読めなかった。


 地下に降りる階段の壁には、おびただしい数のフライヤーやポスター、スタッフパスが貼られていた。重い防音扉を開けると、薄暗い受付に強面のモヒカン男が座っていた。


「おはざぁーっす」


 その顔に似合わず、フランクな挨拶を投げかけてきた。


「おはようございまーす」


 こちらも挨拶を返す。既に昼過ぎの時間だが、挨拶は「おはようございます」が業界人っぽくて良い感じだ。他のメンバーも同じように挨拶をしながら中に入っていく。琴さんだけは「よろしゅう」だったけど。


 対バン形式のライブでは、多くの場合「逆リハ」と呼ばれる制度が取られている。これは、出演順と逆の順番でリハーサルを行うもので、入り時間もそれに合わせて来るバンドが多い。

 俺たちは5バンド中3番手の出演なので、リハもちょうど真ん中だ。ライブハウスからは15時に来てくれと言われていたが、他のバンドのリハも見てみたいという玲の要望に合わせ、14時に会場入りしていた。


 受付のある小さな部屋、というか通路の先に、また扉がある。それを開けると、いよいよステージのあるフロアだ。そこには既に二組のバンドが会場入りしていた。


「おはようございまーす」


 受付の時と同じように、挨拶を投げかける。手前にいた男4人組のバンドは、「うぃーっす」みたいな気のない返事を返してきた。ステージからは「おはようございまーっす!」と、明るい女性の声が聞こえてきた。


「メイド服……だと!?」


 京太郎が声を上げる。無理もない。ステージの上にまごうことなきメイドさんがいたのだから。それも5人も。しかも全員超かわいい。

 今ステージに立ってリハを行っているということは、今日の最後(トリ)の出演バンドだ。バンド名はたしか、ハーレム・キング。

 よく見ると、ステージの真ん中にもう一つ小さな人影があった。ヒールを履いたメイドさんたちより一回り小さい、身長160cmくらいの小柄な男だった。前髪が長すぎて顔はよく見えない。


「あ、あの。ハーレム・キング、です。よろしくお願いします」


 男は、弱々しい声でPAに挨拶をした。


「くっそー、あの男、なんて羨ましい!」


 京太郎は怒りを露わにした。なるほど、確かに「ハーレム」の名に偽りは無いというわけだ。


「あんましキングって感じはせんけど」


「メイド服かわいいですね~。私も着てみたいな~」


「ちょっとバンドの方向性が違うかな……」


 玲のメイド姿。見てみたい気はするが、ここは否定しておくべきだろう。そういう方向性になったら、自分が何を着せられるのかわかったもんじゃない。


「はーい、それじゃあドラムさん、バスドラからお願いしまーす」


 PAの男性が声をかけると、ドラムのメイドさんが手を上げた。そして、バスドラムをドスドスと鳴らしだす。見かけによらず、琴さんにも負けないくらいのパワフルなキック音だった。


「はーい、オッケーでーす。それじゃ次、フロアお願いしまーす」


 PAの声に応え、今度はフロアタムをリズミカルに叩き出した。続いて、ロータム、ハイタム、スネア、シンバルと、順々に音を確認していく。


「はーい、オッケーです。それじゃあ次、ベースさんお願いしまーす」


 同じようにして、ベースのメイドさん、キーボードのメイドさん、二人のギターメイドさんが音を確認していった。


「それじゃあ次、ボーカルさん、お願いしまーす」


「よ、よろしくお願いしまーす。あ、あ、あー。ハー、ツェー、ツェッ。ハッ! はー、しー、チッチッチ」


 ボーカルの男がマイクの確認を始めると、玲が尋ねてきた。


「さ、朔さん。あれ何ですか? あの、ツェッ、ツェッ、チッチッ、ってやつです」


「あぁ、あれはマイクチェックをしてるんだよ。なんであんな感じなのかはよくわからん」


「私もあれ、やった方が良いんですか?」


「やった方が良い、じゃない。絶対やらなきゃダメなやつだ」


「ええ!? そうなんですか……が、がんばります」


 当然嘘だ。玲があれをやる姿を見てみたかっただけだ。


「はーい、それじゃあ曲でお願いしまーす」


「えっと、2曲目のKING'S WAYのアタマをやります」


 小柄な男がそう言うと、ドラムがスティックでカウントを取った。


「おお!」


 思わず声が出てしまった。その出で立ちからは想像できないような、正統派のハードロックサウンドが鳴り響く。昨今の日本では、ほぼ絶滅しかけている音楽だ。それよりなにより、メイドさんたちの演奏がめちゃくちゃ上手い!


 満を持して、ボーカルの男が長い前髪をかき上げながらスタンドマイクに口を寄せる。そこには先ほどまでの弱々しさは感じられない。


「―――――――――――――!!」


 力強い歌声、艶めかしい腰の動き、メイドたちとのエロティックなアイコンタクト。その姿は、まさしく「王様(キング)」だった。


「おもろいバンドが出る日らしいで」


 俺は琴さんの言葉を思い出していた。間違いない。今日の出演バンドで一番おもろいのは、このハーレム・キングだ。


 ちなみに「ビヨンド・THE・100万石」は、最初に陰気な挨拶を返してきた4人組だった。なんでそんなお調子者っぽいバンド名にしたんだよ。

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