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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第三章】ファースト・エクスペリエンス
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21話 初めての本気

 新歓ライブ前の全体練習最終日。大学近くの音楽スタジオで、午後2時から4時までの2時間、俺たちは練習に励んでいた。


「はぁ」


 曲の終わりに、玲が小さくため息をついた。


「どうした?」


 俺はそれを見逃さない。ここまで順調に練習を積み重ね、演奏の出来としてはまずまずといったレベルまでは到達している。初めてのライブに向けての練習としては、不満があるとは思えなかった。


「すいません。何て言うか、うまく歌えないなって思って」


「そんなことないよ。良い感じだって」


 玲の歌声は相変わらず素晴らしい。普段だったら、たった3曲のために週4日もスタジオ練習をしていたら、飽きが来て集中力が下がったりするものだが、今回まったくそれを感じないのは、間違いなく玲の歌のおかげと言える。


「でも、カラオケで歌う時は、もっと声が出てる気がするんです」


「生演奏とカラオケじゃ歌ってる感覚は違うだろうからね。ガイドメロディも無いし、演奏の音量も大きいから、自分の音が取りにくいってのはあると思う。初めてなんだし、ギターだって弾いてるんだから、しょうがいないよ」


「うぅ~、こんなんじゃ奈々子さんに勝てないです」


 バンドで歌うことに慣れていない場合、思ったように声が出ないと言うのはよくある話だ。玲の声はそこそこ出ていたし、音程がずれているということもない。玲はどうやら、俺が思う以上に負けず嫌いだったようだ。


「でももう時間ないし、うぅ~」


 演奏のクオリティは決して低くない。及第点と言ってなんら差し障りは無いだろう。そのはずなのだが……負けず嫌い。この単語が頭に浮かんだ時、何か引っかかりを感じた。


「玲はさ、やっぱり奈々子さんに負けたくないの?」


「もちろんです!」


 迷いなく答える玲の姿に、ハッとさせられた。今まで俺は、バンドをやる上で誰かと競い合おうと思ったことが無いことに気付いたからだ。奈々子さんの率いるバンドと勝負するという話になっているが、それはあくまで言葉の綾であって、楽しそうだとは感じつつも、本気で競い合うつもりなど無かったのだ。

 ライブは楽しく演奏できればそれで良い。練習をがんばるのは、完成度の高い演奏ができた方が、自己満足感が高いからだ。今回も、玲が初めて組むバンドとしては十分なレベルだと、満足してしまっていた。


 でも玲は勝負に対してずっと本気だった。本気で、()()()()()()()()()をしたいと、そう考えていた。あの非常に完成度の高い奈々子さんたちの演奏を見てもなお、自分ひとりが初心者であるという状況でもなお、負けたくないと思っていたのだ。


「ダメだな」


「やっぱ朔さんもそう思います? うぅ~どうしよう」


「あ、ごめん。玲の歌がダメって意味じゃなくて」


 俺は自分の覚悟の足りなさを恥じた。琴さんが言っていた「本気度」が、自分には本当の意味では備わっていなかったのだ。


「ふぅ」


「朔さん?」


「ちょっと、ごめん」


 一呼吸おいて、本当に本気でやるとはどういうことなのか、目を閉じて考えを巡らせてみた。先ほど俺は自分で言った。「初めてだからしょうがない」と。それは誰に対する言い訳だ? しょうがないから、そこそこのレベルで満足して終わらせるのか?

 エディは言っていた。「音楽は、エゴイストがやった方が面白い」と。その言葉の本当の意味とはなんだ? 相手に負けても、自分が満足したからそれで良しとする人間は、エゴイストなのか? そもそも、中途半端な出来で満足する様な人間は、エゴイストと言えるのか?


