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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【最終章】ブレイキング・ダウン
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134話 サプライズ

 会場となるZIPPER Tokyoはパステルタウンという商業施設に隣接しているため、俺たちが到着した13時前、その周辺は多くの人で賑わっていた。お台場と言う土地柄だろうか、海外旅行者と思われる人の姿も目立つ。


「朔さん、大丈夫ですか?」


「……何とか。致命傷で済んでる」


「死に至っとるやん」


 下北沢からここまでのドライブで、俺の三半規管は大きなダメージを受けていた。だが、これは最初からわかっていたことだ。わかっているならお前だけでも電車で行けばいいじゃないかと言われそうだが、そんなこと寂しくてできるわけがない。

 耐震のためぐにゃぐにゃするレインボーなブリッジが大体悪いのだ。


 事前に案内されていた搬入口に車を停めて外に出ると、俺の体調を笑い飛ばすような快晴の空が広がっていた。

 商業施設のすぐ隣とはいえ、ここは建物の裏側。喧騒は遠く、目の前の道路を走る大型トラックの音ばかりが響く場所。この道路の向こうには海があるはずなのに、潮の香りがほとんどしないのはどうしてなんだろうか。


「さっさと機材運んじまおうぜ」


「あぁ、そうだな」


 車内ではあれだけ気持ち悪かったのに、もう体は楽になりつつあった。リカバリー能力が高まっている。これもツアーで鍛えられたおかげだろうか。それならそもそも車酔いしにくい体にステータスを振って欲しいものなのだが。


「よいしょっと」


 キャリーに乗せたベースアンプヘッドを降ろし、ガラガラと建物の中に入っていく。フロアも入り口も一階なので、上下の移動が無く機材運びが楽なのはとても嬉しい。

 ちゃんと事務所に所属しているバンドであれば、こういった機材運びやセッティングをやってくれるサポートのスタッフがいたりするんだろう。でもサークルのライブで機材運びに慣れているためか、この時間もそれほど苦には感じなかった。


「cream eyesでーす。よろしくお願いしまーす! ……って、広っ!」


「すげー!」


 ZIPPER Tokyoのホールに足を踏み入れると、そこははあまりにも広かった。今までは大きくてもキャパ500人クラスの会場だったのに(それでも十分大きいと思っていたが)、ZIPPER Tokyoは2,000人を超えるキャパを持っているのだから当然と言えば当然なのだが。

 ホール1階後方から見ると、ステージが大分小さく見える。果たして今日はここが埋まるまでお客さんが来てれるだろうか。埋まったとしたら、こんなに遠くにいる人まで俺たちの音楽を届けられるだろうか。


「朔さん見てください! あれができますよ! アリーナぁ! ってやつ!」


 玲が興奮しながら会場の上方を指さしていた。ZIPPER Tokyoには2階にも観覧スペースがあるのだが、玲はどうやら2階(イコール)アリーナ席だと思っているらしい。その認識は間違っているぞ。


「玲」


「はい」


「アリーナぁ! はライブ中に絶対言わなきゃダメなやつだからな」


「また嘘ついてる」


「な……ッ! ま、まままたとは何だまたとは!」


「だって、朔さん初めてのライブの時だって嘘ついたじゃないですか~」


 玲がグレてしまった。初めてSILVETでライブをした時はあっさりと騙されて「ツェッ、ツェッ」って言ってたのに。あの頃の純真な玲はもう居なくなってしまったのだろうか。


