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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第三章】ファースト・エクスペリエンス
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20話 初めての焦燥

 ある日の夕方、俺と玲は新歓ライブの打ち合わせに参加するため、談話室に来ていた。まず、新入生向けにライブの細かい進行について説明が行われ、その後出演順が決められる。そこには、各バンドの代表者が集まっていた。


 サラダボウルのライブは、そのほとんどが大学内の空き教場や談話室等を使って行われる。そのため、機材のセッティングやライブ中のPA、照明演出などもすべて自分たちで行う必要がある。運営の中心メンバーは、会長のケンさんを中心とした幹部たちだが、基本的にはサークル会員全員でライブを作り上げていくのだ。


「それじゃあ各バンドの代表は、クジを引いてください」


 打ち合わせを仕切っているのはケンさんだ。今回のライブの出演バンドは全部で8組。その出演順を決めるクジが用意されていた。

 サラダボウルのライブで、出演順をクジで決めるのは新歓ライブだけである。それ以外のライブでは、バンドのメンバー構成 (上級生が優遇される傾向がある)や演奏楽曲を考慮して、盛り上がりそうなバンド、しっとり聞かせるバンドをバランスよく順番に組み込み、会長のケンさんを含めたサークルの幹部が決めていくのだ。


「それじゃあよろしくね」


「良い順番引いてきます!」


 ケンさんの前に列ができる。俺たちのバンドからは玲がクジ引きに参加した。顔見せが主な目的のライブであるため、今回の主役はあくまで新入生だからだ。だが、


「おっつー、たまもっちゃん。調子はどう?」


 三年生の奈々子さんが列に並んでいた。彼女のバンドには3人も新入生がいたはずなのに、遠慮という概念が無いのだろうか。


「奈々子さん、お疲れ様です。練習すっごい楽しいですよ」


「聞いたよ~。ギターすっごい頑張ってるんだってね。上達が早いって、琴っちが褒めてたもん」


「いえ、私なんてまだまだ全然」


「謙遜しない謙遜しなーい」


「痛い痛い!」


 またしても背中バシバシ攻撃だ。最近あれがお気に入りなんだろうか。


「奈々子さんたちはどうですか」


「もうバッチリ! 今すぐにでもライブ出来ちゃうくらい」


「そんなにですか。すごいなぁ」


「えへへ、まぁね。あ、奈々子の番だ」


 奈々子さんはケンさんの持つ四角い箱に手を突っ込み、ガサゴソと中をかき回し始めた。


「ふっふっふ~、大トリ引いちゃうぞ~」


「奈々子、早く引いて」


「賢一うるさい! っと、そーれ、じゃん!」


 大袈裟なアクションで紙を広げる奈々子さん。


「はい、じゃあ奈々子バンドは5番手ね」


「ど真ん中じゃん! 中だるみしてそ~」


「そういうこと言わない」


「ん~、まぁいっか! どうせ奈々子たちの演奏で盛り上がるんだし。後のバンドがちょっとかわいそうだけど」


 とんでもない自信家ぶりだ。それだけ今回のバンドの出来に自信があるのだろう。


「ほら、次はたまもっちゃんの番だよ」


「あ、はい」


 奈々子さんに促され、玲がクジを引いた。そこに書かれた番号を見て、玲は目を丸くする。そして、少しだけ微笑んだ。


「はい、玉本さんのバンドは6番手ね」


 偶然か必然か、奈々子さんたちのひとつ後ろの出番だった。


「へ~、たまもっちゃんクジ運良いんだね。あれ、この場合悪いって言うのかな?」


「えへへ、よろしくお願いします」


「ちゃんと会場暖めておくよ」


「ちょっと賢一、それじゃ奈々子たちが前座みたいじゃん」


「今回の主役は新入生なんだから」


「そんなの奈々子がつまんないもん」


「お前なぁ……」


「あははは、奈々子さんたちのライブ、楽しみにしてます」


「たまもっちゃんたちのもね!」


 ライブの出演順が決まり、その後、各バンドはライブのセットリストと使用機材の配置図を幹部たちに手渡した。これでライブ前の手続きはすべて終了。あとは練習をして本番を待つのみだ。


