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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第四章】スタート・アゲイン
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31話 火がついたら止まれない

 オリジナルバンドとは、自分たちのオリジナル楽曲を演奏するバンドのことである。


 作曲の仕方は、きっとバンド毎に異なるだろう。セッションしながらバンド全体で作曲する場合もあれば、メンバーの誰かが大まかな曲構成をあらかじめ作ってきて、他のメンバーが各々のパートを固めていくという場合もある。

 cream eyesでは、一旦後者を選ぶことにした。俺と京太郎が作曲ができるということと、ギター初心者の玲にはセッション、即ちアドリブは難しいからだ。実は、俺もアドリブは苦手だったりする。


「曲のデモを作ってきた」


 京太郎はそう言って、ポータブルオーディオに繋がれたヘッドフォンを手渡してきた。


「ドラムは打ち込みで単調な8ビート、ベースはルート音を拾っただけだから、細かいフレーズはそっちで考えて」


 渡されたヘッドフォンを装着すると、ピッと電子音が鳴り、曲が流れ始めた。疾走感があるが、どこか憂いを帯びたコード進行で進む曲だった。


「いいじゃん、これ」


「だろ? 玲ちゃんの声のキーがいまいち掴めてないから、調整は必要だろうけど」


「私も聞きたいです」


 ヘッドフォンを玲に渡す。それを耳に当てると、玲は目を閉じて音の世界に閉じこもった。


「素敵です」


「そりゃ良かった」


「でもこの曲、歌はどうすればいいんですか?」


 京太郎の作ってきたデモ音源には、歌が入っていなかった。メロディを示すような音も入っておらず、本当に伴奏のみの音源だったのだ。


「メロディは、玲ちゃんが考えて」


「私がですか?」


「玲ちゃんが気持ちよく歌えるメロディで歌ってほしいから」


 俺が曲を作るときも、きっと京太郎と同じようにしただろう。cream eyesの一番の武器は、なんと言っても玲の歌だ。いかにそれを活かした曲を作れるかが、大事になってくる。


「で、でも、歌ってどうやって作ればいいんでしょうか。私、作曲なんてしたことないです」


「曲に合わせて鼻歌を歌ってみる。そんで、一番いい感じだと思うメロディを探すって感じかな。そんなに難しく考えなくていいよ。玲ちゃんの、好きなように」


「むむむ……わかりました。やってみます」


 玲は意外にもすんなり受け入れた。もう少し「私にはまだできません」みたいな抵抗があるかと思ったが。


「あの、この曲のデータとかもらえますか?」


「もちろん、みんなにメールで送っとくよ。そういえば今日琴さんは?」


「バイトだって」


「あの人、バイトとかやってたんだ」


「まぁ確かに、琴さんがバイトってあんま想像つかないよな」


 琴さんがサービス業に就いている姿を想像してみたが……ダメだ、どうシミュレーションしても、客に対して「スマイル0円」を提供できている気がしない。どうしても客と店員の立場が逆転している姿が浮かんでしまう。


「琴さん、今日は撮影だって言ってましたよ」


「撮影? なんの?」


「雑誌のです」


「え、何で琴さんが?」


「読者モデルやってるからに決まってるじゃないですか」


 あの噂、本当だったんだ。話半分に聞いていたけど、確かに他のバイトに比べれば俄然しっくり来る。しかし、読者モデルの撮影を単なる「バイト」と言い切るとは、流石と言うか何というか。


 その日はそのまま俺たちも解散した。夜はバイトで汗を流し、帰ってから京太郎の曲を改めて聞き込む。これに玲の歌が乗ったらと思うと、楽しみで仕方ない。俺は夜中までベースラインを練りこんで、そのまま眠ってしまった。ベースを抱いて眠るなんて、初めての経験だった。