「あれはその……あれだからそれだろ!」


「あははは。でも私、多分言っちゃうと思いますよ。アリーナぁ! って。だってこんなところでライブやったら、絶対テンションMAXになっちゃうじゃないですか」


「たしかにね。玲のハイテンションアリーナ、期待してるよ」


「おまかせください!」


 控室へ向かう通路は明るく、部屋も広い。ソファにテーブルに化粧台に、なんならここに住めるんじゃないかと思うほどだ。

 荷物を置いてホールに戻り、ライブハウスのスタッフに挨拶していたタイミングで土田さんが入って来るのが見えた。


「おはよう。みんな調子はどうだい?」


「今朝もスタジオ入ってきましたから、バッチリですよ」


「今朝も? ははは。君たちらしいというか何と言うか」


「土田さんも今日は早いんですね」


「まぁ君たちのプロデューサーになったわけだからね。重役出勤って訳にもいかないだろう? ZIPPERのスタッフたちと演出について最終確認もしたいしね」


「おぉ、ちゃんとプロデューサーっぽいですね」


「ぽいじゃなくてプロデューサーなんだよ。これでも業界では割と顔が広いんだから、もう少し敬意を払ってくれてもいいんじゃないか?」


「あはは、すいません。でも尊敬してますよ。土田さんのことは本当に」


「なら良いんだが」


 天才を殺した男。その不名誉な称号を否定することもせず受け入れている土田さんであるが、俺は彼が世間で噂されるような商業第一主義の人間ではないと確信している。商業主義であるなら、俺たちの申し出を受けて会社を辞めたりしないだろうし、俺たちに作曲の全権を持たせたりしないはずだ。


 新藤 アキラがどうして自ら命を絶ったのか、その本当の理由は結局は誰にもわからない。だからこそ、土田さんは自分を責めることでしか自分を納得させることができないのだと思う。俺は、土田さんがすごく優しい人なんだと知っているから。


「おはようございます」


 俺たちがステージで機材のセッティングをしていると、覚えのある女性の声が聞こえてきた。


「ZIPPERでもローディーもつけずに自分たちでセッティングですか。精が出ますね」


「川島さん!」


 相変わらずビシッとしたスーツ姿の川島さんがそこにはいた。


「お久しぶり……でもないですかね。ローディーを雇うようなお金は無いもので……って、あれ。それより何で川島さんがここにいるんですか?」


「何でって……もしかして土田さんから何も聞いてないんですか?」


「土田さんから? いや、川島さんが来るなんてことは一言も……誰か川島さんが来るって聞いてた?」


「聞いてねーな」


「私もです」


「ウチも聞いとらんわ」


「はぁ、まったく……あの人は相変わらずなんだから……」


 そう言えば少し前から土田さんの姿が見えなくなっていた。ついさっきまでプロデューサーらしく各所に指示を出したり確認に回ったりしていたのに。


「やぁ、川島くん。こっちに来てたのか」


 と思ったらひょっこりと現れた。そして、能天気な顔をした土田さんに川島さんが鬼の形相で詰め寄っていった。


「やぁ、じゃないですよ! メンバー誰も今日のこと知らないってどういうことですか!」


「まぁまぁ、そう怒らないで。君だってもう若くないんだから、シワが増えるよ」


「私はまだ28ですッ!!」


 川島さんって28歳だったんだ。28歳の女性ってけっこうお肌のこと気に掛ける年齢ではないんだろうか。


「私が今回の調整のためどれだけ苦労したと……」


「わかってるって。でもサプライズがあった方が面白いだろう?」


「それはお客さんにだけで十分です! ステージに立つ当事者にサプライズしてどうするんですか……それはただ土田さんが楽しみたいだけでしょう?」


「あははは。よくわかってるじゃないか」


「もう、土田さん!」


 土田さんがシルバー・ストーン・レコードを離れても、川島さんは振り回されているらしい。その表情が文句を言いつつも少しだけ嬉しそうに見えたのは、多分勘違いじゃないだろう。


 それはそうと、確認しておかなければならないことがある。


「あの、さっきからサプライズがなんだとか、何の話をしてるんですか?」


「サプライズなんだから、今ここで僕がネタバレしてしまったら台無しだろう? なに、すぐにわかるさ。もうじき来るだろうからね」


「来るって……」


 誰が? と言おうとしたその時、土田さんの言葉を待っていたかの様に、とある人物が数人のスタッフを引き連れてホールの中へと入ってきた。


「は?」


 その姿を見た俺は、思わず声を漏らしてしまった。相手に対して失礼にもほどがある。だが、その行為を誰が咎められようか。きっと誰だって似たようなことになるはずだ。

 現に玲は言葉を失っているし、京太郎は腰を抜かして尻餅をついている。琴さんでさえ、口が「マジでか」と発する形に動いていた


「お、ちょうど来たね。今日のスペシャルゲストが」


 スペシャルゲストは、こちらに向かってぺこりと頭を下げた。俺たちなど無名の新人であるにもかかわらず、それはあまりにも自然で気さくな振舞いだった。


「はじめまして、森野(もりの) 久麻(くま)です。今日はよろしくお願いします」

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