「それじゃあ。奈々子たちはこの後ハコで練習だから」


 談話室の片づけがあらかた終わると、奈々子さんはそう言って談話室を出ようとした。そこに声をかけたのは玲だった。


「あの、奈々子さん」


「ん~?」


「練習、見学させてもらっても良いですか?」


 奈々子さんは意外そうな顔をしたが、そのすぐ後、いつもの悪戯っぽい表情に戻っていた。


「なになに~? スパイ活動?」


「他のバンドの練習がどんな感じなのか見てみたくて。スパイさせてください!」


「あはは、潜入相手に言うセリフじゃないよね、それ。ウケるー」


 そこへ、打ち合わせの片づけを終えたケンさんが合流した。


「いいんじゃない? 練習の見学はよくあることだし、身内相手に隠すものでもないしね」


「本当ですか? ありがとうございます」


「ま、賢一がそう言うなら別にいいけど」


「朔も来る?」


「あ、じゃあお邪魔します」


 こうして、4人はハコへと向かった。中に入ると、先にハコに来ていた一年生の3人が準備を始めていた。


「奈々子さん、ケンさん、お疲れ様です。あれ、朔さんに玲ちゃん? どうしたんすか?」


「お疲れシュウくん。ちょっと見学させてもらおうと思って」


 玲は秀司のことをシュウくんと呼ぶようだ。玲がちゃんと同学年同士でも関係を作っていたることがわかり、俺は少し安心していた。


「何か緊張すんだけど」


「ねぇねぇシュウくん。奈々子さんから、出来はもう完璧だって聞いてるから、期待してるよ」


「うげぇ、プレッシャーぱねぇ」


 秀司は愛機であるEpiphone(エピフォン)のカジノを手に、頭をボリボリと掻いていた。朔と玲はパイプ椅子に腰かけ、練習が始まるのを待った。


「賢一は準備できた?」


「オッケーだよ」


「それじゃ、Yellow Signalからいこう」


 奈々子さんが声をかけると、メンバーの顔つきが変わった。Yellow Signalはロークレの中でもライブで人気があるアップテンポな曲だ。

 ドラムがハイハットでカウントを4つ取ると、ボーカルを含めた全パートが一斉に音を出した。トリビュート版のアレンジだろうか、出だしからサビで始まる構成になっているため、序盤から非常に盛り上がる。


 俺がその演奏を聞いた率直な感想は「完成度が(たけ)ぇ」だった。ケンさんのギターは相変わらず安定感があるし、一年生の3人も、どうやら全員経験者のようで、個々のスキルレベルが高い。演奏にまとまりがあり、聞いていてまったくストレスを感じない。そして何より、奈々子さんのボーカルが素晴らしかった。

 この人こんなに歌うまかったっけ? 過去に一緒にバンドを組んだことがあるが、その時の印象とはだいぶ異なって見えた。出演順を決める時に、あんなにも自信に溢れていたことも、これなら納得できる。


 そして、気持ちよさそうに歌う奈々子さんを見て、俺は確信した。この人は元々こんなに歌がうまかったわけじゃない。()()()()()()のだと。その理由は、きっと玲にあるんだろう。


「どうよ?」


 演奏が終わると、奈々子さんは感想を求めてきた。


「メチャクチャ良いっすね。ビックリしました」


 俺は素直に感想を述べた。


「どんなもんだい!」


 奈々子さんは鼻を高くする。玲は、何とも言えない表情を浮かべて、膝に置いていた両手はわなわなと震えていた。


「これはがんばらないと」


 小さくそう呟いたのが、かろうじて耳に届いた。改めて玲の顔を見ると、口角が少しだけ上がっているように見えた。


「勉強になりました。ありがとうございます!」


 起立して頭を下げた玲は、鞄を手にして帰り支度を始めていた。


「あれ、たまもっちゃんもう帰るの?」


「はい。もっともっと練習しないといけないってわかったので」


 それを聞いた奈々子さんは、満足そうに笑う。


「あはは、がんばってね」


「俺もこの後バイトあるんで、失礼します」


 俺は玲を追いかけるようにして、ハコの外に出た。扉を出てすぐのところで、玲は待っていた。


「奈々子さんたち、凄かったですね」


「あぁ、俺らも頑張らないとね」


「はい」


 俺はまだ、この時の玲の気持ちを完全には理解できていなかった。

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