 翌日、俺と京太郎と琴さんは、玲に呼び出されて、昼休みにハコに来ていた。

 昼間のハコには誰もいない。授業が行われている日中は、ハコで演奏することが禁止されているからだ。


「あの、歌を考えて来たんで、聞いてもらえますか?」


「え、もうできたの?」


「はい。でもこれで良いのかどうか……」


 正直驚いた。俺もまだ、ベースラインが固まりきっていないのに。


「まぁ、とりあえず聞いてみよか」


 琴さんの言葉に玲は頷き、自身のスマートフォンを椅子に置いた。その小さなスピーカーから、京太郎の曲が流れてくる。玲はマイクを通さず、自らの声だけで歌い始めた。



「灰色の空を 雁が行く

 君がそれを 撃ち墜として笑う

 白い窓枠に 蟻が這う

 私は全部 美しいと思う


 揺れる露草 崩れたブロック

 遠くに見える電波塔も

 私はただ 美しいと


 どうして涙が零れるの

 悲しみなんて 切なさなんて

 どうして声が途切れたの

 私は只々 美しいと」



 歌を終え、玲は曲を止める。風が吹いた気がした。閉ざされた地下室にいるはずなのに。瞬間、誰も、何も喋らなかった。


「どうでしょうか」


 玲の問いかけで、意識が掬い上げられる。


「玲、その歌詞は?」


「昨日の夜に書きました。詩を書いたのも初めてだったんですけど……人前で披露するのは照れますね」


 そう言って微笑む玲の頬は、薄いピンク色に染まっていた。何と言うか、独特の世界観を感じる歌詞だった。玲のイメージからすると、もっと愛だの恋だの、そういう感じの歌詞を書きそうなのに。


「すごいな玲ちゃん! 俺、メロディだけ作ってってお願いしたつもりだったのに、歌詞まで作ってきちゃうなんて!」


「え? だって歌は私が作るって話じゃ……」


「いや、全然いいんだよ。それに、何かかっこいい歌詞だったし」


 そう言えば、京太郎は「メロディを作ってくれ」としか依頼していなかった。それを玲は、「歌を作ってくれ」と解釈したのだろう。情報の伝達に齟齬が生じていたのだ。


「じゃ、じゃあ私が早とちりしたってことですか……恥ずかしい……」


 ピンク色だった玲の頬は、リンゴのように赤くなってしまった。


「まぁ、結果オーライやないの? ウチは、歌詞はボーカルが書いた方がええと思っとるし。歌詞を音にするのはボーカルなわけやしな。玲ちゃんが書けるなら、それでええやん」


「俺もそう思います。自分の言葉を、自分で歌うってのが良いですよね。玲の作った歌詞、俺はすごく良かったと思うよ」


 玲はホッとしたような顔を見せた。


「良かった~。京太郎さんの曲を聞いていたら、メロディより先に言葉……じゃないですね。風景とか、何か映像が浮かんできたんです。だから、とりあえず浮かんだものを言葉に書き出して、それにメロディをつけようと思ったんですけど」


 たしかに、玲の歌を聴いた時、俺の頭にも映像が浮かんできた。もの悲しい草原に佇んでいるような、モノクロ映画のワンシーンのような、そんな映像。


「メロディは、ちょっとサビが高くてキツそうなところがあったから、全体的にキーを下げようか。でも、すごい良かったと思うよ」


「ウチもドラムのイメージが湧いてきたわ」


「俺もです。早くスタジオ入りたいっすね」


 スタジオの予約は翌日の夕方だったが、もう待ちきれない気持ちだった。でも、昨日の夜にベースラインを固めきらなくてよかったと思った。今日の玲の歌を聴いたら、色々と試してみたくなったからだ。


「この調子なら、ライブができる日も近いかもしれないっすね」


 京太郎の発言に、琴さんが反応した。


「あぁ、その件な。もう出演の手配進めて来たわ」


「はい?」


 出演の手配とは、どういうことだ? 通常ライブハウスに出演する場合、デモ音源を持ち込んでブッキング担当に依頼する必要がある。俺たちはまだ、デモ音源どころかオリジナルの楽曲を1曲も完成させてすらいないのに。


「昨日のバイトの時にな、現場にライブハウスでブッキングやってるっちゅー女の子がいたんよ。ちょうどええから、今度ウチらのバンド出してやって頼んだら、今日連絡が来てな。来月の28日に決まったとこや」


「えーーーーーッ!!!???」


 一同驚愕。これが人脈の力か。いや、それよりも問題なのは


「来月の28日って、あと1ヶ月しか無いじゃないですか!」


 まだ1曲が形になるかならないか、と言った段階なのに、ライブを決めてくるなんて。ブッキングライブでも、最低5曲は必要なのに。


「ケツを決めた方が火ぃつくやろ。なーに、案外何とかなるもんやって。腹括りや」


 琴さんはガハハと笑っていた。いや、実際にそんなガキ大将みたいな笑い方はしないのだが、俺にはそう見えた。


 こうして、cream eyesとしての初ライブが決まった。メチャクチャだけど、忙しく、楽しくなりそうな予感がした。

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