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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第四章】スタート・アゲイン
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29話 美男美女

 「音楽が好き」という者同士でも、細かな好みは当然異なる。アイスクリームであってもそれは同じだ。そして時には、どうしても相容れない場合というものがある。


「チョコミントください」


 俺の注文に対して、京太郎は言ってはならない台詞を口にした。


「俺はバニラください。ってか朔、なんでわざわざ歯磨き粉みてーなのを頼むんだ?」


 これはチョコミン党員に対して、もはや宣戦布告と同意である。


「貴様……戦争(クリーク)をお望みか?」


「どこの少佐だよ。物騒だな」


「バンド名決まって5分で解散の危機とか、生き急ぐにも程があるやろ」


「だって琴さん、こいつが……京太郎が! こともあろうにチョコミントを愚弄したんですよ!」


「知らんわそんなもん。あ、ウチは抹茶を頼んます」


「ストロベリーチーズケーキください」


 Why(何故だ)? 何故誰も関心を示さない?


「好きの反対は無関心って言いますよね」


「何をごちゃごちゃ言うてるん。はよどかな、他のお客さんの邪魔になるやろ」


「バンド名、やっぱりチョコミント・ラバーズにしません?」


「何か80年代のアイドルグループみたいですね」


「ダサい。却下や」


 味方がいないという状況が、こんなにも心細いとは。


「この時の確執がバンドの将来を大きく揺さぶることになろうとは、この時の僕たちはまだ気づいていなかったのです」


「不穏なナレーションやめろ」


「あははは」


 結局、俺の主張は受け入れられることは無かった。俺の不戦敗ということになるのだろう。しかし、全国3,000万人のチョコミン党員たちが、いつかこの屈辱を晴らしてくれると信じている。


「ありがとうございましたー」


 若い女性店員の明るい声が響く。店内のイートインスペースは狭いため、俺たちは店の外に出た。学校まで戻ろうとした道すがら、異様に目を引く男女二人組が通りの向こうから歩いてきた。何が目を引くって、ものすごい美男美女カップルだったからだ。


 男の方は、金髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ外国人で、まるでハリウッドスターの様だ。男性であるにも関わらず、「美しい」という形容詞がじつにしっくりとくる。それに加えて、181cmの京太郎よりもさらに高い身長。そのビジュアルに関して、おおよそ欠点という欠点は見つけられなかった。

 女の方は、黒髪ショートヘアで、兎にも角にも目が大きい。顔が小さいので、顔の半分くらいは目なんじゃないかと思うほどだ。全体的な顔立ちも整っていて、下手なアイドルよりもずっと可愛い。化粧が濃いが、モノトーンでまとめたタイトな服装と相まって、それが非常に似合っている。何かこう、クールビューティーと言うか、アーティスト然とした佇まいを感じさせた。

 正直、ここまでレベルが違うと嫉妬心さえ浮かんでこない。世の中にはこんなにも容姿に恵まれた人たちがいるのだと、ただ感心するばかりだった。


「あれ、琴ちゃんじゃないか!」


 すれ違いざま、ハリウッドスターから流暢な日本語が飛び出した。


「げぇ、まっさん?」


 琴さんが珍しく動揺したような表情を見せていた。


「その朝DramaのTitleみたいな呼び方、やめてほしんだけどなぁ」


「え、嘘!? 二宮 琴ちゃん?」


 軽薄なハリウッドスターとは対照的に、隣の美女は初々しいリアクションを見せていた。


「琴さん、知り合いですか?」


「ん、まぁ知り合いっちゅーか……」


 歯切れが悪い。この反応から導かれる答えはひとつだろう。


「もしかして元カ」


「ちゃうわ阿呆」


「いった!」


 最後まで言い切る前に、思いっきり頭を叩かれた。いつもの軽いツッコミとは異なり、もはや暴力に近い威力だった。


「はっはっは、元気が良いねぇ。そちらは学校のお友達?」


 まっさんと呼ばれたハリウッドスターは、真っ白な歯を見せながら笑っていた。対する琴さんは、苦虫を噛んだような顔をしていた。


「あんたようウチの前に顔出せたもんやなぁ」


 急にここだけ仁侠映画の舞台みたいになってしまった。いつも飄々としている琴さんが、こんなにも敵意を剥き出しにするこの男は何者なのか。ハリウッドスターではないことは確かだが。


