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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【最終章】ブレイキング・ダウン
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138話 開演

 控室のテーブルに置かれたクマのぬいぐるみの前で、玲は静かに目を閉じ手を組んで、何か思いを込めているようだった。玲はそのぬいぐるみをお守りのような物だと言っていたが、俺には何だか莉子がそこにいるように思えていた。


 時刻は17時55分。開演まで、あと5分。


「やべーな。手、震えてきたわ」


(しょ)(ぱな)あんたのギターなんやから、そこでこけたら台無しやな」


「ちょ、そういうのやめてくださいよマジで!」


「あはは、でも流石に緊張しますね。私も歌いだしで声が裏返らないように気をつけなきゃ。あ、あ、あ、ん、ウンッ! まーまーまー、ツェッ、ツェッ」


「ツェッ、ツェッってやつはPAが音を取る時に必要なんであって、発声練習としては意味が無いぞ」


「朔さんマジレス!?」


 本番が間近に迫った控室の中は、緊張感がありつつも程よくリラックスした理想的な環境だった。緩すぎず、気負い過ぎず、きっと良いライブができると、そんな予感で溢れていた。


「cream eyesさん。間もなく時間です。オンタイムでいけますか?」


 ノックと共にドアが開き、ZIPPERのスタッフが最終確認にやって来た。答えはもちろん決まっている。


「はい。いつでもいけます!」


 土田さんの方にチラッと視線をやると、笑顔のまま無言でステージを指さしていた。もう、言うべきことは言ったということだろう。


 スタッフが控室を出ると、すぐに会場に姫子作曲の特注SEが流れ始めた。複雑に音色が絡み合うデジタルサウンドは、大きな会場だと余計に映える。それまでのBGMとは明らかに異なる大音量に、フロアの誰も彼もそれが入場SEだと理解したようだ


「うぉおおおおおおおお!!!!」


 フロアを満たしていたざわめきはまるで合戦の合図のような歓声に変わり、控室ををビリビリと揺らす。


 控室に設置されたモニターにはそのフロアの様子が映し出されていて、姫子の曲に合わせて踊る人たちの姿が見えた。

 DJ OHIME(オヒメ)として活動を始めたと言っていたが、この驚異的なまでのトラック作成能力を以てすればすぐに人気が出るのではないだろうか。最初のレコーディングの時にも世話になったし、いつか姫子とも共演する機会があれば良いななんてことをふと思う。


「それじゃあ、行きますか」


 皆に声を掛けると、誰からという訳でもなく、全員が右手を差し出した。


「やっぱこれをやらないとですね」


「ルーティンってのは、一流のアスリートもやってることやからな」


「それじゃあ、京太郎」


 いつも通り、京太郎に号令を任せる。京太郎は力強く頷き、大きく息を吸い込んだ。


「いくぞー」


 前段のモーションを完全に裏切る、消え入りそうなウィスパーボイス。そう来ることはわかっていた。だが、わかっていても避けられなかった。


「だっはっはっはっは!」


 予測可能、回避不可能な京太郎の鉄板ネタによって、俺たちは案の定ゲラゲラと笑った。傍目から見れば緊張感無くふざけているように見えるかもしれないが、これが俺たちのルーティーン(・・・・・・)なのだ。


「行くぞ!」


「おぉー!」


 改めて気合いを入れなおし、俺たちはステージへと向かった。舞台袖までたどり着くと、大音量で流れているはずのSEが聞こえなくなるほど、フロアの歓声はもはや絶叫に近い熱を帯び、俺たちに覆いかぶさってきた。


 もはや個人の肉声はほとんど聞こえない。皆が皆、お互いの顔を見合わせ、頷く。


 そして俺たちは、ステージへと飛び出していった。


「わぁああああああああ!!!!!」


 強烈な照明と共に、先ほどまでよりさらに大きくなった歓声がぶつかってきた。ライトを目に受けたため視界が真っ白になり、歓声は津波のような轟音で、一瞬自分が溺れているかのような錯覚に襲われる。

 目を擦り、改めてフロアに目を向けると、そこには錯覚でも何でもなく、紛れもない海があった。


 人、人、人、人。数えきれない人の顔が、手が、波となって揺れている。俺たちを求める声が、絶え間なく押し寄せている。その瞳が、太陽の光を浴びた水面のように輝いている。


「あぁ、これが……」


 それは今までに見たことのない景色。そして、俺が憧れ続けた、見たかった景色。


 涙が出そうだった。でも、ここで泣くわけには行けない。本当に夢を叶えるのはこれからなのだから。


 ステージの中央に立った玲は、こちらにちらりと目くばせをして、そして微笑みながらスタンドマイクに唇を寄せた。


「私の歌を、愛してください」


 その一声で歓声の波はさらに勢いを増していく。


 それを正面から受け止めるかのように、京太郎が大きなストロークでギターをかき鳴らし始めた。


 琴さんと目が合う。玲は真っすぐに前を見据えている。


 俺は、ベースの弦に右手の人差し指を乗せた。

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