 違う。


 エゴイストとは、自分が満足するために、妥協をしない人間のことだ。負けたくない、自分が一番でありたい。そういう気持ちを、周りの人間にまで押し付ける強さこそが、エゴなのだ。


「おい、朔?」


 目を閉じ、俯いたままでいると、京太郎が声をかけてきた。


「ぬああああああ!!」


「朔さん!?」


「おい、どうした!」


 俺は自分を奮い立たせようと、突然咆哮してみた。


「あっははははは」


 そうしてみたら、今度は笑いが溢れてきた。


「お前、大丈夫か」


 京太郎の反応はごく当たり前のものだろう。玲の顔面ドラムをネタにできない、異常な行動なのだから。ただ、琴さんだけは何かを察した様に微笑んでいた。


「吹っ切れた。何かすげースッキリした。ありがとう、玲」


「え? あ、はい。 え、私ですか?」


 俺は、ツヤッツヤの顔で玲にそう告げた。玲は、訳が分からず素っ頓狂な返事をした。


「確かに、今のままじゃ奈々子さんたちには勝てないと思う。あそこの練習見たけどめっちゃクオリティ高かったし」


「今のままじゃって、今日が練習最終日だぞ? どうすんだよ」


「練習するしかない」


「だから、今日が最終日だって」


「バンド全体では、ね。まだライブまでは日があるから、個人練習はできるだろ?」


「まぁ、そうだけど」


 京太郎は若干「何言ってんだコイツ」といった感じの顔を見せた。


「何や朔、思いついたことがあるんなら言うてみ」


 琴さんが発言を促す。


「みんな大体のことはできてるんで、細かいところを個人練習でもっと詰めていきましょう。俺は音の粒をもっと揃えるのと、雑になりがちな嘘の味の間奏をやり込んでおきます」


「それは良いけど、それでこの短期間でなんか変わるもんか?」


「京太郎は、楽園のイントロとサビ前のリフがもたつくことがあるから、そこを改善して。あと、ギターソロは全曲もっと前に出てアピールして」


「お、おう」


 俺は京太郎の疑問を受け付けず、細かな注文を出した。


「琴さんは、キックの音をもっと強めにください。あと、サビ前とかフィルをもっとブッ込んでもらいたいです。派手な感じで」


「そんなんしたら、玲ちゃんの歌が聞こえんようになってまうやん」


「大丈夫です」


 俺は断言する。それに驚いたのは玲だ。


「あの、朔さん」


「玲、さっき声がうまく出ないって言ってたよね。それなら出せるようになるまで練習しよう」


 玲は最初戸惑いの表情を見せながらも、笑顔を見せて頷いた。


「4人の中で、短期間での伸び代が一番大きいのは玲だ。歌の潜在能力(ポテンシャル)がまだ出し切れていないならば、それを出し切れるまで練習するよ。ギターに関しても、とにかく隙間時間を見つけて練習しよう。場所は談話室でも、スタジオでも、カラオケでも、どこでもいいから」


「わかりました。がんばってみます」


 時間は有限だ。できることは限られている。その全てをやりきったとしても、結果は大きく変わらないかもしれない。


「負けたくないなら、やれることがまだあるうちは、やり続けよう」


 それでも、今回はやりきってみようと、俺は思った。


「何だよお前。いきなりそんな少年漫画の主人公みたいなこと言って。キャラ違くね? 体育会系のノリは苦手だって言ってんのに」


 京太郎は頭を掻きながら憎まれ口を叩いた。だが、その言葉から悪意は感じられなかった。


「まぁ、たまにはそういうのも良いけど」


「京太郎さん、ツンデレですね」


「誰得の属性つけるのやめてくれない?」


「ツンデレとかじゃねーから!」


 琴さんは朗らかに笑っていた。


「本気度、上がったんやねえ」


「ようやくですいません」


「ええんちゃう。やっぱりやるなら本気でやらな」


 今のままライブをやっても、きっと楽しむことはできるだろう。でも、それでは今までと何も変わらない。玲を見た瞬間(とき)に何を感じたのか思い出せ。見たことの無い景色が見られると感じたはずだ。そのためには、自分も変わらなければいけない。


「うし、残りの一時間、本気度MAX(マックス)でいこう」


「うわーめちゃくちゃダサい」


「いいじゃないですか。本気度マーックス!」


「あはは、おもろくなってきたわ」


 4人は全体練習最後の一時間、平均4分半の曲を11回通しで演奏し続けた。声は枯れ、汗が吹き出し、指先は痛み、手首は腱鞘炎になるかと思うほど疲弊したが、これ以上無いほど充実した時間が流れていた。

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