「いやー、顔を出したも何も、たまたま通りかかっただけだからね」


「ねぇマシュー、あんた琴ちゃんと知り合いなの?」


 琴さんの威嚇を軽くいなした金髪を、今度は美女が問い詰める。まぁ、琴さんも相当な美人なのだから、自分の恋人が親しくしていたら嫉妬するのも無理はないだろう。それにしても、「琴ちゃん」と呼ぶということは、この美女も琴さんの知り合いなのだろうか。


「あぁ、琴ちゃんとは前に一緒にBandを組んでいたからね」


「嘘! マジで?」


莉子(りこ)こそ、琴ちゃんのこと知ってるのかい?」


「アタシは、えっと……」


 今確かに、この金髪のイケメン外国人は「一緒にバンドを組んでいた」と言った。と言うことは、噂に聞いていたデビュー直前に解散したというあのバンドのことだろうか。


「おや、君も琴ちゃんのお友達かい? それなら是非僕たちのLIVEを見に来ておくれ。君みたいに可愛い子なら、招待客として無料(タダ)で入れてあげるから」


「は、はぁ」


 金髪イケメンは玲を見つけるなり、そう口説き始めた。隣に彼女がいるのに正気を疑う。玲は気の抜けた返事をしていた。それにしても、さっきからライブだのバンドだの、カタカナの発音がやたらネイティブっぽいのが気になる。


「うちの大事なボーカルに唾つけるのやめーや」


 琴さんが一喝する。と言うか、隣の彼女は何も言わないのだろうか。


「Vocal? 彼女が?」


「ここにおるんはウチの友達やない。みんな同じバンドのメンバーや」


「へえ! 琴ちゃんが新しいBandを! そりゃ驚いた。もうBandを組むことは無いと思ってたのに」


「あんたの勝手な物差しでウチを測らんといて。気分悪いわ」


「へぇ~。それじゃあどっかで一緒にLIVEすることもあるかもしれないねぇ。Band名は何て言うんだい?」


「教えへん」


「そんな殺生な!」


「ぶふっ」


 ネイティブ発音の金髪イケメンから飛び出した「殺生な」という古風な言い回しに、俺はギャップを感じて噴き出してしまった。


「君も琴ちゃんのBandのMemberかい?」


 やばい。イケメンの矛先がこちらを向いた。怒らせてしまっただろうか。


「えぇ、まぁ。そっすけど」


「Partは?」


「ベースです」


「Bassだって? そりゃあ良い! 僕たちのBand、今Bassがいないんだ。Supportだとどうしてもやれることに限界があるからね。良かったら、一緒にやらないか?」


「は?」


 まさかの勧誘。初対面の人間の何を見て言っているんだろうか。


「どうだい莉子。彼をMarikkaに引き入れようじゃないか!」


「アタシは嫌よ。そんな冴えないヤツ」


「えぇ……」


 莉子と呼ばれている美女の、シンプルかつ強烈なディス。勝手に話を進めた挙句、冴えないなどと言われるこっちの身にもなって欲しい。俺の中での美女への好感度は大暴落だ。いや、ちょっと待てよ。


「今、マリッカって言いました?」


 その名前には聞き覚えがあった。BELLBOY'sとして活動していた頃、その評判をライブハウスで何度も耳にしていたからだ。一度聴いたら忘れられない、強烈な個性を持ったボーカルを擁するバンドがあると。


