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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第四章】スタート・アゲイン
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27話 覚悟とケジメ

 とある日の夕方、俺は二人の人物を渋谷駅近くの喫茶店に呼び出していた。


「お疲れさん」


「お疲れ。どうしたん、話があるって」


 やってきたのは小泉(こいずみ) (かなめ)篠原(しのはら) 晴馬(はるま)。高校時代から組んでいるバンド、BELLBOY'sのメンバーだ。3人それぞれ、別の大学に通っている。


「悪いね、急に呼び出して」


 店先で合流し、3人は席に着いた。渋谷駅近くなのに、すぐに座れる穴場の店だ。と言うより、古臭い喫茶店なので、若い人たちがあまり近寄らないだけなのだが。


「アイスコーヒー」


「僕はホットココアで」


「えーと、チョコレートパフェとホットミルクをお願いします。で、話って?」


 甘いもの好きの晴馬がざっくばらんに話を切り出す。もう長い付き合いだ。余計な前置きなど不要だろう。


「今後のベルボの活動について」


 俺が話し始めると、二人は無言のまま、グラスに入った氷をカラカラと鳴らしていた。


「ぶっちゃけ、最近の俺らのライブをどう思う?」


「どうって、まぁ普通な感じじゃない?」


「新曲はけっこう良い感じに出来たよね。やってて楽しいし」


 普通。楽しい。そう、その通りだ。俺もそう思っていた。だが、その「楽しい」は、その瞬間限りのもので、充実感とか達成感とか、そういうものとは遠い場所にあるように感じられた。


「俺らってさ、何でバンドを組み始めたんだっけ」


「何だよ朔、言いたいことがあるなら、勿体ぶらずに言えよ」


 晴馬は少し苛立ったように言った。きっと、俺が呼び出しをかけた時点で、おおよその話の流れを察していたんだろう。きっと要も。


「ベルボを抜けようと思う」


 単刀直入に、簡潔に、今日二人を呼び出した理由を伝えた。


「お待たせしました」


 タイミング良く、いや悪く、注文の品がテーブルに届けられた。カチャカチャとカップやらソーサーやらが置かれる音だけが響く。3人はしばらくの間、無言のままだった。


「何で?」


 沈黙を破ったのは要だった。


「せっかく東京まで一緒に出てきて、これからもバンドを続けられると思ってたのに」


 要は両手を握って膝に置き、下を向いたままだった。そんな姿を見せられると、覚悟を決めてきたはずなのに、罪悪感が顔を出す。それでも、ここで折れるわけにはいかない。


「なぁ要。俺もさ、多分ベルボをこのまま続けるだけなら、別にできると思うんだ」


「じゃあ何で」


「このまま続けて、その先に何がある?」


「何って……」


 要は言葉を詰まらせた。


「朔、お前はベルボを辞めてどうしたいんだよ」


 晴馬はホットミルクをかき混ぜながら、不満げな顔で尋ねた。


「俺は、本気でバンドをやりたい」


「はぁ?」


「本気で、バンドで行けるところまで行ってみたい」


「それで何でベルボを辞めるって話になんだよ。俺らが本気じゃないって言いたいのか?」


 晴馬は明らかに苛ついていた。元々気の短い方だが、根は良いやつだと知っている。今だって、自分たちのバンドを悪く言われているから憤っているんだとわかる。だが、その気持ちが本心と言えるのか。


「本気じゃないだろ」


「ふざけんな、本気に決まってんだろ」


「週1回の練習、月1回のライブでか? 今だって、次のライブも決まってない。その程度の本気で、この先どうなれるんだよ」


「良い曲を作るってのが、本気のバンド活動だろ。回数なんて関係ねぇ」


 俺にはどうしても、晴馬の言葉が場当たり的なものに聞こえてしまう。


「何でたくさん練習をしないで、良い曲が作れるなんて思ってんだよ。わかってんだよ、お前が本当はめんどくさがってるだけだって」


「俺がめんどくさがってるだって?」


「あぁ、そうだよ。お前はめんどくさがってる。演奏することをじゃない。練習やライブをするためにバイトで金を稼いだり、集客を増やすための努力をすることをだ」


「お前……!」


 晴馬は何かを言いかけて、言葉を引っ込めた。


「朔、本気でやりたいなら、これからベルボでやろうよ。辞めるなんて言うなよ。せっかく一緒に東京まで来たのに……」


 要は何とか穏便にその場を抑えようとしていた。だが、俺は止まれなかった。


「一緒に東京に来たのは、たまたまだろ」


 そう、一緒に上京してきたのは、()()()()全員の進学先が東京の大学だったからだ。バンドをやるためではない。だが、俺のこの発言に、晴馬がキレた。


「お前ふざけんなよ! たまたま一緒に上京しただけだって? お前が東京の大学に行くって言うから、俺は必死に勉強したってのに!」


「そんな話、聞いたことねーぞ。じゃあ何だ、俺が地元で進学なり就職なりしてたら、お前は東京に出て来なかったって言うのか?」


「それは……」


「その場しのぎで適当なこと言うな。お前のそういうとこ、ムカつくんだよ!」


 言ってしまった。こんなことを言うつもりはなかったのに。別に、喧嘩をしたかったわけじゃなかった。ただ、自分の決意を伝えたかっただけなんだ。


「そうかよ」


 晴馬はそう言うと、注文した分の料金をテーブルの上に叩きつけるようにして席を立った。


「お前とはもう一緒にやれない。それはわかった。好きにしろ」


「待って、晴馬!」


 要の呼びかけにも答えることなく、晴馬はそのまま店を出て行った。


「朔、何であんな言い方……何で……急に……」


 また、罪悪感が湧き出してきた。でも、謝るわけにはいかない。望んではいなかったが、こうなることも覚悟はしていた。


「急にじゃないよ。要も、多分晴馬だって、本当はわかってたんじゃないの」


「わかんないよ。全然、わかんない」


 結局注文した品には誰もほとんど手を付けず、その後は無言のまま要とも別れた。

 伝えたかったことが、半分も伝えられなかったように思う。いつからか惰性で続けているだけのように感じていたこと、目指す場所が変わったこと、それだけのことなのに。俺は、晴馬も要も、友達として大好きだったのに。


 BELLBOY'sを結成した当初のことを思い出す。


 初めて組んだオリジナルのバンド。曲のアイディアが次から次へと浮かんできて、それを形にするためにガムシャラに練習した。初めてのライブハウス出演の時、3人で円陣を組んだ。高校の友達にライブのチケットを捌くため、文化祭そっちのけで奔走した。笑いあいながら、ふざけたフライヤーを作った。


 すべて嘘じゃない。楽しかった。本当に。


 でも全部、過去形になってしまった。覚悟はしていたはずなのに、後悔は拭えなかった。


 取り返せない思い出を思って、部屋に戻ると自然に涙が零れ落ちた。

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