「お、君はMarikkaを知ってるんだね。そう、僕はMarikkaのGuitarを担当しているMatthew(マシュー)。で、こちらがボーカルの莉子だ」


「まっさんの本名は大木(おおき) (しげる)。胡散臭い英語の発音しよるけど、日本生まれの日本育ちで英語は喋れへん。残念ハーフやな」


「琴ちゃん! いらんこと言わない!」


 どうやら、この金髪イケメンは見た目よりもツッコミどころのある人らしい。いや、そんなことより、マリッカのメンバーと繋がりが持てるなら、このチャンスを逃す手はない。


「茂さん」


「マシューと呼んでくれ。ちゃんとミドルネームとして本名にも入ってるんだから」


 普通のカタカナ発音になっている。さっきまでのはキャラ作りだったのか。


「じゃあマシューさん。俺はマリッカには入りません。でも、一緒にライブができたら良いなとは思いますけど」


「へぇ。今マリッカに入ればメジャーデビューは約束されたようなものなのに、君はチャンスを棒に振るのかい?」


 たしかに、それはちょっと惜しい気もするが……でも、自分のことを冴えないなんて言う、いけ好かない女のいるバンドでベースを弾く気にはなれない。それに、


「俺はこのメンバー以外とやる気はありませんから」


 そうだ、自分がやれると信じたメンバーはこの4人。他の誰でも、代わりになんかならない。


「何かっこつけてんの。だっさ。そもそも、そのちんちくりんがボーカルなんでしょ? アタシたちと張り合えるわけないじゃん」


 莉子が悪態をついた。


「この……ッ!」


 自分のことを悪く言われるのは我慢できても、玲のことを軽んじられたのは許せない。何も知らない癖に、玲の凄さを知らない癖に!


 そんな怒りから思わず手が出そうになった。だが、男が女に手を上げるわけにはいかない。ここは何とか堪えるべきだ。そう思った瞬間、パンッと乾いた音が響いた。


「あんた、さっきから何を舐めたことばっか言うてくれてんの。あんましウチのメンバーこけにしよるんやったら、許さへんで」


 琴さんの平手打ちが炸裂していた。莉子は一瞬茫然とした表情をした後、琴さんを見据え、目に涙を溜めながら、無言で走り去って行った。


「あ、莉子! 待ってよ!」


 マシューが声をかけるも、莉子は振り返ることはなかった。厚底のブーツを履いているのに、ものすごいスピードであっという間に見えなくなってしまった。


「えーっと」


 マシューは気まずそうに頭を掻いていた。


「琴ちゃん、お手柔らかに頼むよ。僕らのお姫様が泣いちゃったじゃないか」


「そんなん知らんわ。あっちが先に挑発してきたんやないの」


「そもそも、琴ちゃんと莉子は知り合いじゃないの?」


「それも知らんわ。向こうはウチのこと知っとったみたいやけど、初対面のはずや」


「え、そうなの?」


 確かに、莉子は琴さんのことを知っているようだった。


「まあ、それはいいか。莉子は人見知りで、人との距離の詰め方が下手なだけなんだよ。だから初対面の人とぶつかっちゃうことはよくあるんだ。気分を悪くしたなら、すまなかったね」


 マシューはそう言って頭を下げた。最初の印象に比べて、案外誠実な人なのかもしれない。それにしても、あれで悪気が無いと言うなら、距離の詰め方が下手とかそういうレベルじゃない気がするが。


「あぁそうだ。君の名前を教えてくれるかな」


「俺ですか? 俺は朔です。一ノ瀬 朔」


「朔くんだね。オーケー。で、バンド名は結局教えてくれないのかな」


 マシューは琴さんの方に視線を投げた。琴さんはやれやれと言った風に首を横に振った。


「cream eyesや」


「cream eyes……聞いたことない名前だな」


「そらそうやろ。さっき決めたんやから」


「つまり、まだ何の実績もないってことだよね。それなのに、朔くんは僕の誘いを断ったのかい? マリッカが注目されているバンドだと知っていたのに。君はプロになりたいとは思わないのかい?」


 マシューは驚いた顔をしていた。確かに、メジャーデビューを射程距離に見据えたバンドに加入するチャンスなんて、この先訪れることは無いだろう。普通のバンドマンなら、手放しで食いついてもいいようなオイシイ話だ。


「プロになる気満々ですよ。さっきも言った通り、俺はこのメンバーとやりたいってだけです」


「なるほどね。琴ちゃんが認めるベーシストなら間違いないと思ったんだけど……でもまぁ、ここで簡単に流されるようじゃ程度が知れるってもんかもしれないね」


 マシューが握手を求めてきた。俺はその手を拒まなかった。


「cream eyes、覚えておくよ。一緒にやれる日を楽しみにしてる」


「きっと追いついて見せます。待っててください」


 去っていくマシューを見て、京太郎が呟いた。


「俺の蚊帳の外感はんぱないんだけど」

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